椎茸
「オマエ覚えていない? アネキが頭のてっぺん禿げていたの。」
「知っているわ。この間お会いした時、屈んだすきにそれとなく覗いたら、きれいに治っていたわ。良かったわよね。」
「そうじゃないよ。」
「何が?また禿げたの?」
「いや、アネキは、苦労したということだよ。」
「そりゃあ、子供のいる人と結婚するという事は、大変な決心と覚悟と理解よね。私じゃ無理だろうな。」
「だから、オマエは、甘いんだよ。 何の苦労もなく、いっつも子供と遊んでいるだけだ。 夕飯も手抜きばかりじゃないか。 これも昨日と同じだろ。」「昨日は、お豆腐にシソとショウガの薬味だったでしょ。」
「薬味が、肉みそに変わっただけだろ。」
「冷奴嫌いですか?」
「馬鹿じゃないのオマエ。」
マコトは、毎晩の晩酌で妻に小言を言う。
結婚当初、冷奴の薬味を話題に二人で飲み続けたことがあった。シソとショウガの薬味しか知らなかったマコトにすみれがお母さん秘伝の肉みそを食べておいしかったのを覚えている。
しかし最近、とにかく妻が怠け者に見えて仕方がない。
好きでも無い仕事をしに会社に行くがろくでもない事がおきる。自分の失敗でなくても部長から注意を受けるのは、マコトだった。今日は、お客様からの忠告に黙って謝ればいいのに部下の対応が悪く
「お前じゃだめだ!上司に代われ!」と電話で怒鳴られ、マコトが対応した。ただただ頭を下げ謝り通した。電話を切って溜息ついたら後ろに部長が立っていた。
「アネキの苦労を考えたことあるのかよ。頭禿げる程辛い想いしたんだぞ。」 すみれにしたら、毎晩のことなので風向きを察知して、
「お味噌汁あるよ、温めようか?」と話をそらす。
「お味噌汁に茗荷きざむね。待ってて。 茗荷食べると忘れ物するって言うけれどどうなのかしらね。」
「オマエって呑気だよね。」
この言葉は、妻のすみれには、聞こえなかったようだ。話をそらされて、気分が収まるわけでもなく、きざんだ茗荷を持ってきたすみれに
「このひじきの煮物は、なんだ。」
と次の不満をぶつけることにした。
「こんな薄味じゃ、ちっともうまくない。オレの嫌いな椎茸なんか入れないで作れよ。」
「椎茸。」
「知ってるだろ。」
「私は、承知しているわよ。焼き椎茸は、食べられるのよね。結婚してから、椎茸を煮物に入れた事がないですから。」
「分かってるのにわざとか。」
「夕方、お義母さんが、来てね、 『マコトがこの間美味しいってたくさん食べたからまた作ったのよ。食べさせてやってね。』 って。優しいお義母さんね。」
「お袋が、作ってくれたのか。」
マコトの気分は、収まらいが、仕方なくご飯を食べることにした。
「わざわざあなたの為に作ってくれて、持って来たんだもの、椎茸よけたら罰当たりかもね。」
「うるせぇ!」と怒鳴る事が最良の解決方法と考えるマコトだった。
すみれの方は、翌日、義母に電話でお礼と共にこの椎茸騒動を報告する事を思いついた。