隣の奥さん
かえでは、その日を最後にするつもりで自分の荷物を運び出していた。
そこへ隣の奥さんから思いがけず声を掛けられたのだった。
自分の留守に知らない女性が訪ねて来ていたと聞かされ、眼の前が、かすんできた。
「クッキー焼いたのよ、一緒に食べない?」と誘われるままに家に初めて上がった。
自分が住んでいた家と同じような造りのはずだった。
十数件の建て売り住宅だから、それほどの違いはないものだと考えていた。
しかし入った途端に家の中じゅう見廻した。
「綺麗にしていらっしゃるんですね。」
「そうかしら、ありがとう。私は、家にいる時間長いからね。」
壁には、大きな絵が掛けられていた。
「パリの凱旋門かしら?」
「パリ好きなのよ。」
通された部屋は、パリで撮られた沢山のスナップ写真が、パネルにおさまり飾られている。かえでは、再びキョロキョロと見廻してしまう。
かえでは、元夫と旅行したのが、いつだったかすら思い出せなかった。自宅に二人の写真を飾らなかった。
「さっき焼き上がった少し暖かいクッキーよ。紅茶にブランデーおとしたけれど、大丈夫ですよね。
遠慮なく座って。」
こうしたティタイムを頻繁にするのだろうか、手際よくテーブルが華やいだ。
「よくご夫婦で旅行なさるんですね。」とかえでが、写真を見ながら言うと、
「まぁ、子供達も独立したし、輸入雑貨の仕事に携わっているからね。」
かえでは、あと十年程したら、このご夫妻と同じ年頃になり、このように旅行をするだろうかと想像して、はと自分が、離婚成立させた事を思い出した。
「ご主人からあなたの自慢話聞いたのよ。」
奥さんから想像してもいない言葉が出て来た。
「急患の多い職場でね。おまけに休みの日でも気になる事があると病院に行ってしまうんですよ。看護師のかがみみたいな女でね。
いや、女にしておくのは、もったいないな。」
「そんな事を、知らなかった。」
「男は、みんな照れ屋だからね。当の本人に言ってあげたほうが良いことあるのにね。
ご主人のお父様の痛風の時は、食事についてずいぶんアドバイスしたんでしょ。
『気が利く女房なんですよ。』って。」
かえでの知らない元夫の顔だった。かえでに見せていた顔より更に他人には、優しい男性だったのだろうか。だから婚外恋愛したのかもしれない。
「外見て。ここからお宅の玄関結構見えるでしょ。
いつもいつも見ていた訳じゃないのよ。」と立ち上がりレースのカーテン越しに今片付けてきた自宅を見た。キンカンの樹と大きい紫陽花が邪魔をしているが、紫陽花が葉を落とした今は、よく見える。
初めてその女性の訪問を見た時は、女性は、玄関から入れてもらえず顔を伏せて立ち去って行ったそうだ。
それから、数カ月後その女性は、チャイムを鳴らすとドアが開きスムーズに中に入って行った。
「私がパリで買ったブランドものバックと同じの持っていらしたから、『あーこの間の方だわ』って見ていたのよ。
顔なんて覚えていないわ。誰か親戚の方かな。」
勿論、そんな親しい親戚などいない。ここ一か月は、頻繁に姿を見ると教えてくれた。
それ以上は、話さなかった。あまり聞きたくなかったし、聞けば自分が倒れそうだと思ったからだ。そんな表情を読み取ってくれたのか、何となくパリの話にそらせてくれた。
かえでもいつか長期休暇を取って行ってみたくなった。
「オススメは、どこですか?」
「食べるなら、ピッツア。
芸術を観るなら、ルーヴル美術館。花なら、ジヴェルニーね。モネの睡蓮のある所ね。
日本の高知県にもモネの庭が有るのよ。そこならすぐ行かれるわ。」
話題を明るく替えてくれた。
かえでは、帰り際に何気なく新しく連絡先の交換をしてきた。
そして実家に帰ると薄暗い部屋で少し考え込んだか、思い付き元夫に電話をかけてみた。
「もしもし、かえでです。
今日、2階の荷物運びだしました。日が、経ってしまいすみませんでした。後は、そちらで処分していだだけます?」
「あぁ、もう大切なものは、ないのね。じゃ捨ててしまうと思うよ。」
「はい。お願いします。
あの、確認だけれど、離婚届提出しました?」
「うん。君が書いてくれた翌日に提出したよ。」
未練がましく思われたくないので
「あっ。そうならいいの。ありがとう、元気でね。」
「かえでもな。頑張りすぎるなよ。」
それから、数カ月後に元夫から再婚すると言う知らせをもらった。
「あら、おめでとう。どんな方?」
「子持ちのおばさんだよ。」と照れながら教えてくれた。
短く電話で報告を受けただけだったが、何となく違和感があり、かえでの心が重くなった。
お読み頂きありがとうございます。
お陰様で読まれた方がシェアして下さったのようでアクセス数がとても増え感謝しています。




