3.
昼休みのチャイムが鳴ると同時に、教室の空気が一気に緩んだ。
「来亜っ、いっしょに行こっ!」
弾む声とともに、かなたは立ち上がり、来亜の袖を引っぱった。いつもどおりの合図。二人で学食へ向かうのは、初等部の頃からの習慣だ。
「あ、うん、行こうか。今日はカレーにするかな〜」
来亜が伸びをしながら立ち上がると、どこからかよく通る大きな声が割り込んできた。
「おーい、来亜ァ!メシ!行くぞ!」
「銀牙!? お前もか!」
「当たり前だろ!腹は待ってくれねぇからな!」
がっしりした体の銀牙が、来亜の肩を片手でつかんでぐいっと引っ張った。来亜はされるがまま、引きずられるように廊下へ連行されていく。
「ちょっ、ま、待ってよ! かなたと……!」
「来亜ああぁ……!」
振り返る彼の手は、もう届かない。
ぽつんと取り残されたかなたの笑顔は、引きつっていた。
(またこれ……。別に、別に怒ってないけど? ううん、ちょっとだけ……悔しいだけ)
悔しさを飲み込みながらかなたが歩き出そうとしたそのとき、
「ねえねえ、かなたサンも学食でしょ?連れてってくれないかなぁ?」
背後から聞こえた声に、ぴくりと肩が跳ねた。
「……宮代さん」
「すばるって呼んで♡ ほら、わたしもまだ慣れないし、いっぱいお話したいな〜って思ってたの!」
無邪気な笑顔。手をひらひらと振りながら近づいてくる宮代すばる。
白い肌と長い茶髪、華奢な体つき。どこか浮世離れした雰囲気をまとっていて、まるで少女漫画の中から飛び出してきたような印象を受ける。
だけど、かなたは知っている。この子には――何かがある。
「……べつにいいけど。食堂まで案内するくらいなら」
「うれし〜! ありがとうかなたサンっ♡」
くるくるとスカートを揺らして歩くすばるの後ろを、かなたは距離を取ってついていった。
⸻
学食のいつもの席には、すでに来亜と銀牙、そして彗の姿があった。
「ん、来たか。二人席取っておいた」
彗が冷静な口調で言いながら、空いた隣の席を指差した。
「あ、彗!ありがと〜たすかる!銀牙が連れてっちゃうんだもん」
「わたしも隣、座っていい〜?」
「……どーぞ」
かなたの声は、少しだけトゲを含んでいたが、すばるは気づかないふりをして隣に腰かける。
「ねぇねぇ来亜くん、来亜くんのチョーカーって何色なの?」
「え?あー……まあ、その、緑だけど。」
「ふぅ〜ん。わたし、あんまり詳しくなくって。でも、来亜くんのチョーカー、光がすっごく綺麗だなって思ったの。まるで宝石みたい」
隣でにこにこと微笑むすばるの言葉に、来亜は少しくすぐったそうに頭をかいた。
「あー、ありがと。でも、青いやつとか赤いのとか、宝石っぽくて綺麗だと思うけどな」
「っ……」
かなたのスプーンが止まった。
「……あんた、チョーカーのこと、やけに興味あるんだね」
「え? だって、ここの学校の象徴でしょ? みんな首に隠れてるんだもん、不思議じゃない?」
すばるは笑顔を崩さない。が、彗のまなざしがふと鋭くなる。
(違和感……。質問の仕方が、不自然。あらかじめ調べてきたものを確認してるような……)
銀牙はというと、ひたすらカレーと唐揚げに集中していた。
「うまっ! このカレー、前よりコクあるな! おかわりできっかな!」
「……あ、かなたサンのほっぺにごはんついてる〜♡」
すばるが伸ばした指が、かなたの頬に触れかける。
――瞬間、かなたは何かを察したようにピシャリとその手を払いのけた。
「自分でできるよ」
周囲が、一瞬静かになった。すばるの瞳が、ほんの一瞬だけ冷たい光を宿す。けれど次の瞬間には、またにこにことした笑顔に戻っていた。
「わぁ、ごめんね? わたし、つい距離近くなっちゃうクセがあって〜」
その言葉の裏に、ほんの少しだけ毒が混じっていたことに、かなたと彗だけが気づいていた。