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「選ばれた人間」、よく聞く言葉ではないだろうか。他の人より優れている、とか、他の人が持っていない力をもっている、とか。ちょっと何か秀でているくらいで天才とか。僕はそういった類のものはよくわからないんだけど、どうやらそちら側の人間に当てはまってしまうらしい。みんなに褒めたたえられる、天才と呼ばれる側の人間。面倒くさいことは嫌いだし、選ばれた人間という響き、なんかむずがゆくて苦手なんだけど。うーんどうしたもんかな、僕の左足がリアルタイムでむずがゆい。
「……いあ、ちょっと!来亜!」
おっと、あんまりボケっとしている場合じゃなかった。僕は今、でっかい怪物と戦っているんだった。片足怪物の口の中、宙ぶらりんの状態だけど。
「片足食われてるの!?まだ無事!?」
僕のはるか下のほうからこちらに向かって怒鳴る少女の声。僕に話しかけながらも彼女はどうやら別の怪物と戦っているようだった。僕はうーんと考え込み、「無事っちゃ無事」と返す。そんなに痛くないし、僕の左足はまだ怪物の口の中でぺろぺろ転がされている。かみちぎられてはいないようだ。ただどうしたって片足が怪物にとられている分身動きが取れない。そしてぺろぺろされているところがかゆい。くすぐったい。
「もうちょいでこっち片付くからまってて!ほかの部隊も戦闘終了して撤退中みたい!」
さっきの少女がまたこちらに叫ぶ。怪物がうねうねと動く中、彼女は手に持っている桃色の剣を巧みに操る。太刀筋が糸のように光り、怪物は砕けてゆく。
「すまん手こずったがこっちも終了だ、星影の救出と目標殲滅に向かう」
少女のもとに別のメガネの少年が駆け付ける。そのまま僕のほうを見上げて目を細め、無様だなと一言ぽつり。ぐうの音も出ない。腹からはぐうっと音はするが。
「遅れてごめん!星影無事か?」
もう一人、ピアスを付けた背の低い少年。彼もこちらを見上げると急いでいた足を緩めてなんだあれ、と指まで指しながら噴き出した。なんだ失礼な、好きでこんな宙ぶらりんになっているわけじゃない。二人に笑われて僕は少しだけぶすくれた。
「なーんかあれよね。このままオブジェにしておいてもよさそうよね」
「確かに。目標も星影をくわえているせいか他への被害を出せずにいるみたいだしな。無駄な殺生はしないに限る」
「どうしてあんな優秀な力もってるくせにこんなバカなんだろうな、星影って」
下のほうで僕の悪口を言っているようだが、全部丸聞こえだから。無駄口叩いてないで早くここから降ろしてほしい。そろそろ左足がかゆくて耐えきれない。
「さて、星影も限界みたいだしさっさとやって食事にしよう。これから授業も控えていることだしな」
メガネの少年が首元に手をやる。一瞬の青い光と共に、彼の手に弓矢が現れた。流れるようなしぐさでこちらに向けて構える。
「星影救出だ。援護、頼む」
「「了解」」
弓がしなる音が聞こえ、僕はとっさに身を丸めた。メガネの少年が放った矢は風をひゅっと切る音と共に僕のわきをすり抜け怪物の目にあたる。100発100中、流石弓使い。怪物は大きくのけぞり、口を開けてこれまた大きく鳴いた。ぱかり、と口があき、僕の左足は解放される。
「彗、もう一発うてる!?次で仕留める」
「次の装填まで6秒、5、4、3、2、1」
「行くわよ!」
左足が自由になった僕は、怪物から地面に向けて逆さまに落ちていく。そんなの関係なしに彼らは怪物の殲滅へ向かった。誰も受け止めてくれないんかーいと空中でくるりと向きを変え、一番近くの茂みに足から突っ込む。横目でちらりと僕のことをバカ呼ばわりした少年を見ると、どうやら少しは心配してくれているようで目が合った。すぐに逸らされ怪物へと向かっていったが。
べたつく左足をその辺の草で拭きとる。べたべたぬるぬるで気持ち悪い、不快感がなくなるくらいまで丁寧にふき取り、僕はふと怪物を振り返って見る。まだ倒していない。かなり時間がたっているはずなのにいったい何をしているんだろう。
「ありゃ」
怪物の口元。目を凝らして見ると少女が先ほどの自分のようにくわえられているではないか。僕のことをさんざん言っていたくせに人のこと言えないじゃないか、と茂みを抜け出す。
「仕方ない、やるか」
首元に手をかざす。何もなかった首元に緑色の光が走り、チョーカーが浮かび上がる。それと同時に茶色だった髪の毛は銀色に染まり、黒い瞳はルビーのような深紅に。右手中指にはチョーカーの色と同じ緑の指輪。どこからともなく表れたキャップをかぶり、僕は“飛んだ”。正確に言うと地面を蹴って飛び上がっただけなのだが、その力は一般的な人間とは比べ物にならない。これが「選ばれた人間」の力の一つだった。重力などないかのように軽やかに飛び上がったのち、僕は手をぱんと一つ打ち鳴らす。指輪かが光り、次の瞬間には手中にロングソードが現れた。
「来亜!」
少女の叫ぶ声。僕は剣をふるった。まず怪物の口元を切り落とし、少女を救出。すぐに目、喉元、胸、腹と一直線に剣を下す。
「星影、援護する。そのまま下へ」
「任せた」
メガネの少年が弓を構えた。ピアスの少年は「かなたちゃん!」と落ちていく少女を追いかける。
「入り込めるか星影」
「もちろん、片をつける」
「カウント、3、2、1、」
光の矢が飛ぶ。矢は先ほどと同じように怪物の目に命中した。視界の端でそれを見届けると僕は剣を怪物の腹を十字に切り裂いた。あった、コア。
手を一つ鳴らす。持っていたロングソードが消え、レイピアを手に。
そのまま光る石の塊、この世界でコアと呼ばれるものを突き刺し、
「回収」
怪物の体からそのまま引き抜いた。瞬間、怪物は灰のように崩れて消えてゆく。
「星影」
メガネの少年が駆け寄り、箱を開けた。僕はコアをその中に落とす。ふたを閉めながらメガネの少年は微笑み、僕の肩を軽くたたいた。
「さすがだな、やはり星影は強い。さっきは間抜けだったがこの目標も一瞬でやった」
「僕だけの力じゃない。朝比奈の正確な狙撃が無ければ無理だった。花畑も助けてくれたし。日野は……何してたか知らんけど」
「おれだって銃で援護してたじゃん!!見てなかったのお!?」
「見てない」
ええ~と不満そうな声をあげながら少女と歩いてくるピアスの少年。少女のほうもどうやらけがはなさそうだ。さっきはありがと、と少し目線をそらせながらつぶやく。さっきバカにしたのに自分も食われて恥ずかしいのだろう、ぼくは何も言わず小さくうなずくだけにした。
「さて、報告に行こう。さっさと飯食って午後の講義に行くぞ」
メガネの少年が笑いながら言う。僕もうなずいてその背を追った。
ここは、コスモスクエア。全国から「選ばれた人間」が集まり、その力を高めるために訓練と実習を行う教育機関。この物語は星影来亜とその周りの「選ばれた人間」が織りなす毎日を綴った日記帳。お茶でも飲みながら、どうぞゆっくり楽しんで。