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懐かしの日々 想い出

山菜取りでマムシに遭遇、さあどうする!?無口でとっつきにくい強面な父が、カッコいいヒーローに見えた日

作者: 池畑瑠七

 毎週日曜は、アウトドアレジャーの日!

 というと、アウトドアブームの今なら多少聞こえはいいが。ときは昭和真っ只中「アウトドア」なんて言葉すら、滅多に人の口には上らなかった頃の話だ。

 山に囲まれた田舎町に遊園地やショッピングセンターなんて洒落たものは当時なかったし、子供達のお楽しみ夏祭りや花火大会だって、人混み嫌いな父は滅多に連れてってなどくれなかった。

 毎週行く先は決まって自衛隊の演習場。早い話が「山菜採り」だった。


 当時は今ほど立ち入り制限も厳しくなく、陸自隊員だった父はそこが仕事場の一部だからあらゆる場所を熟知していた。

 毎回採取場所を変え、どんなに奥へ分け入りどんなに歩き回っても迷ったり、困ったりするような事はなかった。


 日曜の朝は、早い。日の出と共に起きている父は、朝飯時にはもう野良着へと着替えを済ませている。

 私達兄妹が寝ぼけ眼でちゃぶ台に着く前にいつも、「ホラ、山へいくぞー!したくしろー!」って背中をたたく掛け声がかかるのだ(^-^;。

 幼い兄妹二人はご飯を終えるや否や、否応なしに長靴をはかされ、長袖長ズボンを着せられ、車に乗り込むこととなる。


 青いポリタンクに水。梅干しのおにぎり。インスタントラーメン(みそ味)。ちょっぴりの金平糖が添えられた、乾パン。飴。携帯コンロ。ガス。コッヘル。軍手。

 それから剪定バサミやナイフ、鎌、スコップなど山菜採りの七つ道具を入れた竹かご。


 仕事柄万全に整えたレスキューグッズと共に、いつもの荷物をトランクや座席の隙間に放り込んで車は出発する。それはもう山遊びのレジャーではなく、我が家のしきたりのひとつ、だった。


 時期時期に採れる山菜の秘密のありかを、父は熟知していた。後をついていくだけで、いつも面白いように収穫があった。

 蕨、フキノトウ、ワサビ、ノビル、タラの芽、キイチゴ、コケモモ、キノコ、アケビ、山葡萄、クルミ、・・・魔法使いみたいだった。

 余談だが、自然の恩恵にあずかる傍らで、不必要に森を傷めることがないよう配慮しながら父は山歩きしていたらしい。いっぱい採れるからって、手当たり次第に採り尽くすようなことは決してしない。

 森の生態系を守り、次の豊かな収穫を願う故だった。若いものや小さなものは採らず、必要な芽はちゃんと残すとか、植生を踏み荒らさない、とか…。趣味の山歩きだけど「共生」のための様々なルールがあるんだぞ、という事はもうちょっと成長してから教えてもらった事だった。


 その日もいつものように途中で「非常食になる甘いパン」を買い足し、県道から演習場の凸凹な戦車道へと入っていった。

「今日はどのあたりまで行くんだろ」って思いながら、公道ではありえない程の深い凹凸でガッタガタと弾む車に、しばらくの間揺られる。


「此処から歩くぞー」

 私たちは車を降りて背負子やナップザックを背負い、軍手をはめて、砂利道を歩き出す。

 父の山歩きの足は、滅茶苦茶速い。そりゃそうだ、本格訓練を受けた筋金入りの現役陸自隊員である。

 小柄なのに足の回転が速くリズミカルで、歩幅も大きい。無駄な動きが無く、藪や茂みで行く手を阻まれる獣道も、邪魔な枝や蔓をナタでぱっぱと払ってすいすい搔き分けるように、苦も無く進んでいく。

 険しい道を長く歩いてもスタミナは一向に切れず、息ひとつ上がらない。

 子連れの時は流石に相当手加減していたはずだが、それでも私たちが追い付いて歩くのは、容易じゃなかった。


 ずんずんと颯のように大股で歩きながら、時々足を止めると、目にもとまらぬ素早さで山菜を綺麗~に摘み取っては、背負子の竹籠に入れて行く。みるみる籠は、様々な山幸でいっぱいになっていった。


 そんな風にあたりに隈なく目を配りながら、度々後ろを振り返って帽子のツバ越しに私たちの所在を確かめる。互いの姿が見えたなくなるほど離れてしまう事は、一度もなかった。

 鼠色の作業着を纏ったその背中を、良く覚えている。

 小学校高学年くらいの記憶だが「お父さんの歩いた後だけを、歩けよ」と何度か言われた事を覚えている。父が先頭で安全を確かめながら歩いているから、そのあとなら間違いなく、その時その場所で一番、安全な道筋だったという事だ。


「ホラここにあるぞー!」立ち止まり、その山菜を摘ませるために父は待っててくれた。

 ちょっと笑顔になってる父の元へ、私達は一生懸命小走りで駆け寄る。

「これとこれは摘んでいいぞ。こっちはダメだ、虫がついてる」なあんて、ついて歩くのは大変だったけど父の教えに従って摘み取るこの瞬間は、確かに宝探しの宝を発見したみたいな楽しさがあった。


 ひとしきり歩き回り、お昼近くには車の停めてあるところに戻って来る。

「よし昼飯だ」となれば、その辺の切り株とか石の上に腰を下ろす。

 積んできたおにぎりと、シングルバーナーとコッヘルでサッと作った味噌ラーメンを分け合って食べるのが、常だった。

 お湯が沸いたらすぐに粉末みそと乾麺を入れて、汁がほとんど残らないくらいクタクタに煮た「煮込みラーメン」が、父は好きだった。


 仕事柄だろう、貴重な水を無駄にせず済むこと(洗う手間も減る!)と、なんでも放りこんで食えるし麺によく味が染みる、そして麺が伸びてかさが増す(これ一番重要 笑)。

 だから煮切ったラーメンがいいのだ!っていうのが彼の持論だった。

 上州生まれ故に「煮込みうどん」が大好物で、その延長線上にインスタントラーメンもカテゴライズされてたようだ。

 毎年秋がくるとそこに、採れたてのキノコが山のように投入された。


 シンプルなお昼が済むと、腹ごなしに少し遊び時間がもらえる。

 演習場は溶岩性の砂礫地だから、砂地と言ってもすこぶる歩きにくい。歩こうと片足を出しても、体重を載せれば ずりっと崩れる。

 靴下の中には容赦なくその砂が入り込む。細かいのも大きいのも取り混ぜて。たとえ長靴履いててもその中はいつも、砂だらけになった。


 それでも当時はそれが当たり前の日々だったから気にするでもなく、休憩時は兄と地面にお絵かきしたり、変わった石や虫や花を見つけたり、良さげな木の枝や木の実なんかを集めたりして、まあ、元気に遊んでいた。子供の元気回復は、早い。


 その日は昼飯の後、ちょっと早く父が歩き出した。

 背中が小さくなったな、くらいに離れた頃、遅れて歩き出した兄が道の脇、草むらの陰に何かを見つけた。


 蛇、だった。演習場で蛇に遭遇することは当然ながら全く珍しくない。特に怖いとも思ってなかった。

 黒っぽい砂色に赤が少々混じったような配色だったと思う。大きさは…あまり覚えてないが5‐60センチくらい、だったかなあ?

 好奇心旺盛なギャング兄はその蛇に、無謀にもちょっかい出し始めた。

 持っていた枝で「つんつん」と、頭をつついて、反応を確かめ出したのだ。

 対する蛇の方はまだ、鎌首持ち上げるような様子はなかった。私も興味深々、その様子を眺めていた。


 すると突然、父の大きな怒声があたりに響き渡った。

「馬鹿、さわるな!マムシだ!!」


 えっ?お父さんさっきあんな離れてたのに!!本当に、血相変えて父が目の前まで、飛んで戻ってきていた。不意の怒鳴り声にビックリした私たちは思わず後ずさり、蛇から離れた。

マムシって聞いたことあったけど、これがそうなの?

 その時の私たちは本当の意味で怖いもの知らずだったから、「きょとん!」な状態だったと思う。


 父の手には既に太さ4‐5センチのしっかりした長い木の枝が握られていた。

 そしてその先端を、腰につけてた剪定鋏を使って真っ二つに裂いた。

 突っつかれて怒ったらしいマムシはいよいよ鎌首を持ち上げていたが、父は多分その頭を頑丈な山歩き用ブーツで踏みつけるかして、抑え込んだのだと思う。

 身動き取れなくしたうえで彼の首根っこをその割った枝でバチン!と挟みこみ、確かテグス糸で口をぐるぐると結わえて、厚い米袋に押し込んだ。


 身を守るために毒を持って生まれてきたそのマムシに罪はなかったから、たまたま我々に出逢ってしまったのが彼の不運だったろう。ごめんな。


 この捕獲の時。父の素早さは、凄かった。正直、好きも嫌いもなく一緒に山菜取りに連れ歩かれていたけど、その時は流石に「カッコいいなお父さん!」と思った。

何があっても守ってくれるヒーロー、みたいに頼もしく誇らしく感じた記憶がおぼろげながらある。


 マムシくんのその後はあまり覚えてない。多分、遠くへ運んで行って処分されたか、袋に詰めたまま持ち帰り、マムシ酒にされたか・・・どっちかだったような気がする。



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― 新着の感想 ―
[一言] かっこいいお父さん!ステキですね! 「お父さんの歩いた後だけを歩けよ」と安全を施しながら逞しく育てられたのだなぁ。 きっと山歩きの時だけでなく普段の生活の中でも、お父さんの背中を見て、言葉を…
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