第十五戦闘行動 とある黒のセンチメンタル
〜ブラックの場合 其のイ〜
「そう言う訳だ。レッドを元の時代に戻す為に協力して欲しい」
レッドの妻の内、女王エレファはこのセリフを言う前に別れを決意していた様子だった。そしてノーラ姉妹の次女イッマ・ノーラも直ぐに納得してくれた。想定外だったのは四女ヌッコ・ノーラだ。
私が内偵した結果、ノーラ姉妹は四人同時にレッドの妻になったと聞いた。しかし解せないのは四人目のヌッコ・ノーラだ。この「ハの国」に於いて法規制に拠って婚姻可能年齢に制限が無いとは言え、ヌッコ・ノーラは幼い。レッドが幼女趣味があるとは思わないが、流石に幼女を妻としている事に不快感を持ったのは事実だった。
拠って、「無理やりレッドと結婚させられたのだろう」と考えるのは至極当然の成り行きだ。それならば離婚したいと考えている可能性だって大いにあるだろう。
だが、ヌッコ・ノーラは酷く困惑した表情で離婚を拒否したのだった。
「レッドに似ている化け物は要らないから連れて帰って欲しいけど、レッドは連れて帰らないで欲しい」
恐らく「レッドに似ている化け物」は、強欲だと容易に想像が付く。だが、強欲だけを連れ戻す事なんて無理な話しだ。
「レッドは強い。獣人は強い者に従う。レッドはこの国の王なんだ。それにレッドがいなくなったらヌッコは寂しい」
この少女の純真無垢なレッドに対する想いは、婚姻に至る恋愛感情とは思えなかった。だが、この少女はレッドに対する恋心は持っていなくとも、尊敬やそれに準ずる感情を持っている事は理解出来た。
拠ってこの少女を説得するのには実に骨が折れた。
だが、一筋縄で行かないのはヌッコ・ノーラだけでなく、三女アッヌ・ノーラと長女サッカ・ノーラは更に上を行く強敵だった。どうやら強欲と性的接触があった四人の内、特にこの二人はレッドないし強欲に対して抱く感情が強過ぎたのだ。
三女アッヌ・ノーラはレッドに対して完全に恋心以上の感情を抱いており、長女サッカ・ノーラは強欲に対して同様の感情を抱いている様子だった。
そんな二人を引き剥がすのは、骨が折れる以上に厄介な問題だったと言えるだろう。
「アタイは、あるじ様に忠誠を誓った。だからこそ死ですら怖くない。あるじ様と共に行けないなら、その忠誠を破る事になる。それならアタイは死を選ぶ」
人の為に死ぬ……そんな気持ちを持つ事なんて、本来ならば無いだろう。かと言って、元の時代に連れて行く事なんて出来やしない。何故なら時空を超えるのだ、鎧無くしては身体が耐えられないだろう。それにもしも仮に超えられたとしても、“獣人族”という種族は元の時代に存在していない。
それこそ人類から好奇な視線を送られるだけの存在に成り兼ねないし、そこにプライバシーも人権も無い。
「アテシは、だんな様と過ごした蜜月な日々を忘れられませんわ。それにアテシはだんな様に操を立てたのです。だからこそ、ブラック様がだんな様を連れて行くのであれば、だんな様を殺して、アテシも死にますわ」
もう何も言えなかった。流石にサッカがレッドを殺すのは無理だとは思うが、この女性ならば殺り兼ねないのは明白だ。レッドを強欲にする為に、自分の首を掻き切る女性が本当にしないなんて事が考えられないからだ。
拠って根気強く二人を説得し、手練手管の策を弄して離婚する決意を固めさせるまでに一週間近く掛かったのだった。
寝覚めが悪い結末にはしたくなかったし、後味が悪いのも嫌だ。旅立ちに際して後顧の憂いなどあってはならない。
だからこそ、使える手はなんでも使わせてもらった。流石にレッドには悪いと思ったが、仕方無いと諦めてもらうしかないだろう。
話しは変わって結局のところ、「ハの国」は国を失った種族達を受け入れる事になった。鳥人を始めとし、水人もそれに含まれる。
ギョリの話しによれば、いずれ「スの国」から難民が多かれ少なかれ「ハの国」に来るだろうと言う事だった。
それに対して王位を復権した「ハの国」の女王エレファ・シーザは受け入れを快く認めた。それにこの国は「マの国」と違い、豊かな実りがある。それこそ鳥人と水人の難民を受け入れる程度で食糧不足に陥る事はないだろう。
こうしてこのニホンに於ける、問題点は表面上は失くなっていった。しかし今後、種族の違いから来る対立は少なからず起こるだろう。だがそれはこの時代に住まう皆が話し合って解決する事が望ましい。そして、全ての蟲族があの闘いで滅亡した訳ではないのだから、その問題も必ず発生するだろう。
いずれ再び蟲族との戦闘は繰り返される事になる。その時までに全ての種族が協力関係を構築する必要があると言える。
私がこの国でやれる事を一通りやり終えた時、丁度ゴールドと約束した一ヶ月が経とうとしていた。恐らくゴールドはホワイトの身体を完全復旧させる期間として一ヶ月と言った筈だ。
だから時期になれば轟音を立て、あの時飛び去った北の大地の方角からこちらに向かって来るに違い無い。
「後顧の憂いを断つ」……それは私達がこの時代に現れた事で狂ってしまった歯車が正常に回るようにする事だ。そして、私達がいなくなった後、この時代に住む人達が、その時代に住む人達の手に拠って考えて模索し、発展繁栄を成し遂げて行けるようになる事が肝要と言える。
それこそが、私が最後に出来る“セイギノミカタ”の考え方だった。だからこそ私は尽力し、後顧の憂いは断てたと実感していた。
「ねぇ、ブラック……。話しがあるんだけど、いいかしら?」
「「シて」とか、「ヤろ」みたいな話しならお断りだ。その話しをする腹積もりなら帰ってくれ。私も暇じゃ無いんでな」
「ううん、違うの。もっと大事なコト」
「大事なコト?ピンク大丈夫か?頭でも打ったのか?」
「ひどいよ、ブラック。アタシがいつもそんなコトしか言わないみたいじゃない……」
「違うのか?」
「……」
「それで、私に何の用だ?話しがあるんだろ?」
「ねぇ……あのね……笑わないで聞いて……ね?」
突然私の元に来たピンクだった訳だが、どうにも要領を得ない。ピンクらしさが無いと言うか、いつになくしおらしい。
別に私はピンクにらしさなど求めていないが、肩透かしを喰らったようになっていた。
「アタシ……ブラックのコトが好き……なの。どうしようもないくらいに好きなのッ!」
「ピンク、残念だが……」
「うん、分かってる……。でもこの気持ちが抑えられなくて、いつもブラックに迫っちゃって、ブラックがドン引きしてるのも分かってる。だから、アタシがブラックを諦める為に……お願いだから抱き締めて……」
「諦めるのと抱き締めるのが、どうやったら繋がるのか分からないのだが?」
「えっ?!えぇっと……それは……そのぉ……もうッ!ブラックのバカッ!あほんだらッ!もういいモンッ!」
ピンクは走り去って行った。私はとどの詰まり、ピンクが何をしたかったのか分からなかった。いや、私に好意を持ってくれているのは有り難い事と言えば有り難い事なのだろう。
しかし、私とて二度も失ったオーマの事を忘れる事が出来ずにいる、ただのか弱い人間に過ぎないのだ。
そんなおセンチな気分に浸ってしまった私を、あの頃と何も代わり映えのない夕陽が優しく包み込み、抱き締めてくれているかのようだった。
もしも、同じ事をピンクがまた言い出したら、抱きしめるくらいならしてもいいかな……などと血迷った考えを一瞬だけ持ってしまった自分を恥ずかしく思いながら改めて見た外の景色は、夕陽が私の気持ちを察したかのように姿を消して行く直前だった。




