第十五戦闘示唆 決別の痛み
〜ブラックの場合 其の拾〜
「どうした、ゲードゥ。落ち着いて話せ」
「魔王陛下、ヤツらだ……。蟲族が攻めて来たッ」
ゲードゥの様子は浮き足立っているとしか言いようが無い反面、私は今まで蟲族と遭遇した事実が無い事から冷静だった。
だが、他の四王剣の様子はというと、コーだけはこの場から今すぐにでも逃げ出したい様子だと言える。
「妹よ、蟲族の数は如何ほどだ?」
「物見の観測だと、四〜五千くらいじゃないかって」
「数では圧倒的に不利……オーマ、策はあるか?」
「総動員令によって、民の強化は終わってますが、満足に闘えるかと問われれば疑問は残ります。ですのでゲードゥとハージュンに正規兵を貸し与え撃って出させ、その間に籠城準備が適切かと……」
「うむ……それが最適か……では、ゲードゥ、ハージュンよ……」
——ブラックが指示を出そうとした時、俄に城内が騒がしくなり、ブラックは何かを感じ窓から外を見た——
——その様子に四王剣の面々はブラックに従うように同じ行動に出ていた——
「あれが……蟲族なのか?」
「いや、物見から聞いた話しじゃ、飛翔種じゃなくてフォルミチデとマントデアの混成群のハズ……城内にこんなに早く攻め込んでくるのは……なっ!?なんだアレ……」
私が窓から見たのは、龍の翼を持ち、手から鎌を生やしたナニカ……。私はあれが蟲族だと言われれば信じたかも知れないが、ゲードゥの様子は明らかにアレが蟲族とは違うナニカだと言っているようなモノだった。
「新種の蟲族……でしょうか?でも、あの尻尾にあの角……あれは龍人族の可能性があります」
「ハージュン、蟲族と龍人……いえ、全ての種族は蟲族と子を成す事は出来ません。喩え無理矢理犯されたとしても、龍人と蟲族との間に子供が産まれるとは到底思えません。ですから龍人の身体に、マントデアの鎌などありえません」
「今はそんな事で揉めてる時間は無さそうだ。私の“聖技”で強化された正規兵が赤子の手を捻るように殺されて行く……。皆、出るぞッ」
——斯くして謁見の間にいた全ての者達が城内の救援に向かうべく立ち上がった直後に事態は急変した——
「おや?どこへ行かれるのですか?」
「なッ?!何者……だ?キサマは何者だッ!」
「あぁ……。初めてお目にかかれました。とても長かった……本当に長かった。この日をどれだけ待ちわびたか……。——ヤツガレは貴方様を殺す為に来た、メモハモホワイトと申します。本日死にゆく貴方様はこの名だけを冥土の土産にして下さい」
「メモハモホワイト?ジャスティスファイブにホワイトなどいなかった筈だ」
ブラックは混乱していた。どう見てもそれはジャスティスファイブと同じ鎧であり、六人目のジャスティスファイブなど知り得ない情報だったからだ。
そして、その背後には先程窓の外に見た、龍の翼を持つ蟲族が数十匹……。現状としては大変思わしくない。
「しゃらくせぇッ!魔王陛下と似たナリしてるだけの痴れ者がぁッ!」
「ゲードゥ、止せ……ッ?!」
すーーー
ぼとッ
「妹よッ!うわあぁぁぁぁぁぁッ。貴様あぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!絶対に許さんぞ!八つ裂きにしてくれるッ」
すーーー
ぼとッ
「全く腹立たしい。ヤツガレがブラックと話している時に横から割って入るなんて、腹立たしいとしか言いようがありません。ヤツガレに対して腹立たしい行いをするモノは、命をもって償いなさい」
ホワイトに向かって駆けたゲードゥは一瞬で首を落とされ、泣き別れた身体は床に崩れ落ちた。ハージュンはその一瞬の事に激昂しホワイトに対して特攻をして行ったが、結果はゲードゥと同じになった。
「なんだ、アレは?ホワイトは武器を展開していない。ジャスティスファイブなら、武器を呼び出す事無くあんな攻撃を出来る筈が……」
「あなた、今は逃げて下さい。アレは未知の化け物です。ゲードゥやハージュンがあんなにあっさりと殺られた以上、一度逃げて再起を図るべきです。わたしが時間を稼ぎます!——コー、わたしに魔力強化を!」
「えっ?あっ!はい。只今行いましゅ……ますです!」
くるりんッ
「マジカル ラジカル リリカ……えっ?あだすの心臓……どこ?」
ばたッ
「全く、油断も隙も無い。これだから、裏切り者が使役するモノ達は……あっ、また殺ってしまいました。四つのサンプルを持ち帰る事も重要なコトだったのに、全く腹立たしい。あぁ、腹立たしい」
魔術の詠唱を始めた直後にコーは胸をくり抜かれて絶命した。一連の動作を見ていたブラックは、ホワイトの謎の攻撃のカラクリが分かった気がしたが、現状で打てる手段は何も無い。
「残りのサンプルは一つ。ヤツガレが相手をすれば必ず殺してしまいますね。おい、お前達、そのサンプルを捕らえなさい。ブラックは殺して構いません」
「カカカ、カシコ……マリマ……」
「(サンプル?オーマを捕まえようとしている?何故……?)——オーマ、この状況で逃げられると思うか?」
「二人揃って逃がして貰えるとは思えません……ね」
ぎゅっ
「——あなた……わたしはあなたをお慕いしております。ですからあなたは、あなただけは命に替えてでも逃がしてみせます。さようなら、あなた。わたしはあなたの子供を産みたかった……です。——魔術・転移」
「オー……マ——」
オーマはブラックを抱き締め、背伸びをしてブラックと唇を重ねると、涙ながらにブラックを何処かへと飛ばした。
オーマは瞳に非情な決意を宿し、その身を業火に焼かせたあの日の誓いと決別する意味になってしまっても、ブラックの命を救いたかったと言い換えられるだろう。
獣人の接吻と同様に、魔人の接吻にも意味がある。ブラックはその意味を知らずに何処かへと飛ばされたと言う事になる。
「ふぅ……まぁ、いいでしょう。ブラックは他の者達諸共、後でも始末出来る。だが、サンプルはこの場でしか手に入らない。他の魔人は捕食していいと言ってしまったので、サンプルはアナタだけになってしまった。手足は失くても構いません。命と腹だけ残っていればいいんですから、早く捕まえなさい」
「わたしは魔王陛下の四王剣。蟲族如きに捕まるものですかッ。一匹でも多く道連れにして、愛する方と決別させられた恨みを晴らさせてもらいますッ!」
こうして魔王ブラックのいなくなった謁見の間でオーマは一人、大立ち回りを演じた。
オーマは魔術を駆使して蟲族を翻弄し、一匹また一匹と仕留めて行ったのだが、数で勝る蟲族の前にジワジワと劣勢になった挙句、先ずは右腕を鎌で切断された。
切り落とされた激痛に因って、満足に動けなくなってからは一方的な蹂躙が行われ、オーマは最終的にその小柄な肢体から四肢全てが失わされた挙句に、口元に猿ぐつわを付けられてホワイトの眼前に放り投げられたのである。
どさッ
「んっ……んんんっ」
「おやおや、随分と小っちゃくなりましたね?ですがこのままでは失血死してしまいます。今死なれては困りますから、止血しておきますか」
すすす
ジュッ
「ッ?!ンッンンーーーーーーーッンーッンーーーーッ」
ホワイトはその指先から出した高出力のレーザーに拠って、オーマの四肢の切断面を焼く事で止血する事にした。オーマの身体には更なる激痛が奔り、耳を塞ぎたくなるような声にもならない叫びが謁見の間に響きわたって行く。
オーマは何かを最後まで叫んでいたが、口元に嵌められた猿ぐつわのせいで何を言いたいのかまでは分からない。
ホワイトのレーザーに拠って、血止めの手術が全て終わった頃になるとオーマは意識を失い、謁見の間は物音一つしない静寂に包まれていったのである。




