第十戦闘示唆 雪山の名君
〜イエローの場合 其の参〜
一人、雪山を進む姿があった。宛もなく彷徨っているその姿は黄色い。これが白かったならイエティと呼ばれたりするUMAと呼ばれる未知の生命体や、雪男と呼ばれる伝説上の怪異と見間違うかも知れない。
だが、歩いている者は黄色かった。それだけだ。
「ハラヘッタアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!」
黄色いナニカが発する言葉はそれだけだった。言語能力を持たないそのナニカは「ハラヘッタ」だけしか言わず、吹雪いてホワイトアウト寸前の雪山を宛も無くただ彷徨っていた。
「はぁ……」
「ため息なんてつかれて、どうされたのですか龍公女様?」
「ため息もつきたくなりんすよ。かれこれもうずっと吹雪……。このままでは狩人は獲物が取れず、酪農家畜に手を出さなければならなくなりんす。この時期は農耕も難しく、ただでさえ飢えに苦しむ人が多いこの時期に、長い吹雪は死活問題。ため息をつかずにはやってらりんせん」
この国は北の大地にある。北の広大な大地ニムル・ホルネン。一年のほぼ半分以上が雪に覆われている過酷な大地だが、そこの龍公女は大胆な施策によって国を運営している名君と称されている。
民が飢える事を国是とせず、自分が食べる事を惜しんで他人に尽くす姿は聖女として人心に映り、尊敬と羨望の眼差しを向けられる事も多々あった。
ここに住まう民は龍人と呼ばれる種族であり、足には鋭い爪、頭には立派な角を持ち、強靭な鱗を身に纏っている。更にはその鱗を纏った太く靭やかな鞭のようにうねる尻尾。
決して寒さに強い種族ではないが、口から炎を吐き出し、吐いた炎を留める力を以って暖を取る事が出来る為、この過酷な大地で国を創り上げる事に成功した唯一の種族とも言える。
そして過酷な大地に聳える城の近くには、広大な洞窟があり、そこで農耕と酪農を営んでいる。この酪農と農耕を成功させたのが龍公女その人であり、飢えに苦しむ民を救う事が龍公女の悲願でもあった。
彼女はその偉業を以って「龍公女」という尊名で呼ばれるようになった過去があり、尊名を傷付ける事が無いように最善と最良を繰り返してこれまで民を飢えから救って来た自負もある。
そんな龍公女がため息をついており、それを心配そうに見詰めているのはアンと言う名の侍女だ。
吹雪が続き、寒さが厳しくなれば農耕植物は成長を止めてしまう。
吹雪が続き、寒さが厳しくなれば北の大地を寝床にしている獣達も巣穴から出て来ようとはしない。
そうなれば酪農家畜を屠殺して食料にする他に無い。だがそうすれば翌年以降の酪農に多大な影響が出て、それによって飢える民が出てしまう。
負のスパイラルとしか言えない現状にため息もつきたくなって、当然と言えば当然だった。
「ァァァァァァァ」
「アン!今の聞こえたでありんすか?もしかしたら肉食の獣がこの吹雪に耐え兼ねて腹を減らし、巣穴から出て来たのではありんせんか?」
「申し訳ありません龍公女様、アンには聞こえませんでした。ですがこの吹雪……狩人達とて獲物の足跡が消えてしまえば追えませんよ?」
龍公女は微かに聞こえた声を獣の遠吠えと思い、心が踊った。もしも相手が群れならばそれだけで暫くは飢えなくて済む。狩人達は命懸けの仕事になるだろうが、熟練の猛者達が早々に遅れを取る事は無い。
龍人族の住まう「ユの国」は、人口が二千人余りで、鳥人族の「カの国」と人口的には同じ規模だ。しかしこの地に於いて蟲族の襲来は皆無に近い。過酷な地に於いては蟲族と謂えども生き存える事は不可能に近いのだろう。
故に外敵の防波堤とも言える、堅固な城門や城壁などは作られていない。
外敵の襲来が無いと言う点だけに於いては、「ユの国」は平和な国と表現出来るかも知れない。しかし人口はそれで頭打ちだった。これ以上人口が増えれば食料供給が追い付かず民は飢え、怨嗟の声が満ちる事になる。
故に人口抑制の為に、有性生殖は禁止されているのがこの国の現状と言える。
食料問題さえ何とかなれば平和な国だった筈の「ユの国」に未曾有の危機が迫っていた事を、この時点では誰一人として知らない——
「な……なんて事……。なんなのでありんすか、あの化け物は……」
「龍公女様、早くッ!こちらから早く外へッ!」
ソレは突如として襲い掛かった。城門も城壁も無い事がアダとなったと言えるだろう。例え城門等があっても結果が変わったかは否めないが……。
ソレは無断で街に侵入すると目に止まった住人を食べた。正確には一口で丸呑みにした。
これが大型の肉食獣であれば分からなくもない光景だが、人間大のサイズしかないソレの大きさで丸呑みにされた龍人は数人では済まされない。
だからこそ異常な光景だった。
ソレは片っ端から丸呑みにして行ったのだ。質量保存の法則など関係無いと言わんばかりに次々と龍人達は犠牲になった。そして街に住まう龍人が全ていなくなった後は、次なる獲物を求めて城内へと侵入したのである。
一方で突如として現れたソレに対して、龍人達は何もしなかった訳ではない。
鋭い爪でソレに対して爪撃を加え、硬い鱗のある尻尾で薙ぎ払いもした。口から炎を吐き出し、焼き殺そうと懸命に応戦したのだ。
だが全ての攻撃は弾かれ、龍人自慢の炎ですらも直接的なダメージを負わせる事は出来なかった。
結果として阿鼻叫喚の地獄絵図になるのは当然と言えば当然の光景だったのかも知れない。
最終的に龍公女は家臣に導かれるまま、城から逃げ出す事を選択せざるを得なかった。その時、龍公女に付いて来た者は三人だけしかおらず、それ以外の者達は全てソレと応戦し、自分達の希望を少しでも長く、遠くへと生かす為に必死に闘う事を選択した。その中に、この国の最大戦力とも言える“四剣天”の姿もあった。
龍公女の性格上、そんな事を望んだとは考えられないが、泣く泣く城を後にする以外、意味不明の災厄から逃れる方法を見出せなかったのは事実だろう。
「みすみす皆を失う事になってしまったでありんす……もう、こうなっては……いっその事、あの化け物の腹に収まってしまえば、こんなに苦しむ事も……」
ぱしんッ
「えっ?アン……?」
「龍公女様に手を上げた事、大変申し訳ありません。この非礼はいずれ必ず命で償いますから、今はアンの話しを聞いて下さい」
「龍公女様は龍人族の希望なのです。街の人も城の人も、龍公女様に今まで散々救われて来ました。龍人族は龍公女様に恩返しする機会を漸く得たのです。だからッ、皆が命懸けで守った龍公女様が、自暴自棄になる事なんて、誰も望んでいませんッ!——命を……大切な龍公女様のお命を粗末にするような事を……言わないで……下さいッ」
「アン……」
「おやおや、大変いい場面とお見受け致します。こんな良い場面でお邪魔するのは大変心苦しいのですが、失礼致しますね」
自暴自棄になり正気を失い掛けていた龍公女の心を救ったのは、アンの言葉だった。
龍公女は侍女から励まされ、絶対に生き延びて再起を図る事を密かに決めたのだが、その矢先に闖入者が現れた事で、彼女の歯車もまた更に加速して狂わされて行く事になる。




