第四戦闘示唆 詠唱
〜ブラックの場合 其の肆〜
「コー・ジターマご用命により、参上しましゅ……しましたッ!魔王陛下にあらせられましゅ……ましては、ご尊顔を拝謁しゅ……する事のお慶びを……お慶びを……お慶びを……えっと……そうだッ!讃えておりましゅ……れば、不遜なる我が身に勿体無き次第で御座いましゅ……」
「もう良い。コー顔を上げよ」
「ははぁ。ですがッ!魔王陛下のご命令とあっても、不肖なるあだす如きがご尊顔を拝謁賜るなど、あってはならない事と考えましゅ……ますりますッ」
「シャクマ……」
ふりふり
私は頑なに床に額を擦り付けるコーの対応に為す術を見出せなかった。そこで仕方無くシャクマに助け舟を依頼した訳だが、シャクマは首を横に振るばかりで、呆れるどころか諦めていたようにも見えた。
かつんッかつんッ
「コー……顔を上げよ」
「いえいえいえ、魔王陛下。あだすの顔を魔王陛下に見せる訳には参りません。魔王陛下の曇りなき眼が汚れてしまいま……しゅ。えッ?!」
私は埒が明かない為、コーの目の前まで歩み寄ると、コーの顎に手を伸ばし強引に顔を上げさせた。コーとしては私がそのような行動に出るとは思っていなかったのだろう。驚いた表情で、金色に輝く瞳を盛んに大きく瞬かせていた。
「魔王陛下……暫く見ない内に、随分と変わられましたのでしゅ?」
「コー。先代の陛下はお隠れ遊ばされました。拠ってわたしが後を継いだのですが、才あるブラック様に禅譲致しました。拠って現魔王陛下は、そこにいらっしゃるブラック様です」
「魔王陛下がお隠れ遊ばされた?えっと、鬼ごっこですか?」
「はっはっはっ。コーはなかなか面白いな。さて、顔も見れた事だし本題に入らせてもらう」
流石に「魔王」と言う呼称に私としては違和感があった。魔人族の王だから「魔王」と言うのは分かるが、そもそも私は魔人族では無い。かと言って、これ以上ややこしくするのは時間が勿体無いから一度棚上げする事にした。
「コーは魔力強化が出来ると聞いた」
「はい、あだすの魔術は魔力強化と飛翔でございましゅ……ますですッ!」
「それを私に行ってもらえないか?」
「ブラック様、なりませんッ!」
「シャクマ、言いたい事は分かる。だが、身を持って確かめたいのだ」
「あだすは構いませんが、魔王陛下は魔人族では無いとお見受け致しますです。あだすの魔術は魔人族にしか効きませんが宜しいのでしゅ……ですか?」
「構わない。やってくれ」
私は「魔人族にしか効かない」と言われる事が不可解だった。そもそも他種族と交流が無い以上、試した事は無いだろう。それなのに「効かない」と決め付けている事に違和感があった。
そして尚且つこの国を再建する為に必要であるならば、どんな事であっても、それが些細な事であっても試して見るべきだと感じていたので異を唱えるシャクマを止めた。
「ブラック様、魔力強化は魔力を持たない者には毒になり得ます。ブラック様、もう一度ご再考をッ!」
「くどい。何故、そう言い切れる?他の種族と交流がない魔人族がそれを試した事があるのか?」
「いえ……ありません」
「ならば良い。コーよ、早く試せ」
「わ……分かりました。でも、何が起こっても、「死刑」とか言わないで下さりませ」
「言わん」
「本当に本当ですよ?「死刑」とか言ったら、あだすは泣いて帰りましゅ……よ?」
なんと言うか、私は面倒になっていた。言った言わないの口約束に何の意味がある?本当にそれを履行させたいのであれば、契約書を交わさなければ意味など無い。
だが時間が惜しいのは確かで、契約書を結ぶ必要性も見出せないのは事実だ。
「では、魔王陛下がご要望ですので、コー・ジターマの魔術を使わせて頂きましゅ……ますッ!」
くるりんッ
「マジカル ラジカル リリカル ララバイ」
「ちょっと待ってくれ」
「はひッ!待ちましゅッ」
「シャクマ……あの……聞いていいか?」
「ブラック様、お答え出来ません」
「シャクマも魔術を使う時に……」
「しませんッ!そもそも……訓練を積んだ者であれば、無詠唱です。コーは訓練すらしていないからこそ、詠唱が必要なのです!なので、わたしはあのような詠唱は絶対にしませんッ」
私は少しだけ、シャクマが同じような動きをするのかもと想像していた。清楚なシャクマがくるくると周り、ヒロイックなポーズを可愛らしく行いながら詠唱していく様を考えると、それはそれで興味を唆られたのだ。
「そうか……それは残念だ」
「ブラック様……期待されてもわたしは絶対にずえったいにやりませんよ?」
「はぁ……。では、コーよ。続けてくれ」
「では、改めて詠唱させて頂きましゅッ!」
くるりんッ
「マジカル ラジカル リリカル ララバイ」
ぱちッ
きらーん
「バイアス バイオス バイブル バイバイ」
きゅぴーんッ
「輝け綺羅星 瞬け彗星 箒の彼方へ届くよ想い」
にゅももももッ
「萌え萌えキュンキュン この手に止まれーーーッ!」
しゅぴーーーーーんッ
ばしゅッ
私は完全に言葉を失っていたかも知れない。もしも……もしもの話しだ。私がコーの力に拠って、魔術を使えるようになったとしよう。だから仮定の話しだ。飽くまでも仮説だ。
——私は訓練をしていない。拠って仮に使えるようになったとしたら、詠唱を行わなければならない事になる。私が……コレを行うのか?私に出来るのか?
それを考えた途端、何故か胃がキリキリと痛む気がした。
どんッ
「ぐっ……」
「ブラック様ッ!」
「あわわわわわわ。死刑とか絶対に言わないで下さいまし。絶対ですよ?絶対ですよ?約束しましたよ?あだす、泣いて帰りましゅ……ますよ?」
私はコーの魔術が身体の中で暴れ回っているのを感じた。これが魔力を持たない身で魔力強化を浴びた結果なのだろう。
玉座に着いているからこそなんとか耐えられてはいるが、立っていたとしたら耐え切れたモノではないかも知れない。それ程までに苦痛と言える程の不快感に見舞われていた。
こんな感覚は日本にいた時に味わった事が無いと言い切れる。それ程までに酷い感覚を味わい、コーの魔術を浴びた事を後悔し始め、シャクマの言う事を聞かなかった自分に慚愧の念が押し寄せた頃、私の内側で何者かの嗤う声が聞こえた。
「ふっふはははははッ。私だ私こそ私だッ!私の為にこそ全てがあるッ!」
「ブ……ブラック……様?」
「ヒぃぃぃぃぃぃッ、魔王陛下がッ、魔王陛下がッ……。あだすを死刑にしないで下さいぃぃぃぃぃッ」
こうしてブラックは意図せず“覚醒”したのである。




