断罪回避を諦めた悪役令嬢は早く物語を終わらせたい〜取り敢えずヒロインの背中を突き飛ばす〜
自分はこの世界で悪役令嬢なのだと、ある日突然、というか今ちょうどこの時、ふと気が付いた。
なぜ?との問いに答えることは難しく、ただなんとなく、きっとそうなのだろうということが分かるだけ。
タコパでの断罪が待っている。
自分の行く末は地方の温泉街そばの寂れた風俗店通り。
回避できる気がしない。
なぜならば……まさに今日がタコパ当日、現在地がタコパ会場。
まな板の上には生ダコ。
わたくしに課せられた使命、それは、キッチン鋏で生ダコを小さめに刻むこと。
「いやん、タコが気持ち悪いですぅ〜」
ヒロインが身をよじってキモがっている。
「マリーナ、僕がこの包丁に賭けて君を守るよ」
赤毛の騎士団長の息子が鼻の下をだらりと伸ばし、包丁の刃に赤い舌を伸ばし、舐める振りを恐る恐るしている。
どん、といきなりヒロインの背中が押され、ドミノ式に騎士団長の息子とセットで突き飛ばされた。
「ぎゃー!!」
ヒロインの口からあられもない声が上がる。
騎士団長の息子は舌が切れていないか気が気ではない様子だが、どうやら切れはしなかったようだ。
あわや救急依頼の大惨事、あわや薄くスライスで二枚舌完成となる大珍事。
「貴様、マリーナを突き飛ばすとはどういうつもりだ!?」
三角巾とエプロン着用の上、泡立て器でタネを混ぜていた神官長の息子が手を休めることなくこちらを睨んでくる。
「ぐすんぐすん、ぴえん」
「可哀想なお嬢さん、鼻炎で泣いているのかい?」
王太子は婚約者のわたくしには声を掛けず、マリーナの背中をさすり始めた。
「無闇に未婚の女性の肌に触れるものではありませんわ、殿下」
悪役令嬢らしく、チクリと諌めておく。
「君が理由もなく鼻炎の令嬢を突き飛ばしたりするからではないか」
王太子が言い返すので、わたくしも悪役令嬢らしく更に言い返す。
「理由ならございますわ」
「ほう。して、理由とは?」
「嫉妬したのです。攻略対象のイケメン令息は皆ヒロインのマリーナ様にメロメロなんですもの。わたくしは嫉妬に狂い、この両手で、マリーナ様を突き飛ばしたのですわ」
くわっと、王太子が怒った顔になった。
「違いますぅ〜。アリス様はマリーナの背中にタコエキスをなすりつけたんですぅ〜」
タコの呪いか、マリーナは一層くねくねと体をよじっている。
タコ踊りの効果か、ヒロインの甘え声にフェロモンでも含まれているのか、王太子の表情がややマシになった。
「そうなのかアリス?」
「ふん、事実だと言ったら?」
王太子はふわっと花を咲かせたような笑顔になり、わたくしの手を取った。
「次からは俺になすりつけるといい。君の可愛らしい手が俺以外に触れるなど、気が狂いそうだ」
どうやらマリーナの背中をさすった王太子の行動は、わたくしが突き飛ばす際に触った場所を触ることで、わたくしの成分をヒロインから回収しようとしたものらしい。
(王太子殿下は……とうに狂っている)
その後、タコ焼き奉行と化した神官長の息子が黙々とタコ焼きをひっくり返しては焼き、タコパは無事に終了した。
タコ焼きをたらふく食べて丸くなったお腹をさすりながら、帰りの馬車の中で王太子に確認する。
「殿下、わたくしはきっと悪役令嬢なのですよ? 断罪は?」
「悪役令嬢だから婚約破棄をしてもらえると思ったら大間違いだよ。俺は君のそういう面を知った上で君のことを深く愛しているのだから。どうしても今日の罪を償いたいというのなら、王宮の俺の部屋に君を閉じ込めようかな。他の男共の鼻炎令嬢への好意に嫉妬するだなんて、アリスは駄目な子だね。物理的に、俺だけしか目に映らなくしてやろうかな」
「悪役令嬢は地方の温泉街に飛ばされる予定だったのですけれど」
「混浴も悪くないけれど、他の客に君の裸体を見せるわけにはいかないからね。家族風呂を予約して、二人で仲良く入ろうか?」
その後、温泉地の開発に取り組んだ王太子のお陰で、国内はもちろん、国外からも客が訪れるようになり、観光により国は富んだのだという。