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異世界管理人ワタナベ  作者: 千歳 翁
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第二話 動乱1

【774系時空 ロスタカ帝国領内 ブリュミエール18日】

【帝都 イスカンガルド 大宮殿 執務室】


「……それで、進展は?」

「絶滅計画は何もかも、すべてが完璧に行われています。この調子であれば、我が帝国内から、魔法に関するあらゆる記録を抹消するのも時間の問題でしょう」


 皇帝ラファエルスは、窓の外をじっくりと眺めながら、行き交う市民と自らの帝都を見下ろしていた。今から70年前、アグリウス・ケリウス・ロスタカがこの地を平定した時、魔術は人々を恐れさせていた。穀物を枯らし、災いを呼び、悪魔を従える者…。それが帝国の臣民を禍の中へと呼び込み、文字通りの悪夢が広がっていた。

 自らの父に、ラファエルスはそう教えられた。

 臣民を守るべく立ち上がった偉大な王は、今やロスタカの首都、イスカンガルドの象徴ともいえる巨大な黄金像に祀られている。魔術なき都は絶頂の時代を迎え、臣民の誰しもが、ロスタカの皇帝を讃えていた。

 だからこそ、ラファエルスにとっては荷が重い仕事でもあった。


「……それは結構」


 グラスに注がれたロスタカが誇る葡萄酒は、底なしの深く甘い香り、そして程よい渋さが料理に合う。召使の運んできたステーキを静かに手元で裁き、その肉を口へと運ぶ。この時間が、ラファエルスにとっては何よりも素晴らしい物である。

 今や、帝国はかつてないほど領地を広げ、黄金時代の只中にいた。何もかも、すべては帝国の繁栄のために必要なものである。だからこそ、若い皇帝には忠実な部下がひとり必要だった。


「ですが…一つ、懸念がございます?」

「懸念?」

「ええ」


ラファエルスの前で、唯一彼と同じ頭の高さを保つことのできる男…執政官パーロウ・グリムは、宮殿に使える奴隷からのし上がった実力者であった。幼い頃の皇帝の良き友であり、そして彼を理解したからこそ、今や帝国を率いる第二の頭脳として、この場所にいた。先代に比べて、ラファエルスは完璧な王とは言い難いと自負していた。だからこそ、切れ者の彼が、今は必要なのである。

 パーロウは、帝国技術省が開発した「万能視(ウォッチャブル)の巻物」を起動する。開かれると同時に、帝国の地理が前面に映し出され、立体化したビジョンが映し出される。魔術師を捕縛する際、彼らの持っていた技術を利用することで開発した帝国が誇る帝国七道具(セブン・アーツ)の一つだ。昔ながらの紙と地図による地理把握よりも正確であり、前後3時間ほどの誤差で現地の状況を大まかに把握することさえできる。


「帝国北部に、ロルフという名の村があるのはご存じですか?」

「…旧王国領のあの辺境の村か。確かグデリウスを向かわせて『浄化』を実行させているはずだが」

「ええ、そのグデリウスから、悪魔の軍勢に襲われたとの連絡があったのです」

「……規模は?」


眉一つ動かさぬまま、ラファエルスは話を聞き続ける。若い皇帝は恐ろしく表情の変化に乏しい。だが、先代から引き継いだ鷲のように鋭い視線と、凛々しい顔立ちはまさに皇帝の地位にふさわしいそれだった。仮面を被ったかのように見える彼を、諸侯貴族たちは『仮面の王』とさえあだ名していた。


「現在、報告をもとに情報省が報告をまとめていますが……派遣した軍が一つ、壊滅したとの話まであります」

「…あのグデリウスがいてか?」

「……村人を見殺しに、自らは帰還を優先した、とのことです。」


 食事をしていた手が止まり、しばらくの沈黙ののちラファエルスは再び窓の外を見た。遠征から帰ってきた部隊が、町の中を歩いているのがはっきりと見える。何も知らない臣民たちは、彼らを出迎えながら、皇帝を賛美する歌を歌っていた。

 少なくとも帝都において、帝国の繁栄を疑わない者はいない。事実彼らの生活水準はこの上なく素晴らしいものであり、『帝都臣民は皆貴族』とさえ言われているほどであった。だが彼らのあくなき欲望を満たし続けることは容易なことではない。


「……皇帝陛下」

「その呼び方はやめろ、パーロウ。お前は名前で良い」

「はっ……それでは、…失礼ながらラファエルス様。今の帝国の規模を維持し続けながら拡張を続けるには、あまりにコストがかかりすぎます。そろそろ、拡大政策を止めるべきでは?」

「……何かと思えば、またその話か? 既に結論は出たはずだ。帝国の繁栄は、拡大なくしてあり得ないと。何度言わせるのだ」

「…も、申し訳ありません」

「もういい。グデリウスに時間が出来次第、即刻報告に来るように伝えろ。分かったな? それから今後、私の前でその話をしたら、今のお前の地位はないと思え」

「かしこまりました…」


 パーロウが部屋から出ていくのを横目に、ラファエルスは思案を巡らせる。執務室の壁に掲げられた帝国の紋章を、彼はじっと睨みつけていた。


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