第一話 予感4
「でっかい怪物がうごめいてるって話じゃなかったんですか!おっさん!!こんなに大量のデーモンがいるなんて聞いてないっすよ!ッ!」
時空境界加速装備「ANKER」を出力最大で稼働させながら、ティモンは巨大な悪魔型存在の攻撃を華麗にかわす。右手から射出した小型の浮遊爆雷は、敵の動きを一時的に高速するためのいわば「杭」の役割を果たす代物である。一方、ワタナベは交戦するティモンの背後で、先ほどまで悪魔が襲おうとしていた少女の様態を確認している。
「!JFIEERWRGA?」
「……?? 何ですか?」
「おっさん、言語フィルターが起動してないっすよ」ティモンのアドバイスに腹立たしさを覚えながら、ワタナベは頭部のモニターから必要な言語を選択した。
「嬢ちゃん。今は構ってやれないが、俺たちがどうにかする。ここから走ってあそこの岩の下まで逃げるんだ。ほら、行け!」
突然、見聞きした言葉を喋りだした白甲冑に困惑しながらも、ティナは言われた通りの木の下から走り出す。それと同時、先ほどの悪魔が殴打した衝撃で、彼女がいた大木がワタナベの上へと倒れていく。
「危ないッ!」しかし間一髪、ワタナベは体をよじってその衝撃を回避すると、今度は正面から例の悪魔を見つめた。数は一体とはいえ、ティモンが苦戦しているのを見るに、明らかに『この世界の正常な生物』とは思えない。
「…ティモン、お前のアンカーはどれくらい持つ?」
「最大出力でぶっ放してるんすよ。もって2分が限界っす」
「3分持たせろ。何が何でもだ。今から『世界録』にアクセスして『反転素子』をぶち込む」
「ウソっすよね!!!!無茶言うんじゃないっすよ!」
「無茶は承知だ!!!」
ワタナベは左手から起動した装置で、『世界録』を展開する。青白い画面に映された膨大な長さのコードは、この世界に存在するあらゆるものを構成するプログラムに他ならない。たとえそれがどのような世界であろうとも、たとえその世界の外部から侵入した存在であろうとも、『世界録』は必ずそれを記録する。彼が探していたのは、眼前の脅威の存在それ自体である。
その間も、ティモンは例の怪物の正面で攻撃を回避し続けていた。いくら時空間の「溝」に沿って移動が可能な装備とはいえ、実地戦闘能力では力が物を言う。すばしっこさがウリのティモンでさえ、これほどの脅威を実際に相手するのは初めてだった。
『……破壊形態…』
怪物がそう言うと、背中の文様が怪しく光り始める。その形は斧を携えた牛の頭を持つ怪人のそれだった。呪文と共に、身体能力が強化された怪物の攻撃がすぐさまティモンの鎧に直撃した。食いしばった歯の間から漏れ出た血と共に、彼の体はそのまま後方へと吹き飛んだ。
「マズイっすね…こいつ、戦闘能力じゃ俺たちより上だ。おまけに肉体強化術式を展開できるとは・・・」
「大丈夫か!ティモン」ワタナベの声が聞こえる。見栄っ張りは血を口から吐き出しながら即座に立ち上がり、上方10メートルほどの距離まで移動する。
「ちょっと腹に一発ドデカイのを喰らっただけっすよ。まだ動けます…ッ…!」
ほんの少し気をそらした隙に、倒れた地面めがけて斧が投げつけられる。直前に起動した煙幕のおかげで脱出には成功するが、彼のもといた場所には巨大な穴がぽっかりと口を開けていた。すぐさま、距離を取ろうとしたティモンに向かって、今度は周囲にいた小型のデーモンたちが襲い掛かる。かぎづめでティモンの体を取り押さえると、彼らはニタニタと笑いながら声を上げた。
『ヤッチマエ!ヤッチマエ』
『ゼンブブッコワセ!オワリダオワリダ!』
反撃を試みて体をひねるが、思うように身動きが取れない。
「クソッおっさん。出力限界っすよ。俺もそろそろ不味いっす!」
「……あった。こいつか!」すぐさま『世界録』の該当箇所を読み取りながら、ワタナベは一瞬だけ眉をしかめた。だが、必要な情報をすぐさま逆から組成し直し、腰に備えた小型銃型の装置へそのデータを転送する。
「ティモン!お前の方にも『反転素子』を転送した!さっさとそいつを使え!」
その声を聴き、ティモンは腰から出した銃を構えて、静かに照準を定める。巨大な悪魔は倒木を片手に、まさにその怪力で一撃をお見舞いしようと振りかぶっていたその瞬間だった。
ティモンは自分が着用していた鎧の一部を、わざと空中で取り外した。分解した部品を持っていたデーモンたちが驚くその瞬間、宙で静かに武器を構えたティモンは、小さく言葉をつぶやいた。
「…こいつでも喰らいやがれ」
青白い小さな火の玉。たった一撃。だが、それはこの時空の断りの「外部」から作られたものである。どのような存在であれ、その『メタ』には叶わない。それは世界の中で最も基本的な概念である『存在』も同様だ。たとえどのような怪力も、国家も、概念も、その存在自体を上位の存在が抹消すれば、無力である。鉛筆に消しゴムが叶わないのと、原理は全く同じだった。
悪魔の体は、火の玉が直撃したその瞬間。はじめから姿が無かったかのように消え失せる。振り下ろされようとしていた木は、重苦しい音を立ててやはりティモンの方へ落ちた。だが、戦闘状態から解放されれば、それをよけることなど、どうということもない。
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