第一話 予感 3
ティナは真夜中を切り裂く悪魔たちから走るのに、疲れ切っていた。もつれた足が倒木に引っかかって転ぶ。あの化け物…兵士たちが悪魔と呼んだ軍勢、黒い瘴気は、すぐそこまで迫っている。ティナは体を木に寄せながら、じっと息をこらえた。
すぐそばで、彼女の目と鼻の先で、先ほど声を上げていた村人の一人が、内臓を抉り出されているのが見えた。背骨を内側から外へ引き出されながら、肺をついばむのは、顔のない夜鬼たちだ。うろたえる意識の底で、男と目が合ったティナは、そこに憎悪を感じ取る。とっさに、彼がティナとダマを日頃から恨んでいたことを思い出した。熱心な愛国者のその復讐の感情は、ティナへの最後の抵抗と言わんばかりの視線が苦痛に悶えた死の家庭から解放されると共に、ただ虚ろな二つの感覚器官へと姿を変えた。
蛇が舌なめずりをするような不気味な声が、瘴気に包まれた森の中に響く。今度は、大人の3倍はあろうかと思われる巨大な個体だった。歩くたびに草木が枯れ、その生命に終わりを告げる無垢の破壊者は、少女が立つ大木へ、あと数メートルという距離まで迫っていた。
彼女は、ダマにかつて教えられた護身呪文を頭の中で思い出そうとしながら、手で形を描く。だが、震える手では構築が間に合わず、正確な詠唱すらも叶わない。
「イタナ」
あの巨大な悪魔が、ティナの存在に感づいた。ティナは急いで駆け出そうとするが、瘴気が足にしがみついた。その手は先ほど死んだ男の体から異様に伸びたもので、悪夢の光景そのものだった。焼け焦げたような、抉り出されたような黒い骨が露出し、赤黒い血が滴るのを蹴り飛ばそうとするが、ティナの力では到底かなわない。悪魔がそれをほくそえみ、その手で彼女の首を引きつかんだ。
おしまいだ。
彼女は心の中でそう、すべてを悟ったまさにその時だった。
『…時空内、目標点に到達。これより、世界管理部門第七課は、時空超越権を行使し、該当区域への潜入活動を開始する。送れ』
切り裂かれた時空。虚空に開いた穴の中から、二人の見たこともない姿をした人間が降り立つ。いや、彼らは白い鎧のようなものを見にまとっていた。だが、それはティナがこれまで見てきたいかなる装備とも合致するものではなかった。声の若い方の鎧が口を開きながら「おいおい、いったいどうなってるんすかこれ??」と、若干困惑したようなのを見て、あの悪魔はすぐさまそちらへ意識を向けた。
「キサマラ、ドウヤッテココヘ?」
「うっへえ…ワタナベさん。これマジっすか?帝国のお偉いさんは何やってるんです?」
「AIJFOIJOIHOHOWEIOAJDFAEFA!」
「りょーかい。倒しちゃってもいいんですね???」
それは、まさに彼女にとって絶望の淵に舞い降りた、本物の騎士だった。