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異世界管理人ワタナベ  作者: 千歳 翁
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第一話 予感 1

【774系時空 ロスタカ帝国領内 ブリュミエール17日】



黒い影が、森の中を走り抜ける。霧のように、あるいは死神のように。それは怪物だった。森の中で一度も見たことのない姿をした、恐ろしい化け物だった。少女は、ただそれから必死に逃げていた。はだしのまま、枝や石が足に食い込むのをこらえながら、彼女はただ逃げていた。死ぬ。死ぬかもしれない。ただその一心。



ティナには親がいなかった。家族も、帰るべき家も、守るべきものもなかった。あるのはただ、自分ひとり。孤独と言えば聞こえはいいが、いささか彼女にはつらい生活だった。村でも彼女の居場所は、意地悪な宿屋の主人の小間使いで、生活は苦しかった。日に一切れのパンとあまりのスープさえもらえれば十分だった。衣服なんてもらえないし、ベッドなんて見たことがない。家畜と同じような、最低限の暮らし。だが、それ以上を求めることなんて、少女にはできなかった。

 だが、絶望だけがティナの心を支配していたのではなかった。

ティナのたった一人の理解者だった、村の占い師の老婆、ダマ。齢70のその女性は、彼女が唯一心を許し、かつ頼りにすることのできる人間だった。占星術はこの村の生活に欠かせないものである。惑星と星々、そして妖精たちの意思を聞き、それに従って祭事を執り行うことこそが、村の安寧につながる。誰もこの事実を疑おうとなんてしなかった故、老婆のそばにいるときだけは、ティナもごく普通に接することができたのだ。


隣国、ロスタカ帝国がこの村を占拠したという知らせが届いたのは、つい2週間ほど前だった。帝国は、自身の管理下におけないあらゆる魔術師、呪術師を捉え、処刑した。それはダマも例外ではなかった。宿屋で客に出す食事を用意していた時のことだった。突然、乱暴に扉が開けられ、鎧に身を包んだ軍人が押し入ってきたのだ。


「……ど、どちら様ですか?」

「どちら様?俺たちが客に見えるのか?」不快な男たちの笑い声が響く。しかし彼女はいつものように、笑顔で対応しようとする。

「まだ主人は眠っているんです。日が高くなってからお越しください。それとも、急用ですか?」

「いいや、違うね」

兵士の一人がティナに近づき、華奢な手をつかもうとする。少女はそれを手で払いのけ、ついでにビンタをお返しした。

「ほおお、いい女じゃねえか。こいつぁ中々…」

「おい、お前たち」


下品な笑い声が即座に止み、対象と思しき男が中に入ってくる。ティナは、その男の顔に見覚えがあった。月に二度、村にやってくる新聞屋が教えてくれた、ロスタカ帝国の『鷹』と呼ばれる男、将軍グデリウスだ。幾千もの戦場を越え、「英雄」と称えられる反面、冷酷なまでの反魔術主義者の彼は、周辺の村々を荒らし、魔術師を捉えては処刑していた。

まるで銀を思わせる冷たい眼光と、筋骨隆々の肉体。しかしその顔は、不気味なほど黒く染められた鎧で包まれていた。噂によれば、いかなる魔術もこの鎧を通すことはないらしい。ただ、その男の真の顔を、帝国の誰ひとりとしてみたことがないのだ。

少女はとっさに、男に対して服従の意思を見せるべく、しゃがみこんだ。鎧が木製の床を進む音が聞こえる。そして、少女の目の前に立ち止まると、深淵から響くような暗い声が、ただ一つ聞こえた。


「お前は、魔術師か?」

「……いいえ」少女は一瞬戸惑った。ダマのことが、頭に浮かんだのだ。

「では、お前の身の周りに魔術師はいるか?」

「……いいえ」

「…連れていけ」

「はっ」


少女の体を、兵士が二人がかりで持ち上げ、連れていこうとする。抵抗はしたが、しかし無意味だった。グデリウスはさらに部下たちに命じて、宿屋の隅々までを荒らしていく。いや、荒らすというよりは、何かを探しているようだった。宿屋の主人が目を覚まし、何事かと声を荒げるが、しかしそれは一切無駄だった。ただただ、今までの最悪の生活の場が失われていく。だが、ティナの頭の中には、ダマのことだけが残っていた。


最近暑いですね。ちなみに僕は熱湯を飲むが趣味です。熱い。

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