プロローグ #3
職員向けの食堂は、多くの人間で賑わっていた。いや、人間だけではない、獣人、機械、アンドロイド、アメーバ、群体生物。多種多様な時空の出身者が一度に集う、時空のサラダボウル。人間の数の方がむしろ少ないかもしれない。巨大な牛のような顔をした調理師の前で、マミとティモンは楽し気にメニューを選んでいる。
「今日の日替わりデザートは特性ケーキですって!!」
「マジっすか?俺も後で食べようかな」
マミの皿には、菓子パンとケーキがおかれていた。これほど甘いものばかり食べていても、虫歯になったことはないらしい。体が砂糖で出来ているのではないか、と疑ったことも何度かあったが、この世界だったらあり得ない話でもない。現実、ワタナベがかつてある世界の修復へ向かった時は、菓子で出来た住人が互いを貪り喰らうという状況さえ起きていた。それほど大きな『バグ』ではなかったが、修復しなければあの世界は消滅していただろう。
「それで、774系時空の問題は…?」
「もー、ワタナベちゃんったら仕事の話ばっかりね。せっかくご飯を楽しんでいるのに」
「ほんとっすよ、先輩。さいてー」
ねー、という二人のリアクションが妙に頭にくる。だが怒りをすぐ面に出すほど子供ではないし、その程度で怒るような人間でもない。
「まあ、でもそうは言ってられないものね。あなたたちエージェントは。食べながらになっちゃけれど、さっそく説明するわ」
*
「最初に世界管理部門に連絡があったのは、774時空の派遣国家、ロスタカ帝国内のエージェントからの報告だったわ。帝国領の北部にある山間部で、巨大な未知の生命体が確認されたってね」
「…トロールとかがいたんじゃないんすか?」
「確かに774時空は魔術系の時空間だけれども、そういうのに慣れている彼らがこぞって「巨大」と言ってる。彼らの考えるスケールを越えてたってことね。三大竜のいずれも関与を否定してるし。まあ、最初は管理部門の側も特に気にしていなかったの」
「三大竜っすか?」
「774時空のいわゆる「創造主」とされるドラゴンだ。あの時空じゃこの3体が争いを繰り返しているというのが世界基底シナリオにもある。動乱はよくあることだし、当初はそのドラゴン同士のいさかいだと思われていたんだろう」
「ワタナベさん、さすがね」
マミがイチゴを一口で食べると、おいしい!というかわいらしい声を出す。その笑顔をみて、ティモンは心なしか心臓を高鳴らせた。
「それより…」小さく咳ばらいをした後、ワタナベが口にする。「魔術省の公式見解は?ロスタカはレベル7以上の魔術管理組織があったはずだが」
「いかなる魔術的知識も該当しないって話ね。詳しいことは直接聞いてみないといえないけれど、少なくとも図書室にこもりきりの頭の固い老人には、理解しがたい存在だったってこと」
プリントの上の写真には、その怪物と思しきモンスターが移されている。ドラゴンとも、悪魔とも、海洋生物ともとれる禍々しい生き物は、その不均質な体躯を天にも伸ばさんと横たえ、付近の地形を灰燼に帰するが如くうごめいている。
「撮影したのは?」ワタナベは静かに質問をする。
「現地エージェントのレオニダス少尉ね。小型カメラ。774時空においては失われた技術よ。ただ、この通信が終了してから、少尉の行方が分からなくなってる」
「まさかこの怪物に食われたとか!?」
「考えたくはないけれど、その可能性も否定はできないわ。他のエージェントの報告によれば、怪物は付近の地形、住民を見境なく破壊しているらしい。まるで『外なる神』ね」
「時空間を漂い、破壊して回る神話的存在。えーっと、確か…愛をクラフトするおじさんが詳しいこと書いて他っすよね」
背もたれに寄り掛かったティモンが、フルーツのつまようじを口にくわえながら思い出すように言った。
「ラヴクラフト博士のことか?」
「そうっすそうっす。いやはやワタナベさん、さすが博識っすね」
「エージェントなら基本的な知識だ。お前も身に着けておけ。ワームホール生成型と言っていたが、位置は特定できているのか?」
「いいえ。外部からの領域探査では限界よ。だからあなたたち二人が現地に新たに投入されるってわけ。そうでしょ? エージェント・ワタナベ」
否定するわけにもいかない。先ほど運ばれてきたスープを飲み干しながら、ワタナベはそう思った。ティモンは状況を把握しきれていない、と言いたげな顔だ。
「ティモン」
「は、はいっ」
「世界管理部門、第七課の仕事は?」
「えーっと…」しどろもどろになりながら、ティモンは答える。「時空間異常に関する高度な専門対応と、世界構造修復プログラムの暫定的利用による秩序回復、時空維持…」
「それは部門全体の仕事よ。第七課は特別。特定の時空間を対象とせず、他のエージェントの支援及び時空間異常に対する応急措置を行う専門特殊部隊。それが七課」マミはそう微笑む。困惑するティモンを横目に、ナプキンで口元を綺麗にふき取りながら、ワタナベがつぶやいた。
「それがどういう意味か知ってるか?」
ただ一つ、そして端的に。食器を運び出しながら彼は言った。
「誰かの残飯処理だ、行くぞ。仕事の時間だ」
LoLで8連敗しました。誰か助けてください。