プロローグ #1
「世界管理部門第七課ワタナベ。ただいま帰還しました」
きっちりとあわされた靴の音が、何も飾られていない無機質な白い部屋に響いた。黒い回転椅子に座った老人は、ワタナベの顔を上から下までしっかりと見る。
「ご苦労。報告を」
「はっ。現状、198時空『アスタニア』は変異世界から元の基底世界への正常な移行が確認されました。内部に不審な動きはありません」
「現地舞台からの報告にあった、『転生者』については?」
「それらしき人物のうわさはありません」
「国家同士のパワーバランスの著しい変化は」
「私の見る限りは……」
「そうか…」
人差し指が机の上で一度、二度叩かれる。机の上を叩くのは老人の癖だった。それも、たいていの場合はいら立ちを覚えている際のものである。ワタナベはそのことに気づきながら、しかし微動だにしない。視線は部屋の何もない白い壁に向けられ、ただ時間が過ぎるのを待つばかりである。
「……そしたら、ワタナベ。お前は早急に、774系時空へ移ってくれ。ワームホール生成型の世界干渉が発生している。」
「…またですか?」
「ああ、厄介なことにな」老人はまた机をたたいた。
「あの世界線は他の時空に干渉しやすい場所にあるらしい。それに、また『転生者』を呼ぼうとしている人間も少なくない。これ以上平行世界干渉が起きると、我々の人員では管理がしきれん。今回は確実に解決しろ」
「しかし、そうなると、774時空は収束してしまいます。ほんとうによろしいのですか?」
「構わん。我々の目的は多元宇宙の維持だ。いいな」
「……了解しました」
「よろしい。では任務に迎え」
「はっ、失礼いたします」