第02話 魔王の脅威
「いらっしゃいませ、魔王アスティ様……」
俺は店に入ってきた人物に、そう声をかけた。
この小憎らしいまでのイケメンな魔王様。
ヤツは、そんな俺のセリフに少し悲しげに眉をひそめると、俺に返す。
チクショウ、いちいちサマになってやがるな!
「以前からずっとアスティで良いと言っておるだろう、ショウタ。今となっては、お前はもう魔王軍を抜けたのだから、なおさらだ」
「そんなの関係ないですよ。店に入ってきた人は皆お客様だ。俺はそう決めているだけです」
「お客様……。それもそれで寂しいな、私とお前の仲だというのに」
お前は子供か! 普段の魔王然とした立ち振る舞いはどこへ行った!?
それに誤解を招く言い方はやめろ!
俺は頭の中に浮かんだその思いを、直に口に出した。
「誤解を招く言い方はやめてください。心を込めて丹念に作ったプリンを魔王軍のみんなに振舞った俺と、その魔王軍の中で誰よりも一番幸せそうに、美味そうに食べていたのが魔王様だった、という関係でしょう」
「だがあれから毎日お前は、私専用のプリンを持ってきてくれたではないか」
「そらまぁ組織のトップが気に入ってくれたのなら、それなりに対応も変えますよ」
そこまで言って俺は肩をすくめた。
指先を上に向けながら魔王様にいつもの提案。
「まぁ立ち話も何です、二階に上がって下さい。紅茶はアールグレイでよろしかったですね?」
さすがにこの魔王とのやり取りも、いつもの事なので黙っていたシーちゃん……じゃなかったシードルさん。
彼女に俺はいつもの指示。
「シーちゃ……シードルさん、いつも悪いけど紅茶を淹れて二階に持ってきて」
シードルも慣れた調子で頷くと、ティーセットを取りに移動した。
もはや閉店直後の恒例行事となっているので、俺も魔王も当たり前のように二階へ上がった。
*****
「ふぅ、やはり此処は落ち着くな」
二階の陽の当たる場所に設置した来客用のテーブルに、いつも通りに座る魔王アスティ。
リラックスした様子で窓の外の光を見つめる。
ああもう、本当にイケメンがサマになってやがるなチクショウ!
窓からの光に包まれた魔王の姿は、もはや一幅の名画だ。
これを世の女子が見れば、涙を流しながら平伏すだろうな。
俺ですら、思わずドキリとするぐらいだし。
……主に別の意味でだけど。
そこへシードルが、紅茶を三人分トレイに載せて二階へやって来る。
そのまますぐに魔王のいるテーブルの上に紅茶を置いた。置きながら言った。
「どうぞ、アスティお姉様」
そう、コイツは女なんだよ!
黙って立ってりゃイケメン王子な魔王様なのに、中身はプリン好きな乙女ってなんだよw
街中を歩くコイツを、顔を赤くして見ていた女の人達が正体を知ったら泣いちゃうぞ。
「ところでショウタ、その、なんだ。そろそろいつものヤツを……」
美味しい餌をもらう直前の猫のような表情で、魔王アスティが俺に言ってくる。
うわ、口を「ω」にして揉み手までしてるよこの魔王様。くっそぅ、なんてあざとい。
だけど、それに思わずニヘラ〜と笑い返したくなる自分の顔の情け無さ。
しかしそんな自分の表情を固く引き締めて俺は返答。
「はいはい、ちゃんと魔王様のプリンは別口で取ってありますよ」
「ありがとうショウタ! やはりお前は私の最も大事な人だ!!」
うん、その言い方もちょっと勘違いしそうになるから止めてね、魔王様。
苦笑してプリンを取りに行こうと背を向けた俺に、シーちゃんが声をかけてくる。
「プリン取りに行ってる間に外しとくから、絶対こっち見るなよ」
「今まで一度だって振り返ったこと無いだろ。カゴは今日テーブルの下に置いてるから」
「あら本当。珍しく気が利いてるじゃない」
「うるせーよ」
そんな俺たちに、魔王様がまたも爆弾発言。
俺は凍りついて顔が引き攣り、シーちゃんは激昂する。
まぁこんな発言したら当たり前だ。
「別に私は、ショウタになら見られても構わないと思うのだが。今は魔王ではなく、アスティ個人として来ているのだし」
「個人として来ている今は、むしろ淑女としての自覚をお持ちくださいお姉様!!」
まったくだ。
俺は小さくため息をつくと、プリンを取りに貯蔵庫へ移動した。
後ろでアスティが上着を脱ぐ衣摺れの音が聞こえる。すぐに中のシャツも脱いで、シードルが手伝いながら外すのだろう。
胸を押さえ込むために巻いているサラシを。
あー、めちゃくちゃ振り向いて見てみたい!
シーちゃんにマジで殺されるから、絶対にやれないけど。
「お姉様、相変わらず胸が綺麗で大きいですね」
チクショおぉぉ振り向きてええぇぇ!!
アスティが、スプーンでプリンを掬って口へ運ぶ。
ウットリと目を閉じて口を動かし、プリンを味わうと飲み込む。
そしてすぐに顔をクシャリと崩して最高の笑顔になると、感極まったようにひと言。
「おいちい!」
ああ、良い笑顔で食べやがるなあチクショウ。
両手を胸元に寄せて、身体を小刻みに振るわせるアスティ。その姿には、もうイケメン王子の欠片さえ残っちゃいない。
このアスティのしぐさは、俺に強烈な既視感を与える。
元の世界の同じクラスメイトの女子同士が、美味しいお菓子を食べていた時の反応と同じだからだ。
「赤ちゃん言葉になってますよ、魔王様。いつもの事ですが」
「でも本当に、いつも美味しいんだから仕方がないだろう。このプリンの超絶美味な味わいは、どんな言葉でも表現しがたい!」
魔王様はそう言った後、目を閉じたままの笑顔で顔まで左右に振る。
ゆさり。
アスティが顔や身体を動かすたびに、大きな胸もつられて揺れる。
おぉぉ。何という目の保養……いや目に毒な光景だ! 目がコイツの胸元につい吸い寄せられてしまううぅぅ!
恐るべし、魔王のナチュラル視線誘導術。俺が勇者だったらヤッていた、いや、ヤラレていた。
俺はまだ童帝(あえて誤字)だけれども!
しかもご丁寧に、シャツの第三ボタンまで外して胸元が少しはだけているんだよ!!
こんなのシーちゃんが居なければ、絶対に理性が崩壊していた。
居てくれて有り難うシーちゃん!
居なくても有り難いかもしれないけど!!
あの胸に巻いてるサラシは絶対にマジックアイテムだ、そうに違いない。
でなければ、あんなに大きなモノがサラシ巻いただけで抑えられるものか。
この話のサブタイトルだって、魔王の脅威じゃなくて魔王の胸囲の間違いだろ!
「こら、いつもの事だけどお姉様の胸ばかり見過ぎだショウタ!」
シーちゃんにそう言われながら、軽く頭を叩かれた。
アリガトウしーどるサン、ヨウヤク目ガ胸カラ離レマシタ。
「ふぅ、ごちそうさまでした」
プリンを食べ切ってからは、アスティは元のイケメンオーラを取り戻して紅茶を口に運ぶ。
そしてイケメン王子の仕草で飲み干すと、最後にそう言った。
くそ、胸元が空いたままだから、コレはコレで妖艶な色気が……。こらしっかりしろ俺!
この後にアスティが発するセリフが理解出来ている俺は、先回りしてそれを封じようとする。
「お粗末様でした。それじゃ気をつけて帰れよ。シードルさんもお姉さんを困らせないようにな」
「ショウタ、そんなセリフでこの魔王アスティを誤魔化せると思っておるのか? 本題はこれからだぞ」
ち、やはり無駄な抵抗か。
俺はため息をついて、魔王アスティの言葉に答える。
「アスティ様に何度お願いされたってダメです。もう俺は魔王軍には戻りません。この店だって立ち上げたばかりだし」
「そこをどうにか出来ないか? なんだったら私が土下座しても良い」
そう言うが早いか、魔王様は椅子から立ち上がると床に正座しようとする。
俺は慌ててそれを引き止めた。
「わーっ! や、止めてくださいよ魔王様!! 土下座するなら、むしろ張本人のドノエル達が先でしょう!!」
「む、そうか? じゃあ今度はアイツらも連れて来るから──」
「いえ、ドノエル達が土下座したって駄目です戻りません」
「そこを何とか」
「いや、アイツら俺の弱さに怒りMAXでさ、目から血を流して怒り狂ってたんだぜ? 絶対無理だって」
「……? 我ら魔族は別に怒り心頭になっても、目から血など流さないが? 逆にあまりの悲しみが究極になった時に、血の涙を流すぐらいなのだが」
「え? だってアイツら俺を追い出す時に、目から流してる血で顔を血みどろにしながら俺に突っかかって来たんだぜ? すげえ怖い顔だった」
*****
「あああ、ショウタのプリン食べたいよう……」
「耐えろカロン。どうして断腸の思いで我らがショウタを追い出したのか、忘れたか。我ら四天王が倒れたら、誰が魔王軍を指揮するというんだ」
「甘いお菓子を食べるなど、軟弱な男の所業。そんな風に考えていた時期が拙者にもありました」
「気をしっかり持てバウ。死にたいのか!」
もがき苦しむ他の四天王を、必死に励ますドノエル。
まさに阿鼻叫喚の魔王軍四天王。
ショウタが抜けてマイナス1の三人組。
そんな彼等が謎に苦しみのたうち回っているのを、呆れたように見つめる魔王軍の掛かりつけ医の男。
「お前ら全員、糖尿病になっちまったんだから仕方ねえだろ! 甘味が取れないぐらいでガタガタ騒ぐな!!」
そう、ショウタの絶品プリンにどハマりした彼等。
毎日毎食プリンを始めとしたショウタの手作りスイーツを食べ過ぎて、とうとう糖尿病になってしまったのであった。
「魔王様は平気でプリン食べてるのズルい……」
「さすがは魔王様って事だ。あの人の膵臓のランゲルハンス島は鋼鉄製の特別だ、諦めろ」
ショウタを追い出した魔王軍。
彼を追放する前からすでにボロボロであった。
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