第13話 偽の聖女はストイック
「出場辞退勧告? なにこれ」
俺は思わず目の前のマシュウ王女に、間の抜けた声で訊ねる。
書類をわざわざ届けてくれたマシュウ王女は努めて冷静に答えてくれた。
「見ての通り、読んでの通り、品評会への出場を辞退したほうが良いですよ、という書面ね。事実上の参加拒否通告よ」
「いやそうじゃなくて、何で俺の参加が突然ダメになったのさ。もう一ヶ月も経つぜ、参加申し込みの受付が通ってから」
「さあ……? と言いたいけれど、これはまず間違いなくブルエグの策謀ね。彼にここまで力があったとは思わなかったわ」
「……いや待て。こないだ帝国のラクリッツがこの店に来たんだ、自分も品評会に参加するって。んで俺を菓子作りの黒子にして優勝するってスカウトに来て。断ったら『後悔させてやるから』って言って帰ったんだけど」
「彼女が……『真の聖女様』が?」
彼女は顎の下に手を置いて考え事を始めた。
険しい顔で口惜しそうに呟く。
「まさか、彼女からの圧力もあるとしたら……。想像以上に帝国の息がかかった連中がこの国の中枢に食い込んでいる事になる。由々しき事態になりつつあるわね。この前のドラゴンがここを襲った件もうやむやになったし」
気苦労の多い王女様だ、生真面目そのもの。貧乏暮らしだけど。
まあだからこそ信頼できるんだけどさ。
店の表からシーちゃん……シードルさんがこちらへ叫ぶ。
「ちょっとショウタ、いつまで奥で油売ってるのよ! いい加減こっちを手伝って!!」
「ああ悪いシーちゃ……シードルさん。いまそっち行くから」
シーちゃんの叫びにそう答えると、俺は店の表に移動する。
そんな俺に、修道服姿のマシュウ王女が声をかけてきた。
「とりあえずこの件をひっくり返せないか、私も動いてみるわ。あと帝国の手がどれだけ伸びているのかを調べるのもね」
「出る時に、お菓子の詰め合わせ箱も忘れずに持って帰ってくれよ」
「ありがとうショウタ。孤児院の子供達も、いつも喜んでいるわ」
「俺もいつも言ってるけど、孤児院の子だけじゃなくてアンタも食べてくれよな」
その俺の言葉にニコリと微笑んで箱を手に取り、裏口から出て行くマシュウ王女。
戸口から出る直前にもう一度こちらを向いて、軽く手を振って去って行った。
あの様子だと全部子供達に配っちまうな、いつものように。
自分の分も含めて。
*****
マシュウ王女が俺の店の二階で、アスティと同じ机に同席してグッタリと上体を突っ伏していた。
アスティは紅茶のカップを手に持ったまま彼女を心配そうに見下ろしている。
シーちゃんも気遣わしげな表情で、マシュウ王女の前に紅茶を置いた。
マシュウ王女用のプリンも。
王女はノロノロと疲れきった頭を上げると、紅茶のカップを手に取る。
意を決したように上体を起こすと、苦々しげに言った。
「予想以上に状況は悪いわ。審査員と運営スタッフの大半に帝国の息がかかってる。『聖女様』の意見が簡単に通るのも当然ね」
「出来レースって訳か」
「おそらくね」
「品評会を帝国有利にして、向こうに何の得があるんだ」
その俺の疑問にはアスティが答えた。
ラクリッツは脳筋ゴリラなんて言ってたけど、とんでもない。
現在の魔族領を平穏に統治できてる奴が、そんな底の浅い人物のはずがないだろう。
双子の弟トスティの補佐があるとはいえ、だ。
「主にはそのブルエグとかいう男の虚栄心と権力欲の満足のためだな。自分が思い通りにこの国の料理界を支配できていると実感したいのだろう。だが帝国の目的はまた別なのだろうな、当然ながら」
マシュウ王女もアスティの言葉に頷ている。
うーん、理解が早いのは王女も似たような立場だからかな。
アスティは話を続けた。
「先に言っておくが、帝国的にはさほどこの品評会は重視していないだろう。それを踏まえたうえでだが、帝国人の優秀さのアピールをして人間を自国に呼び込むとか、勝ち上がった出場者の料理のレシピを公開して帝国の食材を売り込むとか、いくつか使い道が考えられるな」
「それだけじゃないわ。これは文化侵略でもある。時間をかけて帝国の色に染めていって、実質的に帝国の一部に組み込んでいく。だからといって交易は無くせないし、こちらが帝国に影響を与える面もあるから単純に賛否は決められないけどね」
「ふむ、その理屈でいくなら、我ら魔族はショウタの料理に文化侵略を受けたことになるな」
「おいアスティ」
「冗談だよショウタ、半分はな。だけどもう半分は真面目な話だ」
その言葉通り、最初は一瞬だけ笑ったがすぐに顔を引き締めたアスティ。
統治者としての彼女の顔に、無意識に俺は圧倒された。
「文化侵略とは、受ける側が言い換えれば『良いものはどんどん取り込んでいく』ことでもあるからな。ショウタはそれを悪い事だと言えるか?」
「そ、それは……」
代紋先生がこの場にいたなら、また何か話ができたかもしれない。
だけどこういった面で経験不足な俺では手も足も出せない。
それどころか、おそらく二人はこの話をかなり分かり易く嚙み砕いて話しているはずだ。
俺のために。
「ショウタもまだまだ子供ね」
そうシーちゃんがドヤ顔で俺に言ってくる。
少しムッときた俺。
「じゃあシーちゃんは今の話がどういう事か分かってるのかよ?」
「そ、それは……」
シーちゃんもまた言葉に詰まる。
そんな妹を見てアスティは軽くシーちゃんの頭を撫でた。
ニッコリ笑って悪魔の宣言。
「帰ったらトスティと私の二人がかりで社会と地政学の勉強だ」
「お、お姉さま? 魔族のモットーは弱肉強食・強いものが正義なので……」
「これからの魔族は文武両道。ましてや上のほうにいる人間ならなおさらだ」
「ひぃ」
ガックリうなだれるシーちゃん。
その姿を見て、俺も勉強しようと決意。
明日あたり図書館でも探しに行こうかな(汗)
まあそれはともかく。
「王女で……マシュウで駄目なら、それはそれで方法はまだ無いでもねえ。正攻法じゃないどころか、褒められた方法でもないけどな」
この場にいる全員の目が俺に向く。
それに対してニヤリと笑う。
「絶対うまく行くって断言はできないけど、勝算はそれなりにあると思う」
俺はマシュウ王女を見た。
気付いた王女は、ため息をついて立ち上がる。
「私は知らないほうが良いって事ね」
「悪い、マシュウ。お前の口が固いのは知ってるけど、立場上ほんとに知らないほうが……な」
「分かってるわ。その口ぶりだと、聞いたら私自身が反対しそうな方法っぽいですものね」
「すまねえ」
「いいのよ、時間もちょうど夕方で帰らないといけない時間になったし。じゃあプリンは貰って帰らせてもらうわね。お世話になってる孤児院の院長や神父様にも分けてあげたいから」
俺が箱に入れて包んだプリンを手に持つと、マシュウは下に降りる。
一階で待機していた、護衛も兼ねたお付きの人を伴って店を出て行くのが窓から見えた。
「生真面目なのがマシュウの美点だが……。もう少し他人の気持ちに想像を巡らせるべきだな、彼女」
去ってゆくマシュウを見ながら、アスティがそう呟く。
俺も遠のいていく王女の姿を目で追う。
アスティの言葉に何も返すことなく。
それでもアスティは独り言ちるように呟いた。
「善人には違いないが、今のままでは独善に陥いる可能性が高い」
まるで俺の心を見透かしているかのような、アスティの物言い。
それを否定せずに黙って聞く俺。
街の人混みにマシュウは紛れて消えた。
俺の気持ちを代弁するかのようなアスティの言葉が胸に沁みる。
「彼女のためにとプリンを出した、ショウタの気持ちが分からぬようではな」
*****
「ダイモン先生、拙者はいつになったら糖尿病が治ってプリンを食べられるでプリンか?」
「ブッブー。人間族のバウくんはもうプリンを食べてはいけない身体になりました。このお馬鹿」
「プリいいィィン!?」
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