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「何だったのあれ?! 春希が春希じゃなかった」
あの後、他の部員達がゾロゾロとそろって体育館入り。さらにギャラリーも増え居場所を無くした私達は退去を余儀なくされた。
そして帰り道。動揺を隠し切れない私は、ちょっとテンション上がり気味な口調で桜に言った。
「すごい変わり様ね、高校デビューってヤツかしら?」
「あれじゃ、私の知ってる春希じゃないよ! きっとあれは春希じゃないんだ!」
動揺しまくりで自分でも何を言っているか分からなかった。
「確かに私たちの知っている春希くんじゃなかったわね。でも紗智、あれは紛れもなく春希くんよ」
桜は私とは反対に、冷静に春希を見ていたらしい。
「高校デビューって何よ!? 家じゃなんにも変わってないのに、学校じゃあれ?! 詐欺だわ」
「詐欺って…… だまされた訳でもないじゃない」
「だまされたみたいなもんだよ! 私、全然しらなかったもん!」
どうにもこうにも気持ちが治まらない私は、桜に必死に訴えていた。『あれは春希じゃない』『だましてたなんて酷いわね』と
同意が欲しかったのだ。でも、桜はそう言う事を言わない。きちんと事実を言ってくれる。だから、私は混乱したままどうする事もできないのだ。
「そんなに言うんなら、夜にでも春希くんに会って聞いてみれば?」
桜はやれやれといった様子で、私を見て言った。
「……あんな春希に話す勇気ない」
「どうして?」
私は桜の疑問に、言うべきか言うわないでおこうか迷った挙句、下を向きながら
「あーゆータイプ、苦手……」
それだけ言った。
桜は立ち止まりしばらく考えて
「紗智ってスポーツマンで爽やかな人、好きだったわね」
人の動揺もおかまい無しに言った。
「あっ、いっっ、そっ!!」
瞬間的に顔中の血液が沸騰する。言葉にならない声がそこら中に散らばる。
「確か、中学の時にスキだった中前先輩はサッカー部のエースだったわね、それにその後スキになったのが隣のクラスの持田くん。あの子もテニス部で成績優秀だったっけ」
パニックになっている私をさらに煽る桜。
「や、やめてよ! 昔のことでしょ?!」
「あらそうなの? もう昔のことなの? じゃあ何で苦手なの?」
桜は容赦なく突っ込んできた。私は何も言えなくて、頭の中がグルグル回っていた。
「だ、だって、何話していいんだか分からなくなるんだもん」
桜は片眉を上げて不思議そうな顔をした。
「だって、春希くんよ?」
「そうだけど! いつもの春希だったら全然問題ないよ、でもさっきの春希じゃムリ」
「幼馴染でも?」
「そう、幼馴染でも。ってか、さっきのアイツは幼馴染じゃない」
頑なに『さっきのアイツ』を否定する私。理由はひとつ、あの「春希」にドキッとしてしまった自分が許せないのだ。
16年間幼馴染だった春希に、家族同然だった春希に、恋愛のれの字も結びつかない春希に、あろう事かドキッとしてしまったのだ。
いや、まてよ。あれは「ドキっ」だったのか? もしかして「ギクっ」だったかもしれない。いや待て、ギクって思うような悪いことはしてない。
じゃあ「ぎょっ」だったのかな? ただ単に、アイツの変わり様にビックリしただけかもしれないな。だったら、こんなに動揺しなくてもいいんだよな。
そうだよ、何で私が春希にビクビクしなきゃいけないのよ! たとえ爽やかスポーツマンが好きな私でも、あの春希にドキッとするはずがない!
私は頭の中で考えに考えた挙句、
「よし! 帰ってきたら今日のは何だったのか聞いてやる!」
いつものペースをやっと取り戻した私は、ガッツポーズで空に叫んだ。
「紗智、恥ずかしいからやめてね」
桜はそれだけ言うと、私を置いてスタスタ駅に向かって行った。
「あ、待って桜! 置いてかないで!」
女心と秋の空。この後私の気持ちは二転三転する事となる。