漆黒の英霊祭④【帝国side】
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【第一皇子ウリセス視点】
「――ッ!!?」
目の前で起こった信じられない出来事に、誰もが言葉を発せられず呆然と立ち尽くす中。鮮血が黒い石碑に、まるで雨のように降り注いでいく。
――……なんだ?……なにが……起きた……?
――血が……飛び散っている……。あれは……父上の血……なのか?
――父上が……奴に声をかけて……剣を渡した。……そう、あの時父上は……奴に向けて……。
どんな表情を浮かべていた……?
「ひぃっ!!キ、キャアアアアアー!!」
母の絶叫で我に返る。まるで、夢から覚めたかのようだ。……いや、ただの夢ではなく悪夢からだが。
父上の身体がグラリと傾ぐと、ゆっくり床に崩れ落ちていく。と同時に、金縛りから解けたように、悲鳴と怒号が上がった。
「こ、皇帝陛下!?」
「だ、第三皇子!!気が触れたか!?」
「あああ……!!い、一体なにを!?」
「セオドア……!貴様、許さんぞ!?」
自分を筆頭に、騎士達が一斉に抜剣し、セオドアへと剣を向け攻撃を開始する。……だが。
「――……ッッ!!?」
「ぐ……っ!!」
「な……こ、これ……はっ!?」
ズン……と、再び襲い掛かってきた凄まじい圧迫感に、身動きを封じられてふらつく。騎士達も次々とその場に膝を突いていった。
「こ……れは……!?」
もしやセオドアが……!?だが、奴の『魔眼』は転移だけの筈。すると、考えられるのは奴の近衛であるゼンの『魔眼』……なのか!?
『クソッ!奴を仕留める為、秘密裏に魔導師達を使い、結界を緩めさせていたのが仇となったか!!』
だが、これが『魔眼』の力であれば、同じ『魔眼』により押し返せるはず……!そう思い、俺は襲いくる魔力を無効化すべく、自分の『魔眼』を発動させようとした。……が、何故かそれは失敗に終わる。
「――は!?」
「な、何故だ!?」
「そんな……馬鹿な!?」
周囲から、動揺したような声が次々と上がる。
この場にいる貴族、そして騎士達も、能力の優劣はあれど、全員が『魔眼』持ちだ。それゆえ、俺と同じ考えの元、『魔眼』を発動させようとし、失敗したのだろう。皆、信じられないといった表情を浮かべながら、ギクシャクと戸惑うそぶりを見せている。
俺達が戸惑いと焦りを見せる中。セオドアの側にいた少年が、ゆったりとした足取りで石碑に向かい歩いていく姿が目に映る。
『こ……この圧の中を……!?』
しかもよく見てみれば、宰相や父上の側近達も、まるでなんの影響もないかのような涼しい表情でその場に立っている。……いや、それよりも心よりの忠誠を誓った皇帝が殺されたというのに、何故奴らはなんの行動も起こそうとしないのだ?
『――な……っ!?』
更なる衝撃に、目が限界まで見開かれる。なんと、宰相達は少年に対し、次々とその場で片膝を突き、恭しく頭を垂れていったのだ。
『ど、どういう事だ……!?』
困惑している間に、少年は石碑の前へと辿り着いた。そして、石碑の前で床に倒れ伏す父上を見下ろしながら、ニンマリと口元に弧を描いた。
【ふむ。極上の贄だ。これは良い依り代になろう】
少年の口から出てきたのは、年相応の幼い声ではなく、まるで老人のようなしわがれた声であった。その不自然さにゾワリと怖気が走る。
そうこうしている間にも、神殿内には強大な圧がかかっていき、能力の低い者達から、次々と意識を喪失させていく。
「お気に召されましたか?【魔神】様」
「――ッ!!?」
セオドアの言葉を聞いた瞬間、驚愕のあまりに目が限界まで見開かれる。
「ま……魔神……!?」
「魔神……だと!?馬鹿な!!」
「だ、だが……。たしか先程皇帝陛下御自ら『主神が復活される』……と……」
圧に屈せずに意識を保っている者達の口から、衝撃と狼狽に塗れた言葉が零れ落ちる。その誰もが、驚愕の面持ちで少年とセオドアの姿を凝視する。
【ああ、勿論だ。忌々しい女神の力によって封印される前に、我はなんとか魂の欠片だけは逃がした。……だが、力を失い過ぎた弊害で神託すら下ろせぬまま、無為な時を過ごしていた。だが、貴様の『弟』。死にゆく定めであったこの身体を、我が仮初の依り代にした事により、復活の道筋が立った」
「主のご復活をお支えする事こそ、我ら『魔族』の血を継ぐ者の使命に御座いましょう。『弟』も、自分の身体が魔神様のお役に立てたことを、誇りに思っているはずです」
【ふふ……。殊勝なことだ。だがそう言うわりに、お前達の目的は別のところにあるようだが?まあ、それが結果的に我の復活に繋がるのであれば、共に躍るのも否やはない。こうして、貴様の父である現皇帝の血を浴びる事により、忌々しい結界石に決定的な綻びが入ったゆえな。悠久の時をひたすら待った甲斐があったというものよ】
そう言うと、少年は片膝を突いて深々と頭を下げるセオドアに対し、満足そうに頷いた。そしてフワリと浮遊すると、父上の血を浴びた石碑の上へと降り立つ。
【それにしても、貴様の父親……現皇帝のこの魔力に満ちた血はまさに、純血種たる者の極みと言えよう。しかもお前のように、これほど特異な魔力を有する者が現れるとは。それも彼の国を祖に持つ、貴様の母親の血ゆえか?】
「……さあ?それは分かり兼ねます」
【はは……!それにしても、なんたる皮肉か!我を封印せし、女神の手先となり戦った者達の末裔。その血が流れる貴様が我を復活させ、女神の使徒達を滅ぼす旗印になろうとは!愉快極まる!!】
高らかに嘲笑する魔神の言葉に応える事無く、セオドアは口元に冷笑を浮かべながら石碑の上に佇む少年を見上げた。
「……それで魔神様。私をお認めくださいましょうか?」
【いいだろう。我が名において、貴様を『魔王』として認める】
その言葉と同時に、少年とセオドアの身体が青白く光りだした。
「ま……『魔王』……だと!?」
『魔王』とは、女神の代理人たる『聖女』同様、魔神の眷属としてその力を使う事の出来る闇の使徒の名称だ。
――セオドアが……。この出来損ないが、魔神様の眷属……だと!?
「ふ、ふざけ……ぐっ!!?」
ドン……と、今迄に経験した事が無い程の衝撃が全身を襲い、無様に地に這うように、その身を床に沈める事となってしまう。視界の端に映る皇后は、既に白目を剥いて気を失っているようだ。
「……ッ……!こ……こんな……!こんな……事!!」
「ふふ……。いいざまですね、ウリセス兄上」
「セオ……ドア……ッ!!」
全身から強大な魔力の波動を発し、酷薄な微笑を浮かべながら、セオドアがゆっくりと近付いてくる。そんな奴の顔を、せめてもとばかりにきつく、憎悪を込めて睨み付ける。
「ああ、素晴らしい……!そこに転がっている、最大の母の仇であるクソ女と、その共犯である貴方を無様に床を這いずらせる。その望みが今、ようやく叶いました」
「――ッ!お……まえ……知って……!?」
「ねえ、兄上。貴方は私と……私の母を確実に始末する為、母がどれほど父に愛されているのかを。そしてそれにより、私が父の後継になるかもしれぬ……といったでまかせを、執拗に周囲へと吹聴した。その結果、私達の排除という一点で思惑が一致した高位貴族達。その全てが同時に放った暗殺者に襲撃され、母と……生まれてもいなかった弟は死んだんだ」
「……ッ……」
「僕は母がいれば。そして母も僕がいれば、なにも要らなかった。まだ見ぬ弟か妹も、うんと可愛がろうと思っていた。……なのに、貴方も周囲も、僕達を放っておいてはくれなかった。何故ですか?……そんなにも、僕達が疎ましかったのですか?」
――何故……?
そう。俺は、お前と父上に微笑を浮かべるあの女も、なにもせずとも母親に愛され抱き締められるお前という存在も、殺してやりたい程疎ましく……憎かった。
そして多分、それは俺だけではなく。あの光景を目撃した者達全てが、俺と同じ憎しみを抱いたのだ。だから、あの女は全ての者達から命を狙われ、殺された。
「……俺を……母上を……。この場にいる者達全員を……殺す……のか……?」
「殺す?ふふ……まさか。そのような勿体ない事はしません。それに、一瞬で楽にしてあげたら、つまらないじゃないですか」
「え?」
「魔神様の復活と、世界の制覇は『魔族』の血を継ぐ者の使命と悲願。先程、父である皇帝が仰いましたでしょう?『彼の国との此度の戦いは、長きにわたる因縁に終止符を打つ戦となる』と。父は見事、魔神様の復活の礎となった。次は……貴方がたの番です。その『尊き血』を存分に使い、祖国の為に戦ってください」
「……な……なにを……言って……?」
ニヤリ……と。セオドアの口元に、これ以上は無い程冷酷な冷笑が浮かぶ。
心臓が凍り付くような恐怖に身体が小刻みに震えだす。だがそこで、信じられないものが目に飛び込んできた。
誰もが無様に床に這う中、第四皇子であるシリルとその腹心達が確かな足取りでセオドアの方へと歩み寄っていく。そして全員がその場で片膝を突き、頭を垂れて恭順の意を示したのだ。
「シ……リル……!?……ッ!ま……さか、お前……裏切ったのか!?」
俺の言葉に、シリルが下げていた顔を上げ、こちらを振り返る。
「裏切る……?セオドア兄上の……いえ、『魔王』様の仰る通り、我らの忠誠は魔神様に捧げられるべきもの。それにね、ウリセス兄上。私は帝位よりもなによりも、成し遂げたい事があるのですよ。それを成就させる為ならば、誰に対しても頭を下げましょう。貴方の敗因は、私を利用出来ると踏んだ、愚かしいほどの傲慢さです」
静かにそう告げると、シリルは俺に対し、まるでゴミでも見るように冷たい視線を向ける。
ピキバキと、石碑に亀裂が入っていく。それと同時に亀裂の間から黒い魔力が、まるで生き物のようにうねり、父上の亡骸を包み込んでいく。
「私の予想どおり、貴方は実に良く踊ってくださいました。おかげで国内の高位魔力持ちの殆どをこの場に集める事が出来た。いくら『魔王』として、魔神様の魔力をお借り出来るようになったとはいえ、城の一部と、これだけの大人数をまとめて『転移』するのはいささか骨でしたからね。……ああ、『転移』というより『互換』ですが」
「ご……かん……?」
この城を……俺達を『転移』させる?どこへ?何を馬鹿な事を言っているんだ?
石碑のヒビが拡大し、バラバラと砕け落ちていく。
「『転移』って、便利なようで制約がありましてね。一度行った場所にしか上手く移動する事が出来ないのですよ。だからアルバ王国の修道院を襲撃した時、『ある場所』に行っておいたんです。本当なら王城に行っておきたかったんですが、流石に守りが鉄壁でして……。まあ結果的に、そのお陰でシリルをこちら側に引き込めたのですが」
轟音と共に、遂に石碑が完全に破壊される。そして、噴き上がった黒い魔力の塊が、グングンと巨大化していく。
不意に、身体にかかっていた圧の質が変わったのを感じ、ブワリと全身が総毛だった。
――このままでは不味い!!
湧きあがってくる恐怖に、なんとかこの場から離脱しようともがく。だが、身体は床に縫い留められたように指の一本も動かす事が出来ない。
「『こちら側』にやって来る者達は、我らが丁寧にもてなしましょう。貴方がたは『高貴な血』の誇りと共に、精々『あちら側』をかき乱してくださいね」
「ぐ……っ!」
周囲の景色が段々と霞がかっていく。
『――!?』
そんな中、唐突に脳裏に浮かんできたのは……。十年前のあのお茶会の光景。微笑んだあの女に対し、父が浮かべたほんの僅かな笑顔。そしてそれは、先程セオドアに剣を渡す時に浮かべた表情と同じもので……。
その瞬間、唐突に理解した。
「ああ……。そうだ……」
――俺は……。あの女を疎ましかった訳ではなかったのだ。
なんの裏も無い、陽だまりのような微笑を向けられた父に。あの女の愛情を一身に与えられている弟に。その眩しいまでの『家族』としての有り様に。
無茶苦茶に壊してしまいたい程……嫉妬したのだ。
次回から、エレノアsideに戻ります。
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次回更新も頑張ります!




