対決
誤字指定、有難う御座いました!
80階層へと入った私達は、一瞬誰もが身構えてしまう。
何故なら、大地を震わす程の咆哮が周囲に鳴り響いていたからだ。
「これは…。クリスタルドラゴンの鳴き声。しかも相当怒り狂っているな」
「キューィ!キュー!」
クリスタルドラゴンの咆哮に呼応するかのように、子ドラゴンが鳴き声を上げ、母親の元へと駆け出して行こうとする。
「――ッ!ま、待って!」
慌てて子ドラゴンを抑えるが、子ドラゴンも必死に私の手から逃れようとする。
「ヒュー。どうやらこれは…」
「当たり…みたいですね」
言うなり、二人は共に腰に差してあった剣を抜刀する。
「ディーさん!?」
「エル!伏せろっ!!」
そう言うなり、ディーさんが己の剣に手をかざし、魔力を込める。すると刀身は、燃えるような深紅へと染まっていく。
そして剣を一閃すると、頭上から降り注いできた岩石全てが一瞬のうちに燃やし尽くされ、灰となって消えていく。
『す…すご…!って、え?!剣に魔力を込めるのって、まだ王都の騎士団や一部の有力貴族達にしか伝授されていなかった筈…』
見てみれば、ヒューの剣も青白く光っている。
という事は、彼らは王都の騎士か有力貴族…という事なのだろうか。
「あぁ!?おい!こんな所にネズミが紛れ込んでるぜ!」
野太い声がしたかと思うと、スキンヘッドの厳つい大男を筆頭に、幾人もの男達がゾロゾロと集まってくる。皆、それぞれ図体がデカい。そして…人相が悪い!
『おおっ!この世界に来て初めて、イケメンじゃない野郎共を見た!』
そんな場合じゃないのに感動してしまう。そうか…やはりいるんだね、ブサメン。(失礼!)何だか凄く新鮮だ。
しかしそれにしても…。まさかフツメン以下の男の顔を見て感動する日が来ようとは、思いもよらなかったな。
「おぉ!?何だこいつら、滅茶苦茶色男じゃねぇか!…ったく、この国の野郎共は、無駄にお綺麗なツラしてる奴らが多くてうんざりするぜ。ん?ガキも一匹いるな。こいつの方はまぁ…可愛いツラしてるが、普通だな」
うん、確かにうちの国、イケメン多いよね。そんでもって、普通の顔で悪かったな!
「貴様ら、この国の人間じゃねぇな?」
「おおともよ!冥途の土産に教えてやるが、俺達は東のリンチャウ国の貿易商だ。このアルバ王国のダンジョンで荒稼ぎした金で、女を合法的に買い取って本国に連れて行くのが主な仕事よ!」
――何が貿易商ー!?それってただの人身売買組織だろが!
「女を…買い取るだと…?」
うぉっ!ディーさんの顔が無表情になった。背後からは、ゆらりと陽炎の様な真っ赤な怒気が…!ひぇぇっ!怒ってます…怒ってますよ、この人!
「ああ、そうさ。しかも、金に困った貴族連中からな」
「………」
「平民の女を直接何人も連れ去ったりなんざしたら、すぐに騒ぎになって国が騎士団を派遣させるからな。その点貴族を仲介にすれば、その心配は無い」
そりゃあそうだろう。貴族はどちらかといえば、騎士団を派遣する側だからね。訴えがあったとしても、自分達で握りつぶす事が出来る。
「中には性悪女に散々貢がされて捨てられたり、他の男に取られたりした野郎共が、それを恨みに思って売買を持ちかけてくるってのもあるんだ。ま、奴らは恨みを晴らせる上に金になる。俺達はそういう女を本国の女に飢えている金持ち野郎共に、払った額の何倍もの金をふっかけて売り払う。どうだ?こういうのを相互助け合いって言うんだろ?」
「俺達みてぇに女に見向きもされない野郎共に、子孫繁栄のチャンスを与えてやっているんだ。いわば、立派な慈善事業…え?…!?」
ゲラゲラ笑いながら、胸が悪くなるような事を好き放題喚いていた男の一人が、先程の岩石同様、一瞬で消し炭と化した。
「…耳障りなんだよ。このクズ野郎共が…!」
「なっ!?て、てめ…ぐっ!うぁぁあぁ!!!」
「ぎゃぁあああ!」
次の瞬間、男達の手や足が次々と吹き飛んで、消し炭や塵と化していく。
「野蛮な辺境の小国である貴様らの国と違い、このアルバ王国において、女性はその誰もが尊い宝。ゆえに、女性の人身売買に関わった者達は、問答無用で死罪と決まっている。…だが、貴様ら全員すぐには殺さない。今迄行った悪事の一切合切、そして悪事に加担した貴族共の名、吐かせるだけ吐かせてから地獄を見せてやる。…覚悟しとけ!」
燃え上がるような深紅の瞳に射貫かれ、無様に床に転げた人身売買組織の連中は、苦痛と恐怖に顔を歪め、震えていた。ついでに私も身体が震えた。
――なんという、ただならぬ気迫と迫力。
静かに燃える炎さながらに怒りをくゆらせる彼はまるで、深紅に彩られた優美極まりなくも危険な獣のそのものだ。そう、まるであのクリスタルドラゴンのように…。恐いのに目が離せない。ドキドキしてくる。
――って!!そうだ!いないよ!どこいったんだ、あの子ドラゴン!?
うっかりこの断罪劇に気を取られ、あの子の事を忘れていた!
慌てて周囲を見回してみると、子ドラゴンが咆哮している方に向かって走っているのが見えて、慌てて追いかける。
「グルルグァアアー!!」
「きゃあ!!」
ズン!と大きな地響きと共に大地が揺れ、追いついた子ドラゴンと共にバランスを崩してその場に転げてしまう。
「な…に…?」
子ドラゴンを抱き締めながら見た光景。それは、身体のあちらこちらに巻き付けられた鎖を断とうと、苦しみもがくクリスタルドラゴンの姿だった。
しかもよく見てみれば、巻き付いている鎖の部分がどす黒く変色している。あれは一体…。
「ええいっ!クソッ!!おい、お前ら!あいつらはどこに行ったんだよ!?ネズミを退治しに行くって言ったきり、帰って来ないじゃないか!早くこいつを連れて逃げなきゃいけないのに、このままじゃ危なくて近付けないじゃないか!」
不意に響く、男の金切り声。よく見てみると、自分達のいる場所からそう遠くない位置に、ローブを纏った男が数人立っていた。
『あのローブ姿…そして、あの声は…!』
間違いない。妖精の輪を使い、私達の元に魔獣を送り込んでいた…あいつだ!
「キュルルルー!!」
「わっ!ちょっ!!」
場の空気を読まず、子ドラゴンが叫び声を上げたのを慌てて止めようとするが、時すでに遅し。男達が私達の存在に気付いてしまった。
「…なんだ?ガキに…それは、ドラゴンの幼生!?何故そいつがここに!?ひょっとして貴様、ネズミ共の仲間か!?」
「チッ!このクソガキ!そいつは俺達の獲物だ!寄こせ!」
周囲にいたブサメン(失礼!)が次々と抜刀し、私達に向かってくる。威嚇の鳴き声を発する子ドラゴンを庇うように、私は男達に対して自分の刀を抜刀し、構える。
「はっ!やる気か?このクソガキが!」
男の一人が、ニヤニヤ嗤いながら私に向かって剣を向けてくる。…うう…恐い。
訓練ではクライヴ兄様と散々打ち合っていたけど、実践なんて初めてなのだ。この剣を振るったのだって、あの妖精の鳥籠を壊したのが初めて。それがいきなり厳ついオッサンと対決なんて、あんまりにもあんまりではないか。
エレノアは、世の無情を呪った。
『真面目にスライムでもなんでもいいから切っておけば、ちょっとは度胸ついたのかなぁ…』
どうやら兄達が望んだケーキカット(スライムカット?)のような穏やかな初陣とはならず、いきなりの実戦となってしまったようだが、エレノアは覚悟を決めた。女は度胸だ!
「おい、ガキ。そのドラゴンをよこせば、今この場では無傷で見逃してやるぞ?お前、中々可愛い顔をしているしな。奴隷として、小さな男の子好きの変態ジジイに高く売りつけられそうだ」
――この男、ぶっ殺す!
エレノアの魂に火が点いた。
自慢ではないが、前世ではヒーローを目指して日々、精進していたのだ。(何と戦おうとしていたかはまぁ、別として)正義感は今もそれなりに存在している。こんな、女を金儲けの道具としか考えていない男の…いや、人類のクズなど、生きている価値は無い。全力でぶっ潰してくれる!
やる気の炎を漲らせ、刀を構えたエレノアの気迫に男が一瞬怯んだ。その隙を逃さず、エレノアは男の間合いへと瞬時に入り込み、自分の刀で男の剣を払うように打ち込んだ。
刃物同士がぶつかり合う硬質な音と共に、男の剣が折れて飛んだ。
「――え?は?お、俺の…剣が…!?」
当然であろう。エレノアの使っている刀の素材は、最強の鉱物と誉れ高きオリハルコンなのだ。普通の鋼で出来ている剣で太刀打ち出来る筈がない。
すかさず、エレノアは男のみぞおちに刀を叩き込む。…当然というか、刃の付いていない方でだ。
男は衝撃に白目を剥くと、その場に崩れ落ちた。
――や…やった!やりましたよクライヴ兄様!私、戦えました!!
しかし、感動している暇は無かった。
倒れた男の仲間達が殺気を漲らせながら次々と襲い掛かってくるのを見て、エレノアの頭は真っ白になった。
それもその筈。エレノアは、あくまで一対一での戦い方しか、まだクライヴに教わっていなかったのだ。このように多勢で襲い掛かられてしまえば、実戦経験ゼロの小娘など、完全にパニック状態になってしまう。
――が、エレノアに男達の刃は届かなかった。
「…へ?」
目の前で、自分に襲い掛かってきた男達の身体が一瞬で消えた…いや、正しくは蒸発したのだ。
「エル、よく戦ったな!」
呆けていたエレノアの後方に、いつの間にかディーとヒューが立っていた。
え?ひょっとして今の、ディーさんがやったの?
「ああ。実はさっき、お前があいつらに見付かった時から様子を伺っていた」
――なんですと!?だったら、さっさと助けて下さいよ!
エレノアの心の叫びも知らず、ディランは目の前で刀を持ったまま、こちらを見ているエレノアの姿に目を細めた。
「お前の戦いに割って入るのは無粋だと思ってな。勿論、危なくなりそうだったら、すぐに助けようと思っていたんだが…」
――いや、全然無粋でもなんでもありません。最初から、絶体絶命でした!そりゃ確かに許せないとは思いましたが、いきなり大男と戦いたいなんて、これっぽっちも望んでませんでしたよ!?
やはり、エレノアの心の叫びなど丸無視し、ディランは感嘆の溜息をつく。
「見事だった。まだ拙いが、しっかりとした剣筋をしている。このまま精進していけば、間違いなく素晴らしい剣士になれるだろう」
「ええ。あの太刀筋はお見事でした。きっと、素晴らしい師に師事していらっしゃるのでしょうね。誇りに思うべきです」
「――ッ!あ、有難う御座います!これからも頑張ります!」
さっきまで心の中で憤りまくっていたエレノアは、ディラン達の惜しげもない賛辞を受け、瞬時に憤りを喜びに変えた。
しかも自分のみならず、大好きな兄の事も褒められたのだ。これを喜ばずしてなんとする。
「あ…ああ…!そ、そんな…!」
自分の仲間…もしくは部下を全て倒され、ローブ姿の青年がよろけながら後ずさる。――が、その目はディランの姿を捉えるなり、極限まで見開かれた。
「で、でん…っ!馬鹿な!な、なぜ…ここに…!?」
「ほぉ…。俺を知っているか。…という事は、貴様があの、異国の罪人共と結託し、我が国の宝を他国に売り払うのに加担している…という、貴族の一人か」
「お…お許しを…!」
「それは、貴様らによって不当に連れ去られ、成すすべなく売られた女性達に向けて言うんだな。色々と喋ってもらうつもりだが…極刑は覚悟しておくがいい」
「そ…そんな…!」
顔面蒼白でガクガクと震えていた貴族だという青年は、ふと、エレノアへと顔を向けるなり、再び驚愕に目を見開いた。
「あ…ああ…私の…私の運命…エレ…」
「え?」
青年の真っ青だった頬に赤みが差し、まるで熱に浮かされたような恍惚とした表情で、エレノアに向かって両手を差し出し、近寄ろうとする。そんな青年から守るように、ディランがエレノアをその背に庇ったその時だった。
「――ッ!」
「え…?」
驚愕の面持ちでこちらを見るエレノア達を見て、青年が後ろを振り向いたその瞬間。青年の身体は飛来したクリスタルドラゴンに踏みつぶされ、皆の視界から消えた。
「きゃああああっ!」
「ちっ!」
クリスタルドラゴンは、怒りに赤く染まった目をエレノア達へと向けた。
正気を失っているのか、自分の子供である子ドラゴンがいるにもかかわらず、唸り声を上げながら攻撃を仕掛けてくる。
ディランとヒューはオリヴァーがしていたように、自分達の周囲を魔力で覆い、攻撃を防ぐ。だが希少鉱物を喰らい、その特性を自分の鎧としているクリスタルドラゴンの攻撃に結界が軋む。
「くそっ!何とかして、あの鎖さえ無くせれば…!」
ディランは、恐らくクリスタルドラゴンが凶暴化している原因である、巻き付けられた鎖を忌々し気に睨みつけた。
多分あれは、『腐食の呪い』を施された魔物封じの鎖だ。
『腐食の呪い』を施された鎖は、あらゆる魔物の動きを封じ、瞬時に命を奪うとされている。
だが、クリスタルドラゴンの身体は希少鉱物と同じ成分で出来ている為、激痛を与えはしても命を奪うには至らなかったのだろう。
だが、いずれはその呪いに蝕まれ、命を落としてしまうのは明白。
クリスタルドラゴンは、国の保護指定魔獣だ。
だからこそ、クリスタルドラゴンが生息するダンジョンは王家の直轄にされ、自分の様な者が定期的に巡回しているのだが、乱獲は一向に無くならない。
『出来ればドラゴンの幼生の為にも、目の前のこのドラゴンの命は救ってやりたい。あの鎖を外す事さえ出来れば…』
だが、こんなに興奮をしているのだ。迂闊に近寄れないし、鎖を破壊する為に全力で攻撃してしまえば、鎖だけでなくクリスタルドラゴンを傷付けてしまう事になるだろう。
『さて…どうするか…』
思案し、ふと横にいるエレノアを見ると、彼女は己の刀をジッと見つめていた。
自分が尊敬するオルセン将軍が考案したという、剣に魔力を込める戦闘方法。その戦法と共に、密かに流行り出した片刃の剣。何故かこの少女はそれを持っていた。
少女は目をつむり、ゆっくりと深呼吸をする。そして自分の刀に手を乗せ、撫でるように魔力を込めていく。
「――ッ!」
力のある騎士ですら、完璧に剣に魔力を込めるのは難しいとされている。なのに少女の手から注がれる魔力は、刀身に美しい金色の光を与え、染み込んでいった。
エレノアはゆっくりと目を開け、自分の刀を確認すると、再び祈る様に目を閉じる。
…そして。
「お願い…。どうか…!」
渾身の力を込め、振り下ろされた刀は、真っすぐ地面へと突き刺された。




