プロローグ
静かな書斎に、パソコンのキーボードをカタカタと打ち込む音が響く。榊翔太は、フリーライターとして生計を立てている。駆け出しの頃は、仕事がなく苦労したが、今ではひっきりなしにオファーが舞い込み、捌ききれず、泣く泣くいくつかの申し出を断っているくらいだ。
今パソコンに打ち込んでいるのは、翔太の少年時代の話だ。
他の仕事で関わっている編集者と飲みに行った時、たまたま子供の頃の話が話題に上がった。ワケあって、見ず知らずの男ふたりに育てられた話をすると、これが大うけだった。すぐに「その話を本にしましょう」という流れになり、今こうしてパソコンの画面と向き合っているというわけだ。
「父ちゃん!」
ドアの方に目を向けると、優が立っている。今年小学二年生に進級したばかりの息子だ。父親譲りの少し茶色がかった髪に、母親似の大きな丸いビー玉のような目。親ばかと言われるかもしれないが、本当に可愛くて仕方がない。
「なんだよ。父さんは今仕事中だっていっただろ?」
「わかってるけど、暇なんだもん。父ちゃん少しだけ遊ぼう?」
クリクリとした潤った目で、訴えかけてくる。ダメだ。この目には、どうあがいても勝てそうにない。翔太は一息ついて、パソコンをパタンと閉じた。
「ホントに少しだけだぞ?」
そう言った瞬間、優がぴょんぴょんと飛び跳ねる。
「やったー!」
「ちょっと待ってて。おもちゃとってくる!」
そう言うと、タタタと自分の部屋へ駆けていった。
翔太はポケットに手をつっこみながら、書斎から出て、リビングのソファに寝そべった。何げなくテレビを点けると、アニメ「ドラコンボール」が放送されていた。
「おっ。このアニメ、まだやってたんだな。」
ふっとあの頃の感覚が蘇る。懐かしく、苦い記憶。もしあの二人の男たちと出会わなかったら自分はどうなっていただろう。今、このような幸せな生活を送れていなかったかもしれない。いやもしかすると、生きてさえいなかったかもしれない。