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STREET GIRL  作者: 仁木夕張
御岳最速編
35/51

ACT.7-4

 それから少しだけ鎌倉に足を延ばして、渋滞街道の国道一号線を抜けて、帰り道は茅ケ崎中央インターから高速道路に乗って甲府に戻った。

 長谷川を家の近くまで送り届ける。

 やや甲府の市街地から離れて、所々に田畑が広がる宅地に車を()めた。


「こんなところでいいのか?」


「うん、うちもうすぐそこだからね」


 助手席から降りた長谷川が、にこにこしながら窓越しに車内を覗き込んでくる。


「奥田くん、また何処かいきましょう」


「構わないぜ、どうせバイトない時はヒマだから」


「りょうかい、じゃあまた連絡するね」


「おう、気を付けて帰れよ」

 

 にこにこしながら手を振る長谷川を後目(しりめ)に、クラッチを(つな)いでゆっくりとS14を発進させて帰路についた。

 帰路といっても、寄り道しようかと思っている。

 せっかく車に乗っていて、俺自身にまだ余力がある。

 せっかくだから御岳でも一本、流してから帰ろうと思い、山へ向かって走る。

 和田の厳しい峠を越えて、集落を過ぎて、麓のパーキングを()ぎたところからがアタック開始である。

 上りを攻めた後、頂上の美術館の駐車場でクーリングがてら一呼吸をおいた。

 自販機でジュースを買って(ふた)を開けた直後くらいだった、聞き覚えのある快音が山を登ってくる形でこだまする。

 綺麗なシフトダウンできっちり減速してから、青色の車体がゆっくり駐車場内を微速前進する。

 このあたりでAE111の青いレビンと言えば、あいつしかいない。

 降りてきた人影が、ちょこちょこと軽い足取りでこちらに駆け寄ってきた。


「あれ、奥田じゃん、一人?」


 相変わらず、専門からそのまま着てきたような作業着姿で、長谷川よりも長そうな栗色のポニーテールが夜風に(なび)いていた。


「おう、ひとっ走りしてから家帰ろうと思ってたところ」


「そっか、ちょうどいいや、あんたに話あるんだ」


「話?」


「うん、話……あのさ」


 天宮にしては珍しく、少しもじもじした様子で切り出してきた。


「……楓ちゃんとバトルがしたいの、御岳(ここ)で、下り一本で」


「……っ、はい?」


 誰もが認める、現在の御岳最速からの挑戦状。

 そのことにが呑み込めず、俺は思考も体も硬直してしまう。


「……セッティング、してくれる?」


「いや、ちょっと待て、急にどうしたお前」


 それを聞かれた天宮は俺に背を向けて、遠ざかるように歩き始める。

 三歩ほど歩いて、立ち止まる。


「……悔しいんだよ、あたし、あのヴィヴィオはあたしの獲物だったの」


「あのヴィヴィオって、瀬川か?」


「そっ、でも結局、走ったのは楓ちゃんじゃん? しかも勝っちゃうし」


「いや、でもアレは仕方ないだろ。それにお前だって応援してただろ……」


「そりゃそうだけどさ、あのヴィヴィオはたぶんあたしでも苦戦する相手だと思うんだけど、そんなのに乗り始めて日が(あさ)い楓ちゃんが勝っちゃったら、本来走るはずだったあたしのプライドがズタズタじゃん」


 本当に不満げな様子で、天宮は語っていた。

 気持ちはわからないこともない。

 楓ちゃんのことを心配して自分も走るとは言ってくれた天宮だが、こいつはこいつでプライドが高いヤツなんだ。

 本来自分が走るはずのバトルを、初心者の楓ちゃんに横取りされて、仲間だから応援こそしたものの内心は(おだ)やかではなかった。

 自分ですら苦戦するであろう相手に、初心者の楓ちゃんが勝ってしまった。

 本来なら楓ちゃんが負けて、自分が姉貴分として走る予定だった。

 その予定が(くる)ってしまった。

 この事実が、天宮の中では許せないのだろう。


「お前の気持ちはわかる……が、あれは愛宕山だから勝てたようなもんだぜ?」


「でもどこでやっても同じじゃん、あんたって言うコ・ドライバーいるんだし」


「そりゃそうだけど、いくらなんでもこんな勝負させるのはどうかと……」


「大丈夫、別にギャラリーとか呼ぶ気はないし、一緒に走れればいいだけ」


 まあ正直言って、こうなると楓ちゃんが走りたいか走りたくないか次第になってしまうのだが、それにしたっていくらなんでも天宮はただ因縁をつけているようにしか見えない。

 だけど同じ走り屋として、若輩に負けたくない気持ちは非常にわかる。

 誰にも負けたくない気持ちも理解はできる。

 それだけに悩ましい、バトルをセッティングすべきか(いな)か。


「お互いのレベルアップにもなるし、悪い話じゃないと思うんだけどなぁ、あたしにとっても楓ちゃんにとっても」


 はっきりと、腕を組んで頷きながら天宮は宣言した。


「そっちは明後日だったか、走行会あるんでしょ? その後でいいよ」


「あ、ああ……だけど」


「知ってるよ、楓ちゃんも行くんでしょ。心配だったらそこで(きた)えてくれば?」


 どういうつもりなのか、俺には天宮の意図がわからない。

 ただ我武者羅に、内に秘めた不満を()らしているようにしか思えない。


「それくらいのハンデはあげてもいいと思うの、一度や二度サーキット行ったくらいで、あたし負けるつもりはないから」


 天宮の発言は、サーキットの走行会に行ったくらいでは、峠専門で鍛えてきた自分には及ばないという意味が込められているように思えた。

 確かに天宮は速い。

 俺や健二はもちろん、サーキット常連の佐藤さんにも一度勝ってるし、なんなら以前天宮がぶち抜いたスイスポの中年二人組もサーキットの常連のようだった。

 楓ちゃんに獲物を横取りされて悔しい。

 楓ちゃんが自分に迫る勢いで成長している。

 でも自分は負ける気がしないし、サーキット走ったって意味はない。

 自分はサーキットを走っている者たちを、全て(ことごと)(やぶ)ってきた。


 ──そんな態度に俺はムカついた。


 今まで自分たちがやってきたこと、モータースポーツを馬鹿にされたようで、身内ながら天宮にムカついてしまった。

 だけど俺じゃ本気でやったって、多分天宮には勝てない。

 しかし楓ちゃんなら、あの吸収の良さなら、群馬の連中や瀬川と本庄で走って何か刺激を()てくれれば、更なる急成長を()げられる可能性は十分ある。

 それにコースを知っている愛宕山で、瀬川が精神的にも不安定な状態だったとは言っても、それでも天宮が脅威に感じる走りができる瀬川に、楓ちゃんは勝っているんだ。

 負け知らずの天宮は、天狗になっているような気がした。

 だから少し、お灸を()えてやろうと、身内ながらそう思ってしまった。

 でなければ天宮に、これ以上の進歩はないかもしれないと思ったからだ。

 天宮は確かに速いし、天才だし、仲間だし、見捨てたくないからこそだ。


「……そこまで言うなら、楓ちゃんに話つけてきてもいいよ」


「マジで? もちろんバトルの日はあんた、楓ちゃんのナビやっていいから」


「だったら遠慮なく乗らせてもらうぜ、でも万が一負けても泣き(ごと)()うなよ?」


「じゃあ準備も含めて、火曜日の夜でいい?」


「いいぜ、あとは楓ちゃん次第だけどな」


 それにしても、次の楓ちゃんの相手はいきなり御岳最速の女ときたか。

 コイツは独特のリズムというか、とにかく突っ込みが(はや)いし、それなのにオーバースピードに(おちい)ることなく、トータルでかなりの速さを持っているヤツだ。

 逆に言うと、それ以外の持ち味が現状あまり無いともいえる。

 こいつが兄の佑士さんくらい上手ければ、俺につけ入る隙はないはずだ。

 それなのに俺でもある程度は戦えるということは、いくら御岳最速と言われているコイツにだって弱点はあるはず。

 それを上手く()けるように、明後日の走行会は楓ちゃんを育てよう。

 悔しさを覚えながらも、余裕綽々な天宮を見て、そう堅く決意した。

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