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STREET GIRL  作者: 仁木夕張
御岳最速編
34/51

ACT.7-3

 多少のアクシデントに巻き込まれながらも、無事に江ノ島についた俺たちは、S14を駐車場に止めて島内を散策していた。

 大きな橋で繋がった江ノ島は、山の斜面にへばりつくように狭い路地と複数の店舗によって構成された観光地で、土曜日ということもあって数多の人間でごったがえしていた。

 島内の定食屋でしらす丼を無事に食べた俺たちは、メインストリートの頂上付近にある江島(えのしま)神社で柏手を()つ。

 それからお土産を買って、夏ということもあって湘南の海でも見に行こうと、渋滞を抜けて有名な由比ヶ浜(ゆいがはま)の砂浜を訪れた。

 別に水着なんて持ってきていないので、せいぜい()ったタオルで足を()くのを前提に、足だけ海水に()かるつもりで訪れた。

 今日は快晴。

 湘南の浜は数多の人で(にぎ)わい、海の音より若者のはしゃいだ声のほうがよく聞こえるくらいであった。

 長谷川も、いつもよりテンションが高そうだ。

 はしゃいだ様子で長い黒髪を(なび)かせながら、ぱしゃぱしゃと音を立てて足首付近まで海水に(つか)かった。

 ショートパンツから伸びた美脚と、湘南の海がなんだか()になる。


「きもちいいわ、せっかくだから水着持ってくればよかったね」


 水着、か。

 別にナイスバディというわけではないにしろ、長谷川は健康的で理想的で背も高くて水着が似合いそうな容姿だ。

 出るところはでている、細いけど肉付きが悪いわけではない。

 ちょっと見たかったかもしれない……。


「湘南じゃなくてもいいなら、また夏休みに海でも行くか? 伊豆なら近いぜ?」


「珍しいわね、奥田くんからそんな誘いがあるなんて」


「別に、どうせなら(およ)ぎたいだろ、俺も消化不良だしな」


 完全に海に来るだなんて想定外だったので、今日は俺も長谷川もノー水着だ。

 なのでせっかくの湘南で海水浴を楽しめないので、まことに残念な(かぎ)りだ。


「今度は健二とか天宮も連れて()ような」


「……ま、そうなるわよね…………そうね!!」


 何か物凄い小声でつぶやいたような気がしたものの、波音と若者たちのはしゃぎ声で最後の大声以外は聞こえなかった。


「それにしても、未だに実感できないわ」


「何が?」


「奥田くんとこうしてドライブに来るの」


「そうか? なんだかんだよく二人で遊んでね? 俺の車も乗ってるし」


「それは、そうだけど……こうして遠出するのは、今回が初めてでしょ?」


「確かに、言われてみればそうかもな」


 長谷川とは高校時代からの付き合いだけど、仲良くなったのは大学に入ってからだし、学部もゼミも一緒だから常に一緒に行動している気はするし、二人で遊びに行くこともあったが、車で隣の県まで遠出というのは確かに今回が初めてだ。

 不思議だよな。

 女の子と二人で遠出っていうのも初めてだけど、不思議とときめかない。

 そんな風に意識したことがなかったし、考えようともしなかったからか。

 まあ俺の事なんか好きでもなんでもないって言っていた相手に、(あわ)い期待を(いだ)いたところで意味が無いのは百も承知(しょうち)だ。

 そう思って自爆した中学時代の痛い思い出。

 思い出しただけでも胸が(えぐ)れそうだけど、いい教訓になった。

 というわけで、よほどのことがない限り、長谷川相手にときめくことは無い。

 いや、あってはならない。

 今後のキャンパスライフを円満を送るために。


「──くん、奥田くん」


「……はい?」


 何度も長谷川に呼ばれていたようで、ようやく長谷川の声を耳と脳が認識した。


「もう、完全に(うわ)の空だったよ? ひどいわね、女の子を片隅に考え事?」


「わりっ、で、なんだっけ?」


「そういうところはいつもの奥田くんだね……奥田くん、さ、今日はわたしとても嬉しい気分なのよ?」


 ぱしゃぱしゃと海水から上がってきて、俺の目の前に(せま)ってきて。

 ちょ、近い近い、間合いにして五十センチあるかないかくらいだ。


「……なんで?」


「最近、付き合い悪いから」


 くるん、と髪を(なび)かせながら後ろを向いて、腰のあたりで手を組んだ。


「そうだっけ?」


「そうだよ、だってわたしの誘いに殆ど乗ってくれないじゃない」


 不満げな声で、まるで愚痴のように言っている。

 もしかして最近、色々と忙しくて遊んでいないのが不満だったのだろうか。


「……家庭教師のバイト、始めてからよね」


 なんか変な推測を始めた。


「ああ、お陰様で少しは金回りがよくなったぜ? 忙しくなったけどな」


「それは、よかったと思うわ……でも、もしかして教え子に何かしてる?」


「え?」


 顔だけこちらを向けながら、疑いの目で俺をじっとり見つめてくる。


「……いや、仲はいいと思うけど、別になにも?」


 流石に夜の峠を教え子と攻めている、だなんて大問題すぎて、いくら長谷川が相手でも会社的には同僚または先輩にあたるので言えないよな。

 というわけで、わざとはぐらかす。


「……まあいいわ、そういえばわたしの教え子だけど、笑うようになったわ」


「えっ、そうなのか?」


「ええ、ちょっと前くらいかしら、いい顔をするようになったのよ」


 長谷川の教え子というば瀬川か。

 そういえば長谷川とは微妙な関係だったと、長谷川本人の口から語られていた記憶があるが、その口ぶりだと瀬川との関係は改善された様子だな。

 少し、安心した。

 瀬川も憑き物から解放されたようで、少し気が(らく)になったのだろう。


「奥田くん、奥田くんのおかげよね?」


 長谷川は体もこちらに向けながら、右手で髪に手を触れつつそう聞いてきた。


「俺? 俺、なんかしたっけ?」


 ()いていうならバトルのセッティングは手伝ったが、それ以外はとくに瀬川に対して何かを働きかけた記憶はない。

 だけど長谷川は嬉しそうな様子で、口元が(ほころ)ぶ。


「聞いたわ、あの子にとって奥田くんはカートの先輩だったのね?」


「え? ああ、まあ同じスクールだったんだよ……先輩つっても、あいつのほうがスジ良すぎてな、俺なんか到底敵う相手じゃなかったんだけどな」


 いまだに楓ちゃんが勝ったのが信じられないくらい、あいつは凄い腕だ。

 でなければ全日本で戦えているわけがない。

 本当、どうしてあの日は勝てたんだろうと未だに思う。

 瀬川の心の迷いもあって、あの日はドライビングが乱れていたとしか思えない。


「でも迷いを断ち切ったのは奥田くんだったって、あの子嬉しそうに言ってたわ」


「そうか? 俺はただ、人生相談受けただけなんだけどな」


 間違ってはいない、公道バトルはしたけど、ある意味語り合いだからな。


「なんの話かわたしにはわからないけど、とにかくありがとうね」


 長谷川がにこやかに礼を言う。


「いや、俺そんな大したことしてないんだけとな……」


謙遜(けんそん)することないわ、奥田くんは仲を取り持ったんでしょ?」


 少し、その言葉に引っかかりを感じた。


「……ちょっと待て、お前どこまで知ってる?」


「わたしの教え子と奥田くんの教え子は幼馴染だった、けど仲違いして、長い間距離を取り合っていて、その仲を修復できるように手伝ってくれたのが奥田くん、ってところまでかしら?」


 公道レースのことは知らなそうだが、大筋の流れは大体知ってそうだな。


「完全に家庭教師の範疇(はんちゅう)は超えてるわよね」


「うっ、それを言われると(つら)いんだけど……」


「でも悪くないと思うわ、奥田くんはいい先生だと思うよ」


「そうか?」


「そうよ、わたし今になって推薦して良かったと思ってるもん」


 そう言われると嬉しいし、仕事に対してもっと真面目に向き合おうって、そんな気持ちにさせてくれる。

 それに楓ちゃん呑み込み早いから、走りも勉強も教えていて面白いしな。


「……まあ、それを言ったら俺も長谷川には感謝してる。お前が紹介してくれなきゃ、あの仕事にも教え子にも出会わなかったし、昔の後輩とだって再会することはなかっただろうしな」


 少なくとも今、こんなに充実したカーライフを送れてはいなかっただろう。

 楓ちゃんがいたからこそ、俺も楽しく車に関われているのかもしれない。

 そう、今まで上手くなったつもりでも、瀬川や天宮みたいな凄腕に打ち負かされるばかりで、せいぜい健二と張り合って、好きだけど漫然とやっているだけだった。

 だけど楓ちゃんと出会えて、あの子がとても伸びがよくて、ついつい楽しいから色々なことを教えてしまうし、今度の走行会だって楽しみなものに変えてしまった。

 自分が教えたことを、あの子は素直にフィードバックしてくれる。

 それがたまらなく面白いと、今は思っている。


「……なんだか楽しそうね、奥田くん」


「楽しいぜ、全部きっかけはお前のおかげだよ」


「それを言ったらわたしも今、楽しいわ。全部奥田くんのおかげでね」


 なに二人で上機嫌になりながら言い合ってるんだろうな。

 少し、()ずかしくなってきた。

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