ACT.7-1
ゴール地点、路肩にハザードを焚いてAW11が先頭、その後ろにヴィヴィオという形で駐車する。
先にゴール地点で待機していた健二と倉岡さんが、サイドミラー越しに走ってこちらに向かっていることが確認できた。
俺と楓ちゃんは出迎えるように、ゆっくりとクルマから降りた。
「やったな西野!! あと恵!!」
「通話の実況で聞いてたぜ、すごいドリフトだったらしいじゃないか」
まるで自分のことのように感激しながら、俺たちのことを褒め称えてくれる健二と倉岡さんに、思わずだが胸のあたりが温かくなるような気持ちになった。
それは楓ちゃんも同じなようで、表情は微笑んでいた。
ヴィヴィオの運転席のドアも開いて、そこから瀬川が、がっかりというよりは疲れ切った様子でため息を吐いて、ゆっくりとした足取りで俺たちのところに歩いてきた。
自信のなさそうな、弱々しい目つきで、楓ちゃんと見つめ合う瀬川。
「……完敗ね、私の負けです」
目をつむって、ため息を吐きながら瀬川は、はっきりと自分の負けを認めた。
「優、一つ聞いてもいい?」
「なにかしら?」
「どうして最後の連続ヘアピンで仕掛けなかったの? 優のほうが運転、上手だし、仕掛けようと思えば仕掛けられたんじゃ……」
楓ちゃんが複雑そうな表情で質問すると、瀬川は疲れ切った様子ながら、でも少し口元が緩んで牛れそうな様子になった。
「サーキットのような、えげつないことが楓にはできなかった……その気持ちの甘さと、私には非クローズドの公道が怖かった。結局、ビビったのが敗因よ」
俺の目から見ても、明らかに瀬川のほうがトータルでは速かった。
だけどそのテクニックを完璧には活かせていないとも感じたし、クルマの性能的にはこちらのほうが上だったし、何より途中で対向車が現れたことが大きかった。
瀬川は完璧なクローズドコースで育ち、そこで磨いたドライビングテクニックと天性のセンスだけで峠の走り屋に勝ってきた。
楓ちゃんは二輪時代から公道を走っていて、対向車に対しても臆さない。
なにより俺というコドライバーが居たことも、精神的にはプラスに働いた。
結局、今回のバトルは公道を走っていた時間の長さが影響したんだ。
「楓、バイクの頃からちょくちょく見てたけど……上手くなったね」
「そんなことないし……ただ、センセが横でナビしてくれたから」
遠慮がちに楓ちゃんが言うと、瀬川はくすっと笑った。
「……もう、距離を取り合うのは終わりにしよう、私が言うのもなんだけどね」
「あたしも……ていうかあたしが悪いんだから、ごめんなさい」
あの楓ちゃんが、素直に頭を下げて謝った。
信じられない、いや、でも根は素直で真面目な子なんだよな。
「頭なんか下げないで、私は気にしてない……あの時担任を殴ったのも、楓に公道をやめさせようとしたのも、結局楓のことが心配だったから、ただそれだけ」
やっぱり、瀬川がこんなことをしていた動機は、俺の予想通りだった。
瀬川優。
この子は大人しくて無表情に見えるけど、きっとお節介焼きで、心配性で、とても友達想いのいい子なんだろう。
久しぶりに会う俺がそう思うのもアレだが、素直にそう感じた。
「……先輩」
瀬川は、今度は俺に声をかけてきた。
「先輩が、楓を育ててくれたんですね?」
「育てたっていうか……俺はただ、楓ちゃんが妙に筋がいいからさ、面白がって横乗ったり他のヤツの横に乗せたりして、色々体験させただけだよ」
そう、コドライバーこそしているものの、俺から直接、楓ちゃんにドライビングテクニックを教えたことはないのだ。
かといって天宮や健二から教えてもらった気配もなく、楓ちゃんは走った経験や天宮の横乗りなどからテクニックを吸収して、着実に成長を続けている。
それだけのこと。
それだけのことなのに、瀬川にも通じるセンスの良さで急成長している。
境遇こそ違えど、瀬川と楓ちゃん、この二人は似たようなドライバーだ。
「今度は、先輩とも走ってみたいですね……サーキットで」
「冗談言うな、お前に勝てるわけねえだろ……でも、俺も楓ちゃんも、今度自動車部の活動で本庄サーキット行くんだけど、お前も来るか?」
つい、なんとなく、勝手にだけど、誘ってしまった。
なんとなく瀬川がいたほうが、楓ちゃんの成長にプラスするような気がして。
「えっ、でも自動車部って……」
「倉岡さん、いいですよね?」
「ああ、構わないぜ。オレもお嬢ちゃんと走ってみたいしさ」
「優、あたしも優に来てほしい……色々運転、教えて?」
そう言われた瀬川の目が、少し涙で潤んだような気がした。
「……っ、ありがとうございます、ぜひ……走りたいです」
その答えを聞いた楓ちゃんは微笑んで、俺も健二や倉岡さんと顔を合わせて、声を漏らしながら笑った。
今年の夏は、凄い夏になる。
そう予感した俺は、次の走行会が楽しみでたまらない気持ちになった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
今日は大学も最終日、この日のテストを乗り切れば長い夏休みが始まる。
そのテストの感触は楓ちゃんにデカいことを言いながら微妙だったが、そんなことを気に病むのはやってる途中だけで、終了の合図と回収の後は単位の心配をしつつも、結局クルマのことばかり考えてしまうのが走り屋の悪い癖である。
最後のテストを終えて、机に突っ伏した俺の肩を誰かが指先で突いた。
「お~く~だ~くん」
聞きなれた、なんとなく癒される声。
「俺はもう燃え尽きた……他を当たってください」
「え~、今日は奥田くん、バイトないんだよね?」
「ないのでテストを忘れに健二でも誘ってドライブに行こうかと」
アイツのシフトは知らないけど、暇だったら拉致して本栖湖で富士山でも眺めようかと思っていた。
今日は天気もいいから、車並べて写真でも撮ったら絵になりそうだし。
「……じゃあ、わたしとドライブしよう?」
「えっ?」
思わず長谷川のほうを見てしまう。
不自然なくらいにこやかで、なにを企んでいるのか警戒してしまうレベルだ。
「ほら、堀内くんと行ったら二台でしょ? 話し相手、いたほうがいいわよね?」
まあ確かに、車好きの悪い癖でドライブの時は何故か一人一台で、会話をするのは降りた時だけだというのはあるよな。
一般人の長谷川からしたら理解しがたい感覚だろう。
でも、たまにはいいか。
同じ学部だし、愚痴りながらドライブに行っても。
「……どこ行きたい? 金無いから、高速乗るのは無しな」
「いいよ、高速料金くらいわたし出すもん」
「……マジで?」
「マジです」
それはちょっと助かる、なんなら行先は長谷川に任せてもいいかもしれない。
俺とは違う価値観で選んでもらったほうが、ある意味気晴らしにはなるか。
「じゃあ、どこ行きたい?」
「う~ん……夏だし、行ったことないから江ノ島?」
「江ノ島? ……まあ、高速使えばそんなに時間かからないか」
「だよねだよね、夕焼け綺麗そうだし」
珍しくテンション高めに長谷川がはしゃいでいたので、どうやら本当に江ノ島には行ったことがないらしい。
かくいう俺も無い、神奈川は混んでそうな印象なので敬遠してしまう。
ついでに今日は土曜だから、帰りに峠を通れば走り屋が見れるかもしれない。
「じゃあ行くか、健二に連絡……ん?」
スマホをポケットから取り出すと、健二からの通知が来ていた。
今日バイト終わったら御岳行くか、という内容であった。
……てか、今日バイトかよあいつ。
「どうしたの?」
「いや、健二バイトだってさ」
「あ、そうなんだね……しゃっ」
なんか一瞬、嬉しそうに見えたけど気のせいだろうか。
まあいいや、どうせ健二が忙しいなら長谷川とドライブでもしよう。




