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STREET GIRL  作者: 仁木夕張
御岳最速編
30/51

ACT.6-4

 ラーメンを食い終えた俺たちは早速、愛宕山へ向かう。

 昼間は交通量も多いこの道だが、夜になると一般車の数も減り、そして今日は週末ということもあって走り屋も少しずつ、台数がちらほらと増えてくる頃だろう。

 中間地点の広い駐車場に移動して、車を並べて駐車する。

 倉岡さんは自動車部から積車のボンゴバンに工具を積んで、ついてきた。


「……約束の時間まであと二時間か」


 俺がそうつぶやくと、ボンゴバンから降りてきた倉岡さんが、楓ちゃんのほうに向かって歩いた。


「西野さん、とりあえず五本くらい走ってきて、パッドのアタリ見るから」


「……わかりました、センセ、横乗って」


「了解した」


 楓ちゃんと同じタイミングで助手席に座って、手際よくシートベルトを()めたら楓ちゃんは早速、AW11を発進させてコースへ飛び出した。

 特にこれといってナビらしいことはしていない。

 むしろ俺に出来ることといえば、対向車の有無を教えることくらいだろう。

 それだけ、楓ちゃんは愛宕山に関しては慣れているということだ。

 横に乗っていて感じたことは、流石に二年間走り込んでいただけあって、理想的なラインを理想的なタイミングで操作しながら理想的なペースで流していくこと。

 一本目、二本目とほぼペースを変えず、ストップウォッチを見るとタイムを(そろ)えようとしているのか(うたが)わしいくらい、せいぜい一秒差前後でプラクティスを順調にこなしていった。

 上手い。

 そして速い。

 瀬川が楓ちゃんはバイクで愛宕山最速を誇っていたと言っていたが、まんざらデタラメではなさそうだ。

 本当にこれは、愛宕山(ここ)を走り込んでいる人の走りだった。

 さらに上乗せするように、楓ちゃんのドライビングテクニックは、着々と走る回数を重ねるたびに上達していくのを感じる。

 まるで今日の勝負、なんとかしてくれるのではないか。

 そう期待させてしまうほど、楓ちゃんは安定した走りで五本を走り終えた。

 ゆっくりと駐車場に入ると、三人が出迎えてくれた。


「すごかったよ~楓ちゃん、上手くなったね!!」


「外から見てて驚いたぜ、流しなのはわかってるけど良かったよ」


 天宮はぴょんぴょん飛び跳ねて感激しながら、健二は嬉しそうに楓ちゃんの練習走行を褒めた。

 それを聞いていた楓ちゃんは、気恥ずかしいのか少し赤面していた。


「驚いたな、納車されてからそんなに日が()ってないのに……」


「どうです、倉岡さん? 四輪に転向してから二ヵ月くらいですよ」


「オレもセンスのあるヤツは過去に何人か見たことあるけど、そいつらと比較しても西野さんほど伸びるヤツは(まれ)だな……全くいないわけじゃないけど」


 いくら()れたコースとは言っても、やはり倉岡さんの目から見ても楓ちゃんの成長ペースは早いようだ。

 つまり今夜のバトル、天才と天才のぶつかり合いということか。

 瀬川優は才能でのし上がってきた女子高生カートレーサー。

 西野楓は天性のドライビングセンスで腕を上げてきた峠の走り屋。

 そう考えると今夜のバトル、燃えてくるものがある。


「……なんだか、走り屋が集まってきたな」


 以前ギャラリーをした際に見覚えのあるクルマが何台か(あつ)まる。

 その中には卓司という男のMR-Sもいた。

 MR-Sから降りてきた卓司という男は、こちらに近づいてきた。


「見てたぜ、そこのAWが流してるの……やる気か、アイツと?」


 卓司という男が、楓ちゃんに緊張した様子で質問する。


「……やりますよ、どこまで通用するのか試したいので」


「そうか、二輪じゃお嬢ちゃんは最速だったからな……頼んだぜ」


 そう卓司という男が楓ちゃんに(たく)したところで、独特のエンジンサウンドが夜の愛宕山にこだまする。


「来たぞー!! 例のヴィヴィオだ!!」


 走り屋の一人が大声で叫んだ。

 来たか、ヴィヴィオは徐行しながら駐車場内を走行し、楓ちゃんのAW11の近くでブレーキを()んでゆっくりと停車した。

 エンジンをかけたまま、ライトをポジションに減光し、運転席のドアがゆっくりと開けられる。


「……優」


「楓、どうする? 練習するならしてきてもいいけど」


 まるで楓ちゃんを心配しているように、なぜか瀬川はそう気遣う。


「別に、練習の必要ないから、さっさと始めよう」


「……ルールは、そっちで決めていいよ、なにかあるの?」


 まるで自分には余裕があるから、たとえ不利な条件を突きつけられても問題ないと言わんばかりの態度である。

 瀬川には相当の自信があるようだ。


「ここは道幅が狭いから、先行後追い方式で決着がつくまで繰り返す」


「なるほどね? ……いいよ、ポジションは? そっちで決めて?」


 本当に余裕を感じる。

 楓ちゃんなど敵ではない、そういう風に受け取れる態度だ。


「……楓ちゃん、どうする?」


 難しいところだ。

 道に慣れている部分は楓ちゃんにアドバンテージはあれど、先行したところで恐らく技量は相手のほうが上だ。

 かといって後追いでついていける保障もない。

 どっちを選ぶか、楓ちゃん。


「……センセ、後追いにしようと思う」


「後追い……?」


 作戦はあるのだろうか、至極まじめにそう答えらた。


「いいよ、じゃあ早速始めようかしら?」

 

 そう言って余裕そうに笑いながら、瀬川はヴィヴィオに乗り込んだ。


「西野、お前正気か? このルールじゃ先行のほうが有利だろ?」


「いや健二、そうとも言えないぞ……ちなみにどうして後追いを選んだ?」


「別に、ただ後ろから張り付かれるのが嫌だから」


 なるほど、でも理にかなってはいる。

 基本的にこういう追いかけっこをしている場合、前を走る時のプレッシャーはとてつもないものだからだ。

 瀬川のようにレース経験のある人でさえ、プレッシャーに負けて一瞬の(すき)が生まれることがあるんだ。

 増してや楓ちゃんは素人。

 なら尚更、いいメンタルを保てる作戦を取ったほうがマシだろう。


「それじゃあ墓地まで下るから、駐車場からロケットスタートね」


 瀬川はそれだけ言うと、ゆっくりとヴィヴィオを走らせ始めた。


「センセ、横乗って」


「わかった」


「あたしもついていくよ、カウント取るから」


「天宮……頼んだわ」


「なら俺と倉岡さんはゴール地点行ってるぜ」


「頼んだぜ、健二」


 それぞれの役割が決まったところで、俺は楓ちゃんのナビシートに座る。

 楓ちゃんがAW11を発進させたところで、天宮もそれに合わせて後ろからピタリと一定の車間でついてくる。

 考えてみたら、楓ちゃんにとってはこれが初めてのマトモなバトルか。

 はっきり言って、今までの相手は雑魚ばかりだった。

 しかし今回は違う、誰もが強敵だと言わざるを得ない凄腕が相手だ。

 正直負けたっていい。

 負けても天宮が保険をかけてくれるのと、楓ちゃんにとっても上手い人と走るということはプラスになるハズだ。

 ただ無理だけはしないで欲しい。

 そう助手席で願いながら、走行を続けた楓ちゃんはスタート地点に到着。

 既に駐車場には瀬川が待機していた。

 AW11が通り過ぎたところで瀬川は道路に車を出して、ハザードを()いて停車したので、楓ちゃんはAW11を転回させて、その後ろに停車した。

 ヴィヴィオから瀬川が降りて、AWのウインドウをコンコンと叩く。


「そっちはコドライバーがいるのね?」


「……悪い?」


「いいよ、それくらいのハンデ、無かったら勝負にもならないから」


 そう言い残して瀬川は颯爽(さっそう)とヴイヴィオの運転席に戻って行った。


「……随分余裕だね、優」


「楓ちゃん、無理はするなよ?」


「わかってる、センセはナビよろしく」


「わかった、お前は運転にだけ集中してくれ」


 こくりと頷くと、そのタイミングで天宮がヴィヴィオの斜め前に立つ。

 いよいよ、スタートの瞬間である。

 前のヴィヴィオも、そして楓ちゃんも、アクセルを(あお)る。


「カウントいくよ~!! 5秒前、4、3、2、1……」


 緊張が走る中、サイドを引いたまま一定回転数を(たも)つ。


「GO!!」


 前のヴィヴィオも、そして楓ちゃんも、ロケットスタートを上手く決める。

 リアタイヤの悲鳴、更けあがる4A-GE、ぐわんとかかる加速G。

 立ち上がりの加速は三速以降、伸びはややこちらが有利。

 いくらヴィヴィオが過給(かきゅう)されているとは言っても、やはりチューニングされた1.6リッターのスーパーチャージャのほうがパワーでは(まさ)るようだ。

 緩やかなコーナーを超えて、眼前に迫る第一ヘアピン。

 ここからが本番だ。

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