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STREET GIRL  作者: 仁木夕張
走り屋デビュー編
2/51

ACT.1-1

 むーんと言う効果音が似合いそうな、濃厚な(かお)りが鼻孔に侵入してきた。


「うーん、いただきます……」


 静かに両手を合わせて割箸を割る、そして湯気たつ白米を豪快に(むさぼ)る。

 山梨県内唯一の国立大学である甲府(こうふ)大学には、学生食堂と学生生協が完備されており、学食では生協クーポン券を使えば食事が割引で購入できるシステムがある。

 この貧乏人の味方とも言うべきシステムを利用して、俺は究極のコスパ飯を開発した。


「うまい、バーベキューソースかけた()き立ての白米は……」


「……ってソレ、バーベキューソースかけただけのご飯だけだよね? おかずは?」

 

 落ち着きのあるとても良い声が聞こえる。

 目線を向けた先にはかなり可愛い顔の女がいた。

 長い黒髪で、目は切れ長。鼻はほんのちょっぴり丸くなっていて、可愛い系の顔を引き立てる肌や体系は最早モデルでも通用する完璧な容姿。

 こんな可愛い子と向かい合って食事を取っているけど、残念ながら俺に彼女はいない。

 目の前の長谷川(はせがわ)静歌(しずか)とも恋仲では決してない。

 ただ学部が同じで、ゼミも同じなだけ。


「おかず? そんなの食う金ねーよ、タイヤ代貯めなきゃいけないから」


「また車にお金使ってるの? そんなのお金無くなくなるに決まってじゃない……」


 呆れた顔で溜息を()く彼女から目をそらす。


「奥田くん、タイヤっていくらするの?」


「タイヤ? 物によるけど、シルビアだとだいたい四本で六万とか、その辺かな?」


「ええーっ、そんな高いものがたったの数回で無くなっちゃうの!?」


 長谷川にタイヤの寿命スパンなんて教えた覚えはないが、結構的確な期間を言い当ててきたことに少し(おどろ)きを感じている。

 免許は持っているらしいが、車には一切興味のない女子大生のコメントである。


「そんなもんだろ、攻めるとタイヤなんてすーぐ無くなるんだぜ?」


「……攻めなきゃいいだけの話じゃないかしら?」


 呆れ顔でそれを言われると結構つらいものなんですが……。


「しょうがねえだろ、楽しいんだもん」


「攻めるって、そんなに楽しいことなの?」


「ああ楽しいね。ハッキリ言って、富士鉄(ふじてつ)ハイランド行くより楽しいね」


「ええーっ? 絶対わたしは富士鉄ハイランドのほうが楽しいと思うんだけど……」


「健二や天宮にも同じこと聞いてみろよ、絶対同じこと言うから!!」


「智咲ちゃんはそんなこと絶対言わないわよ、堀内くんは言うかもしれないけど」


 あの二人とも面識のある素振りで話す長谷川は、何を隠そう俺や健二たちと同じ高校の出身。

 最も高校時代に交流があったわけではなく、俺と健二と天宮が同じグループで、長谷川は生徒会会長も務めた優等生だが、大学に入って同じ高校出身ということで俺たちと(から)むようになった。

 今じゃ滅多にそんなことは思い出さないが、そういえば高校時代は長谷川とあまり話をしていなかったことを思い出す。

 同じクラスだったので、事務的な会話は数回したと思う。

 でもそれ以外の思い出が一切ない。

 今では大学では俺と毎日のように食卓を並べ、天宮とは非常に親密な仲だというのに。


「……どうしたの、奥田くん?」


 上の空だった俺を心配するように、長谷川が身を乗り出してくる。


「いや別に、金ねえなあと思って」


「そうよね、お金ないからって昼食代ケチっちゃうような人だもんね」


 そうブツブツ言いながら、長谷川は自分が頼んで定食に乗っていたレタスを数枚、俺のご飯の上に乗せてきた。


「お、サンキュ」


「はいはい、ちゃんと野菜食べてください。そのうち栄養失調で死んじゃうわよ、奥田くん」


 続けてミニトマトを一個、レタスの上に重ねてくる。

 ……どうでもいいけど、バーベキューソースにミニトマトって合わなくね?


「……ねえ、奥田くん」


 最後にツナを乗っけてきたところで、突然長谷川に名前を呼ばれる。


「どうした、なんか悪趣味な盛り合わせだぞ……?」


「そうじゃなくって、奥田くん……アルバイト、する?」


「はあ、バイト……?」


 バイト、それは非正規という雇用形態の(もと)で企業側が設定した賃金を、働いた時間分だけ貰うというありふれた行為。

 当然金が無く、何もしなくてもシルビアの維持費を吸い取られる俺は毎月バイト三昧。ガソリンスタンドのアルバイトをメインに、短期でイベントスタッフや引っ越しの手伝い、新聞配達、警備、配送、工事現場の誘導など、およそインターネットに掲載されているアルバイトの多くはこなしてきた。

 正直、今ちょうど新しいアルバイトを探そうとしていたところだが……。


「うん。いつも学外で忙しそうな奥田くんでも、時間作って出来そうなバイトよ?」


「おっ、マジか。んで、それどんなバイト?」


「うん、家庭教師」


「家庭、教師……?」


 定番中の定番やんけ、ていうか短時間で出来るバイトって時点である程度絞れはしますが。


「わたしもやっているんだけれど、ちょうどわたしが登録している会社が募集かけてて……ほら、ここの登録フォームでちょちょいと送るだけで、登録が完了するから」


 などとセールスレディみたいなことを語りながら、家庭教師のファィトと書かれた登録フォームを表示させたスマートフォンの画面を見せつけてきた。

 いきなりその画面見せられてもな……。


「ほーん。で、待遇いいの?」


「どうなんだろう、わたしは長くやってて実績重ねたから、時給二千円くらいだけど」


「に、二千だとぉーッッッ!?」


「ひゃあ!?」


 俺の大声に驚いたのか、長谷川さんは目を大きく見開いて素早く飛びのいた。


「おいマジ、二時間教えれば四千円だろ!? お前、一回でハイオク二十五リッターは入るぞ!?」


「ちょ、落ち着こうよ奥田くん!! わかったから、興味津々なのはわかったから!!」


 長谷川に(さと)されて一呼吸を置くことにした俺は、冷静になって考え直してみる。

 ……二千円って、ちょっと貰いすぎじゃね。


「けどよ、ホントにそんな貰えるのか?」


「貰えることは貰えるけど、その分責任も重大なのよ? 結果が出せなきゃ即クレームだし、教え子や保護者とだって相性が必ずしも良いわけじゃないんだし、いつクビになってもおかしくはないの」


「ああ、なるほどなぁ」


 恐らく最初に教師と保護者と教え子との間で面接はするのだろうが、その面接だけでは分からない部分というのも当然あるわけで、そこから少しずつ不満が(つの)っていく、みたいなことはありえるな。

 それに向こうは子供の将来かかっているわけだから、そら金稼ぎだからって始めたところで、結果が出せなけりゃ「テメーはゴミだ」と言われても仕方は無いだろう。

 そう考えると家庭教師、意外とハードルが高いので高給で当たり前な気はしてきた。


「…………。」


「奥田くん、どうする? もしやるなら紹介するけど……友人紹介制度でお金貰えるし」


 なんか最後のほう、消えそうなほどの小声で本音を言っていたような……。


「……よし、やる」


「ほんと!? ……やった、三千円ゲット」


 いま絶対本音言ったよね?

 とても純粋な笑顔とは裏腹に心はとてもブラックですよ、長谷川さん。


「ぶっちゃけ金欲しいしな、新しいタイヤ買う金無いから」


「そっかそっか、じゃあ友人紹介からの登録フォームLINEで送るわね?」


 友人紹介制度により、賞金が貰えるからなのか知らないけど、とても張り切った様子で手際よく長谷川はURLを送り付けてきた。

 登録フォームを開き、開示を求められた情報を適当に穴埋めしていく。

 へえ、得意科目だけでいいんだ。なら俺にも全然、(つと)まりそうですね。


「おっけ、登録できたぜ」


「ありがとう、奥田くん!! ……三千円入ったら今流行ってるらしいウィッグのお店いこ」


「…………。」


 素直に喜んでいいのかわからないな、小声だけどしっかり聞こえてるんですが。

 まあいいや、とにかく資金難は少しだけ解消されそうなので、たとえ欲望に(もと)づいた勧誘だったとしても長谷川には感謝しておこう。

 初出勤はいつだろうかと考えながら、俺は残りのご飯を(むさぼ)った。

 ……バーベキューソースとミニトマト、絶望的に合わねえ。

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