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STREET GIRL  作者: 仁木夕張
愛車編
19/51

ACT.4-1

 なんてことのない、いつも通りの日々が()ぎていく。

 火曜日と金曜日は楓ちゃんに勉強を教えて、時々楓ちゃんを横に乗せて御岳を走ったり、あるいは楓ちゃんがキャリイを()りて御岳を走ったり、健二や天宮たちといつも通りに走ったり、大学では長谷川といつも通り過ごしたり。

 家庭教師を始めてから続いている、変わらない日常。

 だけど、今日から少しだけ、変わらない日々が変わっていくかもしれない。

 今日は、倉岡さんが運転する積車に俺も乗っていた。


「すいません、なんか手伝ってもらっちゃって」


「いや、いいだよ。しかしお前の教え子、いい趣味してるよなぁ」


「そうですか?」


「だってAW11だぜ? 普通、いくら車好きでも女の子は買わないだろ」


 確かに、S15シルビアやRX-7あたりは女の子にも人気があるが、AW11を好んで買う女の子は居ないかもしれない。

 そう言われると気になるよな、楓ちゃんがあのクルマのどこを気に入ったのか。


「んで、この辺だっけ?」


「はい、あそこにカフェの看板あるじゃないですか、あそこです」


「了解、奥田、後で積車のガス代は払えよ」


「わかってますよ……」


 痛い出費だが、積車貸してもらっているんだから文句は言えない。

 楓ちゃんの家の前で積車を停車させると、早速、倉岡さんはAW11を降ろす作業を始める。

 一方の俺はインターホンを鳴らした。


『はい』


「あ、奥田です。楓さんのクルマ届けに来ました」


『……え、センセ?』


 ……あれ、楓ちゃん本人か?


『今いく』


 そう一言だけ言って音声が途切れると、すぐにドアが開かれた。


「センセ、クルマは?」


 待ち遠しい、今すぐ見たい、そんな様子であった。


「奥田~、降ろし終わったぜ!!」


 倉岡さんの声に反応し、楓ちゃんもその声のほうを見る。

 その目線の先には、綺麗に洗車されて、ついでにオヤジの厚意(こうい)で小傷等を綺麗に板金したAW11の姿があった。

 ()いていたホイールも薄汚れていたので、洗って元の白さを取り戻していた。

 新車と遜色のない(かがや)きを取り戻したAW11が、そこにはあった。

 感極まったのか、楓ちゃんはAW11のもとへ走っていった。


「……これが、あたしのクルマ」


 楓ちゃんはAW11の前で立ち止まって、まじまじと愛車を見つめている。


「楓ちゃん、これ」


 俺は、楓ちゃんの横に並んで小包を差し出す。

 それを受け取った楓ちゃんは、無言のままその中身を取り出す。

 TOYOTAと刻まれた、マスターキーを見た楓ちゃんの口元が(ほころ)んだ。

 張り切った様子で運転席に乗り込んで、シートポジションを(ととの)える。

 そしてキーを差し込んで、エンジンを始動させた。


「~~~っ!!」


 嬉しそうに、ステアリングを握る。


「センセ、動かしてもいい?」


「もちろん、慣らしがてらそこらへん一周してきたら?」


「……うんっ」


 そう返事をして、シフトノブを一速に入れて、サイドブレーキを上げたままクラッチペダルを徐々に上げていく。


「……なんか、違う」


 ブルブルと、ミートする。

 初めて味わう感覚、この瞬間は実際に半クラッチにしてみないとわからない。


「強化クラッチが入っているらしいから、キャリイのものより少し重いかもしれないけど、まあ楓ちゃんならすぐ慣れるだろ」


 一応、アドバイスだけはしておく。

 楓ちゃんはサイドブレーキを降ろし、今度こそゆっくりとクラッチを繋いだ。

 徐々にアクセル開度を強めていって、AW11は甲高い4A-GEサウンドを響かせながら、少しぎこちのないシフトチェンジで遠ざかっていく。

 それにしても、いい音だ。

 NAともターボとも違う、独特な感じだ。


「いい音してるなぁ……そしてお前の教え子、結構いい踏みっぷりだな」


「アイツ、アレでいい腕してるんですよ」


「シフトアップはちょっとぎこちなかったけど」


「初めての車だからでしょ、すぐ慣れると思いますよ」


 それからしばらくして、今度は反対方向から独特なサウンドが響いてきた。

 もうAW11のシフトフィーリングには()れたのか、今度はキッチリと回転を合わせながらブリッピングしつつ、減速して俺たちのちょうど横くらいで停車した。

 予想通り、慣れるのが早い。


「どうだった?」


 ニュートラルに入れてサイドブレーキを引き、車から降りてきた楓ちゃんに感想を求める。


「……なんか不思議な感じだった、いつも乗ってる軽トラとは全然違う」


「へぇ、どんな感じで?」


「どんな感じって言われても……なんか吸い付くような俊敏に曲がるような」


「それはミッドシップだからじゃないかな。ミッドシップは頭の向きを変えやすくて、回頭性に(すぐ)れているんだ。その分ピーキーだから乗りこなすのは大変だけど……」


 前後重量配分に優れていて、なおかつフロントが軽いので、クイックに(まが)がることができるのがミッドシップの利点だが、反面そのバランスの良さが(あだ)となってタイヤのグリップ感の変化が大きく、シビアな荷重移動を求められる。

 要するに、テクニックがないと乗りこなせないわけだ。

 だけど楓ちゃんは基礎ができているから、走り込めば慣れるかも。


「……気に入った、センセ、さっそく今夜走りにいこ。あたしのMR2で」


「おう、いくらでも練習に付き合ってやる」


 愛車を目を輝かせる楓ちゃんと、そう約束した。


「……なんか俺、完全に蚊帳の外のような」


 後ろでそんな、倉岡さんの(なげ)きが聞こえたような気がした。

 それから俺はガソリンスタンドのアルバイトをこなして、終業時刻の二十時を少し過ぎた頃、バイト仲間と施錠(せじょう)をして外に出た時、その音は徐々にガソリンスタンドに近づいてきた。

 ガソリンスタンドの前でハザードを()いて、白のMR2が停車する。

 バイト仲間たちがざわめく。

 もう終業時刻なのに、まさか変な客じゃないだろうかと思ったんだろう。

 そんなバイト仲間たちをよそに、俺はそのMR2に近づいて、助手席のドアを()けて乗り込んだ。

 いつものスウェットにパーカー姿の楓ちゃんが、ステアリングを握っていた。


「ナイスタイミングだったな、ちょうど仕事終わったところだよ」


「でしょ、終業時刻調べたら今くらいかなと思って」


 そう自信満々に話す楓ちゃんは、丁寧にクラッチを(つな)いでMR2をゆっくりと発進させた。

 流石、もう街乗り領域ではすっかり()れた様子だ。


「今日は一日中、走ってたのか?」


「……ちゃんと勉強してたし」


「そ、そうか……でも走ってたんだろ?」


「まあ、センセ迎えに来る前にちょっとだけ」


 歯切れ悪く、そう答える。

 別に隠さなくてもいいのに、そもそも運転を見ていたらわかることだ。


「センセ、今日はS14乗ってきてないの?」


「そのまま倉岡さんに積車で送ってもらったからな、それにお前のクルマに横乗りするみたいな流れだったし」


 流石に今日は、一人で走らせるのはちょっと怖いと思ったので、慣れるまでは横に乗っていようと思った次第である。

 しかし破綻(はたん)するような領域ではないとはいえ、楓ちゃんは初めて乗るクルマとは思えないくらいスムーズな運転で、着実に御岳を目指して走行を続けた。

 そして御岳に入ってからも、楓ちゃんはまるでMR2のフィーリングを楽しみながら、その挙動をチェックするかのような軽く流すペースで走行した。

 気のせいか、前より上手くなったような。

 元々センスはあると思っていたし、免許取り立てとは思えないくらいのテクニックはもっていたけど、さらに磨きがかかっていて、乗っていて安心感を感じさせる走りだった。

 ていうか、段々とペースを上げてきている。


「おっ……とっと!!」


 コーナーで滑り気味のところを、巧みなステアリング操作で持ちこたえる。

 (すご)いな、下手したら事故っていたかもしれないのに、よく立て直した。


「……だいたいわかったよ、センセ」


「え、なにが?」


「フロントが軽いから上りだとアンダーになりがちなんだね、それと……なんとなく、限界かなっていう僅かな前触れ、(つか)めたような気がする」


「ま、マジかよ……?」


 運転席でMR2をいきなり結構なペースで流しながら、淡々と語る楓ちゃんの姿に俺は驚いて口があいたまま(ふさ)がらなかった。

 こんな短時間で、ちょっと流しただけで、そんなにすぐ分かるものなのか。


「ここらへんかな……スピンしない限界点は」


 そう呟きながら、ペースを上げつつコーナーでの感触を掴んでいく楓ちゃん。

 そうか、楓ちゃんの応用力の速さは、軽トラでの運転に慣れているからだ。

 軽トラもリア駆動で、なおかつ非力ながらも挙動がピーキーな車だ。

 特にミューの低い路面においては四駆では曲がらない、二駆は常にスピン状態との戦いで、ちょっとした荷重移動でピーキーな挙動が現れるという意味では、MR2との共通点もある。

 とはいえ、MR2ってもっと運転難しいような気がしなくもないが。

 単純に楓ちゃんのセンスが俺の理解を超えている、ということなのだろうか。


「楽しい、この子……すごい素直じゃん」


 とても面白そうにAW11を操る楓ちゃん。

 次第にその動きも速く、そして限界を超えそう、と思いきやギリギリのところで上手いことコントロールしていく。

 面白い、ますますこの子に色々なことを教えたくなってきた。

 もっと色々な経験をさせてあげたくなってきた。

 今日はとことん、走り込みに付き合ってあげようと、柄にもなく思った。

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