ACT.3-6
アルバイトを終え、約束通りに御岳の麓へクルマを転がした。
平日の夜ということもあって、まだ深夜帯ではないものの、すれ違うクルマはせいぜい地元住民が一台程度。
麓の駐車帯に到着すると、佐藤さんのノーニスと、白のER34が並んでいた。
このER34も、よく見知った人だった。
「よう、すぐ分かったぜ」
S14から降りると、眼鏡をかけた少し顎の目立つ男が声をかけてきた。
「今村さん、お久しぶりです」
「今日は佐藤のノーニスのシェイクダウンだって聞いてな、さっき一本流してきたんだけど、結構速いぜ?」
今村さんは、嬉しそうにノーニスの感想を言っていた。
佐藤さんと今村さんは同じ販売店で、同期で、そして走り仲間で、よく二人で一緒になって走っているので、前の12SRの戦闘力も十分に知っているはずだ。
ということは、今度のノーニスは相当、仕上がっているということか。
「んじゃ、オレはテキトーに流してくるから、あとは奥田と遊んでな」
そう言って今村さんはER34に乗り込んだ後、ホイールスピンをさせながら豪快に発進させた後、サイドターンで回ったあと、ド派手なバックタービン音を響かせながら御岳の山を上っていった。
「相変わらずですね、今村さんは」
「ホントだよ、アイツの34何馬力出てるんだって感じだぜ」
外装はユーラスのフルエアロ、中身はRB26に載せ替えてチューニングしたモンスターマシンで、よくあの車で通勤して怒られないなと思ってしまう。
最も、それは佐藤さんのノーニスにも言えることだけど。
「……さて、俺たちも軽く一本流すか」
「ですね、どっち先行します?」
「どっちでもいいけど……んじゃ、俺が先行しようかな」
「わかりました」
そう取り決めてS14に乗り込み、佐藤さんがノーニスを発進させたタイミングを見計らって、俺もその後ろについて、ゆっくりローリングする。
佐藤さんはハザードを焚きながら、ゆっくりと走行する。
ハザードが消された瞬間が、スタートの合図である。
緊張感で胸が張り裂けそうになる中で、その瞬間が訪れた。
一気にアクセルを開け、佐藤さんのノーニスは怒涛の勢いで加速する。
負けじと俺も、S14のブーストを効かせて追走を試みる。
まあ、はっきり言ってストレートは余裕だった。
上り、しかも相手はチューニングしてあるとはいえ、テンロクのNA。
こちらはライトチューンとはいえ、250馬力。
確かにテンロクNAにして速いほうかもしれないが、はっきり言ってSR20DETの敵ではない。
しかし。
「うおっ、コーナー速いなぁ……」
ブレーキランプが一瞬灯ったと思いきや、瞬く間にノーニスはコーナーを抜けて、既に立ち上がり加速を始めていた。
まるでワープしているかのように錯覚するコーナリング、速い。
純正では、確か装着されていなかった機械式LSDを導入したのか、佐藤さんのノーニスは想像を遥かに上回るペースで旋回していく。
立ち上がりが速い。
それでも長いストレートが続けば差は縮まるが、タイトめのコーナーが続くセクションでは置いてかれてしまう。
この感覚、天宮のレビンと走っている時と似たような感じだ。
だけど上りだぞ、こっちは向こうより遥かにハイパワーなんだ。
それなのにコーナーが続くと苦しくなるのは、ドラテクの差か、それとも足回りやタイヤの差なのか。
どちらにせよ、佐藤さんのノーニスは速い。
ノーマルでは12SRと大差ないか、下手をすれば12SRのほうが速いくらいなので、ノーニス自体はそこまで速いクルマじゃないはず。
それだけ、佐藤さんのドラテクとチューニングのレベルが高いってことか。
高速セクションではベタ付けできたものの、頂上付近の中低速セクションでも、佐藤さんのノーニスはFFとは思えないくらい曲がっていた。
パワーがある分、こういうところの立ち上がりはS14に分があるか。
しかし上りでこれだけパワーの差を埋める走りが実現できるとは、もしかしたら本当に天宮のレビンに佐藤さんは勝ってしまうかもしれない。
上りのゴール付近に到達して、ハザードを焚いた佐藤さん。
そのまま転回して、ゆっくりローリングした後、ハザードを消して全開で立ち上がって、今度は下りが始まる。
速い。
進入スピードも速いし、コーナリング自体もクイックで、何より立ち上がりのスピードが天宮のレビンより速い気がする。
コーナーが続くと、ついていくのが苦しい。
それでも全開ではなく、マージンを残しているのはハッキリわかる。
走りに余裕があるのは、後ろから見ていれば嫌でも伝わってくるものだ。
「これで軽く流してるレベルかよ……」
はっきり言って、12SRに乗っていた頃より速い。
何故だ、あっちのほうが12SRより重いし、パワーだってお世辞にもあるほうではないはずなのに、それでも佐藤さんは猛然と御岳の下りを攻めていく。
ブレーキのリリースポイントも完璧だ。
なんとか踏ん張ってハイスピードセクションまで持ちこたえたが、後半のテクニカルセクションでコーナーが続くと、再び遅れをとってしまう。
手強い。
感覚的には、天宮を相手にしている時と大差がない。
ゴールに到着する頃には、全開で踏んでいたにも関わらず立ち上がりでついていけずに、クルマ数台分の車間が空いていた。
ハザードを焚いて駐車帯に入る。
佐藤さんのノーニスの横に、俺もS14を停めた。
運転席から降りると、佐藤さんもゆっくりと降りて、俺のほうを向いた。
「……どうよ」
少し嬉しそうに、佐藤さんは感想を求めてきた。
「すごいですね……ベースを考えたら、こんなに速いとは思えないんですが」
「そう、どこか詰めが甘いクルマだったんだけど、ポテンシャルさえ引き出してやればこの仕上がりだ」
エンジンも明らかにノーマル以上に吹けている感じだったし、コーナリングスピードだって安定して速い仕上がり。
確実に、前の12SRを超える走りを実現していた。
「んで、お前んところのバカっ速いレビンの子、いつヒマなんだ?」
「さあ、それはわからないですけど……予定聞いてみないと」
「悪いけど、聞いといてくれないか? 条件はあの子が得意な御岳の下りだ」
天宮が引き受けるかどうかはさておき、佐藤さんの表情は真剣そのもの。
というか、打倒天宮のためにノーニスを仕上げたようなものだ。
俺にもこの人には恩があるから、頼みを断ることはできない。
「いいですよ、後でLINEしときます」
「サンキュー、いい答えを待ってるぜ」
そう格好よく言い残した佐藤さんは、ノーニスに乗り込もうとした。
「あ、そうだ」
何かを思い出したかのように立ち止まって、俺のほうを向いた。
「奥田、お前、彼女できたってマジか?」
「……は?」
なに言ってるんだ、この人。
「……いえ、彼女はいないですけど」
「そうなのか? 金髪の女の子連れ増してるってもっぱら噂だぜ?」
佐藤さんはニヤニヤしながら追及してくる。
もしかして、S14に楓ちゃんを乗せているところを見られたか。
でも彼女って言うのもアレだし、教え子だって答えるのはさらにまずい。
「いや、あの子、従妹ですよ」
咄嗟に思いついた嘘だけど、アイデアがこれしかなかった。
「なんだ、従姉か……まあいいや、じゃあそういうことで頼んだぜ」
がっかりした様子で佐藤さんはノーニスに乗り込んで、エンジンをかける。
ゆっくりと発進させて、静寂を切り裂く気持ちのいいサウンドを響かせて、夜の御岳を後にした。




