真夜中の出陣
「では、これからミネラ守備隊との合同作戦会議を始めます」
以前の大広間に机を用意し、それを囲むようにして私たちアスカロンとミネラ守備隊の隊長格が集まった。
すでに守備隊にはイブスキからの指令が事前に下っていた。彼女がどこまで彼らに話したかはわからない。なんせこの街の信用である鉄に関わる問題が絡んでいて、ラーワー本国に知られたくないのに、本国と連絡を取り合っている人間がいる。裏切り者ではないが、イブスキにとってそいつは裏切り者よりも厄介だ。本人は真面目に報告しているだけであり、罰せられるいわれはないからだ。
失礼にならないよう彼らの様子を窺う。胸中まではわからないが、見たところ特に私たちに不信感を抱くこともなく、素直に話を聞いてくれている。
一応、話す内容には気を使っておこう。
「私たちの討伐目標は、鉱山の麓に出現したスライムです」
隊長たちが互いに顔を見合わせ、場が少しざわつく。複数の会話が混じり合う中、カナエが軽く挙手した。
「俺たちは、スライムの生態を良く知らん。悪いが、基礎知識をかいつまんで教えてもらえると助かる」
「かしこまりました。では、まずスライムについて、魔導士プラエから説明させていただきます」
私に代わって、プラエが彼らの前に立つ。
「スライムは九十パーセント以上が水分でできた化け物よ。生息域はリムス大陸の南部。これまで北部での発見報告例は一切ないわ。これは、奴がほぼ水でできていることと関係している。水は零度以下になると凍るから、スライムも同様に凍ってしまい、活動できなくなるため北部で生息していないと考えられている。体内は粘液で満たされていて、水たまりなんかに擬態して、近づいてきた獲物を捕らえ、粘液で溶かし、消化する。救助された連中がいたと思うけど、あいつらの傷口は見た?」
「ああ。皮がはがれて肉が見えていた。あれは、その粘液で溶かされたという事か? 素足であったはずはないよな? ということは」
「御推察通り、靴やズボンは溶かされたの。粘液によるものよ。かなり強力な酸だと思ってもらって構わないわ。また粘性も強く、トリモチのように一度引っ付くとなかなか取れない。捕まっていた一人を引き離すのに、数人がかりで対応することになる」
「不用意に近づくのも危険という訳か・・・。そもそもだ。そいつは体が水なのだろう? 剣や槍は通じるのか?」
「いいえ。水のように、通常の武器は透過してしまう」
再び場がざわつく。
「剣の通じない相手を、どう倒すんだ?」
「スライムにはコアと呼ばれる、人間でいう脳に当たる部位がある。そのコアが、全体に指示を出して形を保ち、動いている。これを破壊することで、全身の維持が保てなくなり、自壊する」
ただ、とプラエは続けた。
「いま指摘のあったように、通常の武器ではほとんど効果は見られない。なんせコアは体と同じで透明で、スライムの中心部にあるからね。今回のスライムの大きさは五メートル四方の落とし穴を埋めるくらいの大きさってことでしょ。単純計算でも中心部まで二メートル以上の武器がいる。しかも相手は形を変え、動き回り、触れたら終わりの相手」
「おいおい、倒し方を説明してるのか? それとも倒せないって説明してるのか?」
呆れたように守備隊の隊長の一人が言った。
「私が言いたいのは、それだけ危険で厄介な相手であるということと、こいつを倒せば皆さんの名声がラーワー軍に響き渡るってことですよ」
プラエが隊長に視線を向けて笑った。一瞬呆気にとられたような顔をした隊長は、しかし次第に笑みの形に口を変え、目はらんらんと輝きだした。他の隊長も、まんざらでもない顔をしている。戦う前の士気は大事だ。プラエもそれがわかっていて、相手をおだてるように話している。意外に人を乗せるのが上手いのだ。彼女は。
「世間には、魔術媒体としてスライムの粘液が出回ってる。けして倒せない相手ではないのは実証済み。視認で判別しづらいコアを破壊すれば私たちの勝ち。そこに至るまでのステップがいくつかあるわ。まず一つは、凍らせること。さっきも言ったように体のほとんどが水なので、凍ってしまうと途端に動きが鈍くなる。それは同時に、剣や槍で物理的に削れるという事。凍らせてしまえば、あとは中心に向かってひたすら叩き、砕き、コアを破壊するまでそれを続ける」
今回に限って、少し気になることがあるけど、とプラエは少し言い淀んだ。
「まあ、全部説明してから話すわ。もう一つは電気、雷。スライムに電気を流すことで、動きを鈍らせられる。また、電気を流すとコアの部分が光る。これに関しては、実際に目にしたことがないので、何色で光るかは不明だけど。大きく分けて今の二通りの方法、もしくはミックスさせた方法が世間に広まっているスライムの倒し方ね」
「電気で弱点を見つけ、凍らせてその部位を破壊するってことだな。話だけ聞けば、そう困難な討伐ではなさそうだが。でも、あなたはまだ気になることがある、と言っていたな。何を懸念しているんだ?」
再びのカナエの質問に、プラエは頷いた。
「やっぱり、この地にスライムが現れたことが気になってる」
「凍ったら動けなくなるはずなのに、雪と氷に一年の半分以上覆われるこの土地にスライムがいるはずがない、ということか」
「考えつくのは、はぐれ。他の生物でもあるけど、本来住んでいる場所から様々な理由で移動することが稀にある。縄張りの食糧が無くなったとか、獲物などを追いかけているうちに違う土地に出たとか。あとは、これはもっとありえないんだけど、新種、亜種の可能性」
「新種・・・、寒さに強い個体が生まれた・・・?」
「うん・・・、んん、でもやっぱりありえないわ。生物が環境に適応するってのは聞いたことあるけど、かなり長い年月をかけて、少しずつ慣らしていくものよ。それこそ何十年、何百年単位でないと適応できない。もしそういう適応過程だとしても、もっと南で発見例があるはず。突然真逆の環境にぽっと現れるはずがないわ。はぐれ、と考えるのが普通よ」
プラエ本人は否定の言葉を発しているが、それは、まだ納得できない自分を無理やり納得させようとしている風に私には見えた。
「可能性の一つとして、気を付けるべきだと思います」
全員が私の方を振り返った。
「寒さに強い個体であった場合に備えて、電気だけで討伐する方法を組み込むべきです」
「うむ、賛成だ。様々な状況に応じて準備を進めよう」
方針が決まったところで、装備を整える。
「さっきの話では電気だけ、みたいな話になってたけど」
準備中の私に、プラエが声をかけた。
「一応、両方持っていこうと思います。スティリアとトニトルスを各団員に配備させました」
スティリアはニードル弾タイプの魔道具だ。構造は三段階になっていて、針の部分、それを覆うように特殊な液体を詰め込んだ部分、そして後部の推進力部分だ。ミサイルとか、ロケットの構造に近い。推進力によって飛翔し、針が対象を貫き、内部で液体が破裂する。液体が空気に触れると瞬間的に蒸発、気化熱により液体周辺を凍らせる。
トニトルスも同様のニードル弾タイプだが、こちらは射出機とつながって用いるタイプ。以前ペルグラヌスを捕獲する際に使ったカテナに似ている。カテナは鏃と鎖で対象を拘束するが、トニトルスは射出機から電気が流れる。スタンガン、テーザー銃に近い。
「トニトルスはともかく、スティリアかあ。一回こっきりの使い捨てタイプなのよね。アレに使う液体、結構高い媒体使用しているから、あんまりバンバン使いたくないんだけど」
プラエが肩を落とす。経費はどこの団でも、どんな経営者でも頭を抱える問題だ。すでに盗掘犯を捕まえるための罠で、かなりの量の液体を使用している。私としても、経費は削減できるに越したことはない。
「仕方ありません。我が団で氷や凍らせる効果を持つ魔道具はスティリアのみですし。それに」
「わかってるわよ。依頼の成功と命には代えられない。でしょ? ケチってケガしてもつまらないからね」
「それで、整備の方は?」
「当然、万全、完璧に整備してあるわ。不具合なんか起こさせない」
「流石です」
「そっちはどうなの? スライム、再捕捉出来そう?」
「現在、先行してミネラ守備隊の皆さんが山狩りを行ってくれています。発見しても様子観察にとどまり、私たちの合流を待ってから、総攻撃という運びです」
「できれば森の中じゃなくて、少し開けた場所で四方から囲いたいところよね」
「誘導できればそれに越したことはありません。が、相手の移動速度や認知範囲、追跡距離がどの程度なのか判明しないので、あまり期待はしない方が良いと思います」
話しているところに、カナエがスライム捕捉の連絡にやってきた。
「排水溝付近にとどまっている」
彼の連絡に、私たちは顔を合わせた。
「それ、本当ですか?」
「ああ。部下が取り囲むようにして張り付いている。あなたにお借りした通信機とやらからは、それ以降連絡は入っていない」
プラエが顎に手を当てる。
「どういうこと? 獲物がいなくなったら、普通移動するものよね。巣に帰るか、次の獲物を探しまわるはず。スライムもその例に漏れないわ。その場に何もせずとどまるなんて」
「消化中というのはどうですか? 飲み込んだ連中を消化中なので移動できない、もしくは動きが鈍い、とか」
「ありえるかもだけど。アカリたちが襲われてから、かなりの時間が経ってる。その間に消化できない、ってのは考えにくい。獲物を待ち構えている途中って話ならまだ分かるんだけど・・・」
プラエが視線を向けると、カナエは首を横に振った。
「擬態している様子もない、と報告を受けている。あなたたちが作った穴の中にいると。それがもしかしたら擬態のつもりなのかもしれんが」
ともかくも、とカナエは言った。
「実際に行ってみないことには始まらない。そちらの魔術師殿の言うように、異例が多く慎重になるのもわかるが、ひと当てしてみなければ測れないこともある」
カナエの言うことも尤もだ。じっとしていても倒せはしない。
「行きましょう。カナエ隊長」
「うむ、また向こうで会おう」
カナエが敬礼し、自分の隊に戻っていく。
「じゃあプラエさん。私たちも行きます」
「ええ。再三言うけど気を付けて。私はこれからギースと一緒に、鉱夫や盗掘犯たちの尋問に行ってくる。新しい情報が入ったらすぐに連絡するわ」
「お願いします」
「必ず生きて帰ってくるのよ。全員で。いいわね」
「もちろんです」
プラエに背中を押され、団員たちが待つミネラ門前に向かう。門前には、モンドをはじめとして全員が装備を揃え、待っていた。居並ぶ彼らに声をかける。
「これより、対スライム戦を開始します。作戦会議でもあったように、スライムは、私たちが知っているスライムとは別種の可能性があります。些細な変化を捉え、素早く情報を共有し、慎重に事に当たりましょう。無茶はせず、生き残ること。生きて、明日の朝飯を一緒に食べましょう」
「「おおう!」」
「では、傭兵団アスカロン、出陣です!」




