固い頭を柔らかく
空は薄い雲が覆い、月明かり、星明りを遮っている。北国の昼は短く夜は長い。特に山間部はさらに速度を上げて夜が迫る。夕方と呼ばれる時間に差し掛かる頃には、陽の明りは山に遮られて、手元も覚束ないほどだ。
そんな暗闇の中、星明りの代わりのようにポッと小さな明りが灯る。松明だった。山の麓、川のそば辺りで生まれた小さな灯は、時折木々に遮られながらもゆっくりと山を登り、中腹に差し掛かるか、といったところで止まった。明りの下には、十数名からなる人の集団がいた。分厚い毛皮を着込んでいる姿は熊に似ている。事実、熊の毛皮を着込んでいる者もいた。
彼らが半円になって取り囲む先には、小さな穴が開いていた。穴は深く、山の中枢までつながっている。鉱山内で発生した水を排出するための排水溝だ。彼らは排水溝の出口に加工した竹を添えていた。それ以外にも大量に竹が積まれ用意されている。中の節を取り除いた竹は、水筒によく使われる。ただ、この場合彼らは排水を飲み水として使うわけではない。飲み水を汲みたければ川が近くにあるし、急ぎであれば近くの新雪を溶かせば事足りる。彼らは別の目的でここで待機していた。
いつも通りであれば、そろそろ『時間』だ。彼らのリーダーが穴を覗き込む。他の部下たちも今か今かと待ちきれない様子で、小さな穴を凝視していた。
「同業さんかな?」
突然話しかけられた彼らは、思わず武器を構えて声の方を振り向いた。十数名からなる集団の物理的な敵意を向けらたのは、猟師のような身なりの禿頭の男だった。
「ちょ、おいおい、勘弁してくれよ。驚かせたのは悪かったけど、ちょっと尋ねただけじゃないか」
男は両手を上げながらたじろいだ。
「何者だ」
押し殺しながらも迫力と押し出しのある声でリーダーが問いかけた。
「見ての通り、猟師だ。最近悪い狼が出るってんで、夜中に見回りをしている。お宅らもそうじゃないかと思って声をかけただけだ」
視線と意識を猟師を名乗る男に向ける。幸い男は、自分たちを猟師と勘違いしている。このままこちらも猟師として押し通せば誤魔化せる。しかしだ。きっとこの男は、自分たちのことを誰かに話す。夜中に猟師に会ったと。可能性は低い。低いが、もしかしたらこの話は領主や鉱山関係者の耳に届くかもしれない。女だてらにラーワー有数の大きな街を切り盛りするやり手領主だ。猟師が言っていたたわいもない話を色々と関連付けるかもしれない。もしかして、と可能性は考えるはずだ。
ならば男をここで処分するか。その方が情報が洩れる可能性は少ない。しかしだ。同じく可能性は低いとはいえ、男が消えたことを不審に思う人間が出てくるだろう。そこから同じように領主の耳に届かないとも限らない。夜中に出ていった猟師が帰らない、山の中で何かあったのではないかと騒ぎになる。
結局、どちらに転んでも可能性は残る。では、どちらがよりリスクが少ないかの問題に話は移る。
前者の誤魔化した場合、こちらは話が広がるのは遅いだろう。夜中に猟師と出会った、ただそれだけの話、面白くもなんともない。話さないことだってありうる。また、人を殺したというわかりやすい罪を犯さずに済む。ただ、再びこの男や、他の猟師が現れないとも限らない。そうなればこちらの仕事に差し支える。
では処分した場合はどうか。人が一人消えたのだから、知り合いは騒ぐだろう。領主の耳に到達するのは早い。しかし、この場所と自分たちに結びつけにくいはずだ。いつ、どこでいなくなったかがわからなければ、兵の出しようがない。こちらの方が、継続して仕事を続けられる可能性が高い。
安全と金、どちらをとるか。
リーダーが部下に目配せした。部下はすっと仲間たちの陰に隠れる。
「おお、そうか。そっちも猟師だったか」
リーダーは意識して声を張った。猟師の視線を自分に向けさせるためだ。
「俺たちも獲物がかかるのを待ち伏せていたところなんだ。もうすぐ現れるんじゃないかと思って、今か今かと集中していたんだ」
なあお前ら、と部下たちに同意を求める。もちろん。その通りだ。部下たちも顔に笑みを浮かべながら追従する。彼らに嘘はない。間違いなく彼らはここで獲物を待っているのだから。
「そんな時に話しかけられたもんだから、驚いて反応しちまったよ」
「そうだったのかい。で? おたくらの狙いは何だ?」
「俺たちは卵さ」
「卵? こんな時期に?」
「ああ。こんな時期だからこそ獲れる金の卵だ。それ以上は言えないな。そっちだって、狙ってた獲物を横取りされたくはないだろう?」
「そりゃそうだ」
「ああ。だから・・・」
リーダーの視線が一瞬男から逸れる。視線の向かう先は男の後方。足音と息を殺した、彼の部下が忍び寄っていた。
リーダーの選択肢は、処分だ。
部下は距離とタイミングを見計らい、動作を脳内でシミュレーションし、そしてとびかかった。男の網膜に、リーダーの口の端が微かに吊り上がった姿が映る。
眠っていた鳥が、バサバサと慌ただしく飛び立った。
しかし、鳥たちとは比較にならないくらい驚いたのは、リーダーとその部下たちだ。完全な死角から、完璧なタイミングで部下は男に飛び掛かった。しかし、大きな音が弾けたと思ったら、倒れ伏したのは襲い掛かった部下の方だった。
「悪い狼が、いたねえ」
楽しそうに、襲われたはずの男が笑う。背後から白く細い煙をくゆらせていた。タバコ、ではない。男は自分の右腕を左脇に挟むような姿勢だ。剣を振ったようには見えなかった。では、何らかの魔道具を振り向きざまに放ったのだ。再び危機感と緊張感を募らせながら、リーダーは身構えた。男は驚く様子もなく部下を返り討ちにした。こうなることを予期していたからだ。襲われることを予期している人間が、ただの猟師のわけがない。
「貴様、何者だ!」
「言ったはずだぜ。猟師だ。正しくは元猟師だがね。今は傭兵団に世話になっている。今回受けた依頼は、鉱山から鉱石をちょろまかしている狼退治だ」
「まさか、領主の指金か?! 馬鹿な。なぜ、どうやって手口がわかったのだ!?」
「人間の想像つくことは、他人も思いつくもんだぞ? 自分だけが思いつく、なんて思い上がりもいいところだ。だが、おたくらが気にすべきなのは、そこじゃない」
「なんだと?」
「俺は猟師だ。猟師には二種類いる。弓矢で狩るか、罠で狩るか。俺はどっちかといえば、罠派だ。獲物の行きそうな場所に罠を仕掛ける方が好みでね。だから、様子を見に来たんだ。獲物が罠にかかっていないか」
男の言葉の最中から、ぴしり、ぴしりと心を粟立たせる嫌な音が響く。その音は次第に増え、大きくなっていく。
「な、き、貴様、何を・・・!」
「獣は危機を察したら、一目散に逃げる。その点、おたくらは獣以下だな」
言い終わるや否や、リーダーたちの足元が陥没した。陥没など生ぬるい。彼ら全員を巻き込む崩落が起こった。三メートルほどの高さを自由落下したリーダーたちは、地面に叩きつけられ、痛みに悶えている。
「こいつは、俺向きの魔道具だな」
嬉しそうに男、テーバが屈みこみ、地面に突き刺さっている物を引き抜いた。先端に宝石のはめ込まれたメイス『メンダシゥ』だ。といっても、鈍器として使うメイスよりも小ぶりで、半分ほどしかない。効果は『偽装・幻惑』。以前ラテルで回収した魔道具を、プラエが修繕、改善したものだ。
彼らが実際立っていた場所は、テーバたちが一日がかりで必死で掘った巨大な穴が開いていた。その上に氷で作った床を作り、メンダシゥで偽装していた。氷の中には、以前車のエンジンを利用して作った即席の爆弾、それのもっと簡略化したものを複数仕込んでおき、タイミングを見計らって発動させたというわけだ。
爆弾を発動させたのは背後からの奇襲を銃で応戦したのと同じタイミングだった。が、一気に割れるという予想に反し、なかなか割れなかったため、割れるまで会話で時間を引き延ばしていたというのが真相だ。
「上手くいったようですね」
崩落を囲むようにして、ぽつぽつと人影が現れる。罠であることを隠すために、少し離れた場所で身を伏せていたテーバの仲間、傭兵団アスカロンの面々だ。
「おう、団長。ここにこいつらが現れたってことは、やっぱり、盗掘方法は団長の読み通りってことだな」
「そのようです。自分でも、まだ半信半疑ですが」
「俺だって、いや、誰だって信じられねえよ。まさか、鉄を水みたいにしちまうなんてな」




