循環型ジレンマ
宿に戻り、ジュールたち三人を除いた団員たちを集めた。ジュールたちに自分たちの過去を明かすか否かを尋ねると、意外なことに誰も嫌がらなかった。
「隠すほどのことでもない」
最も嫌がるのではないかと思っていたギースが言った。
「奴は情報収集が主な仕事だ。おそらく、上流階級の相手からも情報を得ていたのだろう。奴からすれば、街で最も顔が利き、情報が集まるであろう人物に当たらないのは違和感があった。団の方針やその裏にある我々の考えを深読みして、下手に動けないのでは、奴にとっても、団にとっても利は無い」
「私も、話をするのは全然構わないと思うわ」
というか話したことなかったんだっけ? とプラエが挙手した。
「問題は、一度痛い目を見たから避けていた、上流階級相手の窓を開くかどうかよ。今回はジュールが勝手に決めちゃって、引くに引けないし、断るのは忍びないほどの報酬が約束されているから取り消せないのは仕方ないとして、今後どうするつもり? 良い機会だし、きちっと決めていたわけじゃないけどなんとなく避けていた部分、一度話し合わない?」
「今回のように魅力ある依頼に加えて、いろんな情報を手に入れられる。メリットはでかい、でかいのはわかってるんだがね」
唸るのはテーバだ。黙っているが、モンドも同じように苦い顔をして逡巡していた。
「五年、いや、もう六年か。結構な過去なんだけどなぁ。吹っ切れたつもりなんだが、やっぱいまだに頭のどっかで、引きずってんだよ。貴族をそう簡単に信用していいもんかどうか」
「テーバさんのおっしゃることはよくわかります。正直、私もその点が怖くて、関わり合いを避けている部分があります。名前が売れすぎることも。だから、先に団をもっと強く、大きくしようと思っていました。相手を威圧し、下手な脅しなどできないように。ですが・・・」
「団を強くするためには名前を売ることが必要不可欠で、その近道は貴族に知られていること、なんだよなぁ」
ゲームによくあるジレンマだ。強い敵を倒すためには強い武器が必要、その武器は別の強い敵から入手する、その敵を倒すには最初の強い敵が持っている武器が必要、そういうタイプのぐるぐる巡る循環型ジレンマ。
「じゃあ、貴族との絡みは今回限りにしちゃう? 時間をかければ団は大きくできるとは思うけど」
「しかし、どれだけこちらが避けたとしても、今後絶対に関わらないのは困難です。ここの領主もその息子も、ジュールさんが行く前から私たちの名前を知っていました」
「住民が知っていたくらいだものね」
「避けられないのであれば、むしろ関わって相手を見る目を養うしかない。そして、この中で最もその経験が豊富なのはジュール本人だ」
提案したギースに全員の顔が向いた。
「奴自身が言ったように、これまでの経験を活かしてもらい、依頼や縁を選別してもらう。ああ見えて聡い男だ。こちらの要望を加味したうえで貴族たちとの境界線を構築できるだろう。どこまで踏み込むべきか、というな。そうなれば、貴族相手ともうまくやり取りができるようになるかもしれん」
それに、とギースは続ける。
「本来であれば一つでも多く手柄を立てて、こちらに認められるように動きたいはずで、我々のしがらみを聞いたら動きづらくなるのは目に見えている。こちらに知らせることなく、勝手に動いてもよかったはずだ。なのにわざわざ筋を通している。私はそこを評価しようと思う。ともかくも、まずは仲間外れに話をしないか」
「そうですね。その後、彼からも話を聞く。新しい意見も必要だと思うので。それから決めましょう」
「ああ。焦って貴族とのやり取りをそこで決めてしまわなくても良い。次の街に行くまでで充分間に合う」
「なるほどねぇ」
顎に伸びた無精ひげをいじりながら、ジュールが言った。隣で同じく初めての話を聞いたムトは衝撃を受けたのか俯いたまま微動だにせず、ボブは口元に手を当てて声を上げられずにいる。この際新しく入った二人にも同席してもらい、団結成に至るまでの経緯を伝えた。
「ラテル事変の裏で、そんな話が・・・。まさかとは思ったが、本当にインフェルナムと戦ってたのか」
「鱗を見たんでしょう? もしや、ブラフでしたか?」
「いや、見たのは本当だ。真実を聞いてもまだ信じられない自分がいるってだけだ。だが、これでこの団の貴族嫌いともとれる行動の理由が分かった。確かにラテルの王子は殺されて当然のような男だ。ただ」
ジュールが顔を上げ、他の団員たちを見渡した。
「程度の差こそあれ、貴族はそういう事をする者が多い。少なくとも、俺が知りうる限りは。団長も知っていると思うが」
「ええ。イブスキ領主ですね」
「そうだ。権力など、自分の持てる力を使って、要求を通そうとする。もちろん、対等の依頼関係を結ぶ者がいないわけではないが、たいていは下に見てくる連中ばかりだろう。彼女はまだ話の通じるマシな方だ」
重ね重ね、申し訳なかった。ジュールが頭を下げた。
「不快に思った者もいるだろう。先走ってしまい、すまなかった」
「いや、気にすんな。知らなかったんだから仕方ねえわな」
テーバが彼の肩を叩く。
「テーバの言う通りだ。それに、お前は結果を持ってきた。俺が文句を言う筋合いはない」
モンドも気遣うような言葉をかけた。
「文句を言っていいのは、決闘させられた団長だけだ」
「そこはきっちり言われたよ」
ジュールは肩をすくめ、表情を引き締める。
「そんじゃ、今後は俺も貴族との交渉や情報収集を自重する、ということでいいかな?」
「その点についてですが、ジュールさん、そして、ムト君、ボブさんの話も聞きたいんです」
名前を急に呼ばれ、ムトとボブが私の顔を見た。
「え、ムト君、どうしたの?」
顔を上げたムトは泣いていた。瞳から涙があふれ、鼻からは鼻水が垂れていた。
「す、すみません。皆さんの話を聞いて、俺、なんか・・・」
服の袖で涙と鼻水をぬぐう。
「ごめんなさい。もっと早くに話すべきでした。傭兵は、こういう理不尽に見舞われることもある」
そうだ。しっかりしているように見えても、彼はまだ十八。自分の未来に、そんな理不尽や死が待ち受けていると知れば怖くもなる。
「怖くなりましたか?」
もし彼が団を抜けたいといったら、それは仕方のないことだろう。彼の返答を待つ。
「怖いんじゃない。悔しいんです。団長たちが、そんな仕打ちを受けてたなんて。そして、改めて尊敬しました。絶望に挫けることなく、仲間の無念を晴らすために最強のドラゴンを追い続けるなんて」
ずず、と鼻をすすり、ムトは宣言した。
「僕、もっと頑張りますよ。頑張って、皆さんに頼られるようになりますから。インフェルナム、討伐しましょうね!」
「え、あ、うん。頑張って。頼りにしてるよ」
辞めるどころか、燃え始めてしまった。熱い彼から視線を外す。
「ボブさんは、どうします?」
「私ですか? そりゃあまあ、驚きましたし、怖いですとも。ムト君のようにやる気が出るわけじゃありません」
「正直で助かります。では」
ボブは私に最後まで言わせず、よどみなくすらすらと言葉を吐き出した。
「ただ、私は商売人です。ここで逃げ出したら、私はあなた方に助けてもらった恩を忘れたことになる。そんな恩知らず、信用できませんよねぇ? 信用は傭兵と同じく商売人にとっても大切なものです。恩を返しきるまでは、私はあなた方とともに行きますよ。もちろん、ここで聞いた話を他言することは絶対にありません。それに、私が前線に出るわけじゃないのでね」
最後はウインクで締めた。
「ありがとうございます。今後ともよろしくお願いします」
頭を下げる私の胸中は、少しだけ複雑だった。ガリオン兵団に起こったことは、間違いなくすべて話した。話してないのは、私の目的がインフェルナムだけではないということだ。結果的に私は、彼らを騙すことになる。
今更良心の呵責を覚えることはない。覚えるくらいなら、初めから目標になど掲げない。それでも、どうしても胸の中にしこりは残ってしまう。
振り切り、切り替え、改めて団の今後について、ジレンマ解消に向けて、仲間たちとミーティングを行う。そんな私を、私の目的のすべてを知るプラエとギースは、ただ見つめていた。




