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死んだつもりで、地獄を進め  作者: 叶遼太郎
歯車は回り、運命は巡る

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本当に厄介な貴族

「いやあ、強い! 噂通りの実力だ!」

 上機嫌のカナエが、ぶんぶんと握手した私の手を振る。身長差のせいで肩が外れそうになっているのでそろそろやめていただきたい。

「最後のアレ、一体何だったのだ? 確かにあの時一撃が決まったと思ったのだ。しかし、気づけば天地が逆転していた。何をされたのかもさっぱりわからん。俺は、投げ飛ばされたのか」

「え、ええ。そうです」

 なるべく失礼のないように手を引く。

「投げとは、俺も詳しく知っているわけではないが、こう、相手の胸倉をつかみ上げて力任せに放るのではないのか? 失礼ながら、あなたにそこまでの腕力があるとは見受けられないのだが。魔道具の力か?」

「魔道具の力も使いましたが、補助的なものです。使ったのは主にカナエ隊長、あなたの力です」

「俺?」

「はい。私の国に、女性でも大柄な男性から身を守るための術があります。それは、相手の力を応用し、相手に返す『合気道』と呼ばれる武術です。相手の力が強ければ強いほど、返す力も跳ね上がります」

 力が上の相手に通じる技としては、現時点でそれしか思いつかなかった。

 まっすぐにのばされようとする拳、その先の腕を真逆の向きにはね返すのは困難だ。だが、斜めに逸らすことは可能。相手の手首に自分の手を添え、押さえるよりも、むしろ引っ張るようにして加速させた。カナエは抵抗は感じないが、違和感を覚えたはずだ。完全に制御されている自分の予測を超えた腕に伝わる力の流れに。俗にいう、体が泳いだ状態になった。私はそこに付け入り、体をカナエの下にもぐらせ、背中で体を背負い、推進力として残るカナエの力を利用し、円を描くイメージで腕を引いた。結果は、自分の想像以上に上手くいった。もう一度やれといわれてもできないほどに。例えるなら、猛スピードで走っていた自転車がガードレールにぶつかって乗っていた人間が前方に吹っ飛んでいったみたいだった。ちなみに実体験だ。落下した先が草むらで助かった。

「アイキドー、実に興味深い。その武術、どなたかに師事されたのか? 何という師だ? ぜひ招聘したい」

「直接師事を受けたわけではなく、漫・・・いえ、武術の達人たちを描いた過去の文献を読み、そこから見様見真似で。その方も、存命ではありません」

 ありがとう、塩川先生。できれば全巻読んでおくべきだったと今更ながら後悔している。しかし、過去の自分を責められはしない。いったい誰が、この未来を予測できるというのか。

 ほどほどに目立たず高校を卒業して、適当な大学に入って四年間遊んで過ごして、身の程にあった会社に入って金を稼いで、丁度いい男とくっついて子ども生んで育てて、老いて死ぬ。いたって普通の人間が過ごすであろう、いたって普通の生涯を送るものと漠然としたイメージを持っていた。

 それがどうだ。剣と魔法と血まみれと理不尽の異世界に放り込まれて、仲間を大勢失って、それでも生き足掻いて、さらに多くの血を流す未来を目指している。適当とは程遠い、命すら賭ける覚悟で戦い続けている。過去の自分に誇れはしないが、過去の自分よりも確実に真剣に生きている。

「そんな文献が。まさに過去の達人たちの遺産だ。文献を読んだだけであなたのようにできるかは怪しいが、確実に自分の知識にはなる。欲しいな。どうにか手に入らないか?」

「残念ながら、災害により紛失しております」

「むう、残念。残念極まる」

 本当に残念そうに、大きな肩を落とした。

「カナエ、もう満足したでしょう」

 イブスキが声をかける。

「彼女に話があります。あなたは下がりなさい」

「これは母、いえ、イブスキ様。失礼いたしました。・・・ではアカリ殿。いずれ機会があれば、また話を聞かせてほしい」

 では、とカナエは大広間を出て行った。

「あの子にも困ったものね。強い相手とみると、見境なくなるのだから。あなた方がこの街に来たということを知って、どうしてもと私に頼み込んできたの。迷惑をかけてしまってごめんなさいね?」

「いえ、お気になさらないでください」

 内心、謝る気ないなこのご婦人と思いながらも、形ながらの言葉を返す。ついでに、この御前試合を行った本当の理由を遠回しに聞きだす。

「カナエ隊長、そしてイブスキ様のお眼鏡に叶ったのであれば、ありがたき幸せにございます」

 イブスキの笑みが深まった。

「ええ、もちろん。カナエは身内びいきを抜きにしても、なかなかの実力者よ。この街だけでなく、ラーワー軍内でも一目置かれる程にね。それを退けたのですから、龍殺しの腕前、今更疑う余地はありません。では、これより商談に入りましょう」

 やはりか。

 彼女がただ自分の興味だけでこんな事をするとは思えなかった。息子とも公私をきちんと分けられる彼女が、息子のお願いを素直に聞いて、平民ながらも自分の客相手にけしかけるはずがない。カナエ以上に、私の実力を知りたかったのは彼女だったのだ。

「ミネラはラーワーのみならず、リムスでも屈指の鉱山の街なのは知っていますね」

「もちろんです。また、ミネラの鉱石は純度が高く品質も良いことも」

「うふふ、ありがとう。我が街の特産品が褒められると、領主として我がことのように嬉しいわ。・・・しかし、最近その鉱石の産出量が減少しています」

「減少、ですか?」

「ええ。もちろん、取りつくした、という訳ではありません。信用のできる優秀な山師に調べてもらいました。調査の結果からも、鉱山は枯れておりません」

「では、別の原因が?」

「ええ。しかし山師にも原因はわかりませんでした。彼らの調査方法は特殊な魔道具にて鉱山全体における鉱石の含有量の割合を出すだけだそうなの。採掘を行う鉱夫たちも理由はわからない。だから、それを探ってほしいのです。『もちろん』極秘で」

 部屋の温度が一度下がったような気がした。イブスキは笑顔のままだ。しかし、その実彼女は一切笑っていない。何らかの覚悟を決めているように感じた。

「先ほども言いましたが、ミネラの価値は鉱山です。しかしその鉱山から鉱石が取れなくなったなど、本国、ましてや他国に知られるわけにはいきません。ミネラの価値が失われるということは、鉱石、特に鉄の価格がリムス全体で変動することを意味します。流通している鉄の価格変動が起きれば、そのうねりは違う形で、それも悪い形で表出します」

「イブスキ様は、価格変動によって暴動や内乱、最悪の場合戦争が起きる、とお考えなのですね」

「考えすぎでしょうか?」

「いえ、ご慧眼、敬服いたします」

 この時代の武具は特殊なものを除けば鉄がメインだ。鉄の価格が高騰すれば、武具の生産にも影響が出る。平和を求めるなら戦争に備えろとは誰が言ったか、それは真実だ。強力な武器、強力な軍備があるからこそ、自国の平和は保たれる。

 ミネラの鉄が失われれば、きっと、各国で鉄の囲い込みが行われるだろう。自国の中で鉄が無くなれば、次は奪い合いだ。簡単に想像できてしまう。

「資源が無くなるのは当然です。無限に溢れ出てくるものなどこの世に存在しません。しかし、今ではない。今であってはならないのです。新たな資源が発掘されるまで。資源があれば、豊かであれば、人は醜くならずにすみます」

 気まぐれな貴族様だと? 無邪気な思考回路、箱入り娘の純粋培養だと? くそ、ジュールめ。どこがだ。聡明で芯の強い、本物の貴族ってやつじゃないか。高慢なだけの下手な貴族よりよほど怖いやつが。国を守るためなら手段を選ばないタイプのやつが!

「私があなた方に依頼しようと思ったのは、小さな団である、というのもひとつのポイントなの。秘密を抱えるのは少数の方が良い。あとは、情報の出所が絞りやすいというのも副次的な理由ね。でも、実力もなければならない。かなり矛盾しているわよね。実力がある団は、抱える団員も多いものだから。かなり悩んだわ。自分の兵の実力を信じてないわけじゃないけど、ラーワー本国に繋がっている者が必ずいる。出来れば本国に知られずに問題を解決したいのよね。せめて、原因の特定までは知られたくない。どうしたものかと思っていた時、あなた方が訪れたことを知った。渡りに船、というのよね。ルシャのことわざらしいけど」

 思わずジュールを横目で見た。彼はそういう事だ、という顔をしていた。船はこいつだったか。

「で、どうでしょう。アスカロン団長アカリ。私の依頼、引き受けてくれますか?」

「一つ、よろしいでしょうか?」

「ええ、答えられることであれば」

「その情報、かなりの重要度です。私が他国にそれを売るとは思わないのですか? 聡明なイブスキ様なら、そこまでお考えになったはずです。私としても、そっちの方が手早く稼げて、しかも戦争の、傭兵にとっては稼ぎ時を増やすチャンスにもなります。利益を求める傭兵はそっちを選びますよ」

 イブスキが笑った。今度は少女のように明るい声で。

「その質問を私に返している時点で、あなたは売らないと言っているようなものだけど、そうね。あなたを安心させるためにこう言いましょう。もしあなたが情報を売ったら、私も一つ、情報を売りましょう。相手は、そうね。カリュプスに」

「・・・カリュプスに? さて、ラーワーと並ぶ大国の一つに売れるような話、我が弱小団にあるかどうか」

「正しくはカリュプスに本店を置く、ファリーナ商会に。あなたそこの元店員を一人連れているでしょう。自分の店を燃やした、元店主を。商人は、時に王侯貴族よりも執念深くメンツも大事にするものよね。もしそんな彼らが、自分たちに損益を被らせていながら、賠償もせずにのうのうと店主が生きていると知ったら、どうするでしょうね。自分たちはまんまと騙されたと知ったら」

 あなたはどう思う? 視線で尋ねられる。

「そうですね。きっと、報復に動くでしょうね。ファリーナ商会の情報網は広い。その店主の痕跡くらいすぐに見つけるでしょう。現在見つかっていないのは、その店主が死んだことになっているからです。しかし、有力な貴族の証言一つあれば、すぐさま調査が始まる」

「ええ。メンツは金を払っても保ちたいでしょう。第二、第三の元店主を作らないためにも。そして、見せしめとして店主と、店主の偽装に付き合った団は制裁を受けることになる」

 イブスキと視線がぶつかることしばし。

「もう一つ、質問よろしいですか?」

「ええ。もちろん」

「意地汚くて申し訳ありませんが、報酬は弾んでいただけるんですよね?」

「・・・うふふ、もちろん。口止め料代わりに前金で金貨千枚、成功報酬としてもう二千枚の用意があるわ」

 それを聞いて安心した。やはり報酬がなければ話にならない。

「では、改めて。傭兵団アスカロン。ミネラ領主イブスキより、依頼を出します。鉱山に起きている異変の原因を探り、排除せよ。また、この案件は極秘扱いとする。情報が漏れた場合、違約とみなし、傭兵団アスカロンには相応の報いがあると心得てください。団長アカリ。返答はいかに?」

「謹んで、お受けいたします」

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― 新着の感想 ―
[一言] 護身完成! いつも楽しませてもらっております。 塩川先生、元ネタの実在人物と混ぜた感じですね。
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