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死んだつもりで、地獄を進め  作者: 叶遼太郎
復讐の火々が灯した過去は、今に至る道を照らして
423/428

全ての知らせは悪いに通ず

「良い知らせと悪い知らせとよくわからない知らせがある」

 戻ってきたテーバが、私たちに向かって言った。

「よくわからない知らせとは?」

 代表して、コルサナティオが尋ねた。

「異変なのは間違いないんだが、俺たちじゃ影響かあるのかないのかわからないって意味ですよ。なもんで、皆に聞いて相談しようかって話でして」

「なるほど。それで、何を見たのでしょうか」

「死体が消えてる」

「死体が?」

 コルサナティオが後ろを振り返り、プロウィに意見を求めた。プルウィクスの魔道具と同じ、死者を利用する魔術回路が使用されていると事前に聞いていた。この報告がどのような意味を持つのか、最もよく知る人物が彼女だからだ。

 プロウィは険しい顔で確認した。

「死体が消えたってことだけど、何人くらいかわかるかい?」

「悪いがわからん。なんせ、何人死んでたのかわからないからな」

「それは、どういう?」

「言い方が悪かった。言葉通りの意味なんだ。この戦いで多くの人間が死んだはずだろ? なのに、平原に死体が全くなかったんだ」

 テーバの言葉に、プロウィが絶句した。

「まさか、あの数の死体を飲み込んだってのかい・・・?」

「プロウィ?」

 コルサナティオの心配する声に、はっと顔を上げる。

「ごめんよ、姫様。大丈夫。報告を続けてもらいましょう」

「そうですね。良い報告と悪い報告が残っています」

 テーバに視線を向け、話の続きを促す。テーバが頷いて続ける。

「アーダマスが消滅したって言ったが、ちゃんと調べたわけじゃねえんだ。流石にあんな短時間でアーダマスまで往復するのは無理だ。遠くからでも見える豪奢な城や堅牢な城壁が消えているのを遠目で見ただけでな。ただ、アーダマスの現状をよく知る奴を連れてきた。そいつから聞いたんだ」

 連れて来てくれ、とテーバが呼び寄せる。情報源となる人間を連れてきたのが良い知らせという事か。ゲオーロに肩を貸されながら現れた人物を見て、私は、あ、と口を大きく開けた。

「久しぶりだな。アカリ団長」

「ヒラマエ!」

 傭兵団トリブトムの幹部で、私たちと因縁のある男だった。彼らトリブトムのせいで、以前所属していた傭兵団が壊滅している。

 主犯に対しての復讐は終わり、残った彼とは手打ちになったが、それでも思うところはある。そんな相手を連れてきたことが良い知らせというのは、一体どういうつもりだろうか。

「気持ちはわかるが、今はこいつの話を聞いてくれ。時間がねえんだ」

 いつになく深刻な顔のテーバに、私は反論や不満を飲み込んだ。それに、ヒラマエは全身に傷を負っていた。傷口の包帯は血が滲み、おそらくは折れているだろう左腕にはギブス代わりの添木が当てられている。疲労も蓄積しているはずなのに、わざわざ話をしに来たのだ。大人しく彼の話に耳を傾ける。

 彼から聞かされた話は、覚悟していた状況を更に上回るものだった。

「俺たちは依頼品を収めるためにアーダマスに向かっていたところだった。まもなく城門、というところで、地面が揺れ、亀裂が入った。城下街の方から悲鳴や家屋が倒壊する音が聞こえてきて、門番たちが慌てて門を開けて中に戻っていった。開けっ放しの門から見えたのは、街が沈んでいく様子だった」

「街が沈んだ? 地割れで陥没した、という事でしょうか」

「いえ、王女。陥没ではなく、あれはもはや、落下と言っても良い。地下に巨大な空洞があるのか、アーダマスの街は王城も含めて真っ暗闇の中へと落ちて、全てが地表から消えました」

 更に広がる亀裂から、ヒラマエたちは這う這うの体で逃げてきたらしい。これだけでも大問題なのに、彼の話には続きがあった。

「地下から、異形の何かが這い出してきたんだ」

 異形の何か? その場にいた全員が首をかしげる。

「何か、とはなんですか?」

「何かとしか、言いようがありません。それらに俺たちは襲撃を受けたのです。抵抗するも相手は多勢で撤退を余儀なくされました。逃げるさなか団員たちは散り散りになり、気づけば一人になっていました。怪我を負い、これまでかと諦めかけたところ、俺は運よく彼らに発見、救出してもらったのです」

「さっき死体が消えていたって話をしたが、そのおかげで俺たちも見つけやすかったんだ」

 そこでちらとヒラマエは私の方を見た。私だけでなく、アスピスとシーミアにも視線が向けられた。

「諸君らは、以前合同で当たった砂漠の依頼を覚えているか?」

「ああ、化け物と砂に追い回されたあの案件だろ」

「あれだけひどい目に遭ったんだ。忘れられるものか」

 二人が嫌そうに答えた。私もよく覚えている。砂漠の蓮という魔道具を探しに行く依頼だった。それは古代文明が作った時間を操る魔道具で、暴走し周囲の時間を歪めていたために破壊した。

「途中で通過した森、あそこで遭遇したような気味の悪い、見たこともない化け物どももいた。後は他に、亡霊がいた」

 そんな馬鹿な話あるわけない。そう一笑に付したいがヒラマエの真剣な表情とこれまでの自分の経験が笑うことを許さない。

「流石に見間違いではないのですか。今日、このテンプス平原では戦いがありました。ロピスカの大群に追われ、更には地割れにまで巻き込まれてパニックになった兵士たちの一部だったとか」

 コルサナティオが言った。おそらく、誰もが考える普通と常識に当てはめた仮説だ。しかしヒラマエは首を横に振る。

「アーダマスを始め既存の国の兵士の鎧、旗だけでなく、百年以上前に滅んだ国の鎧を着て、旗を掲げた兵士たちもいたのです。職業柄、骨董品の知識には自信があるので、間違いありません。既に存在しない国の鎧を着る理由などありませんし、その鎧を着ている者の中には骸骨や半ば腐っている者もいました」

「では、本当に?」

 恐る恐る、嘘であってほしいと願っているであろうコルサナティオが尋ねた。しかし、彼は首肯した。

「先ほどテーバ殿が時間がないといったのは、そいつらは穴から際限なく溢れ出て、近づいてきているからです」

 ヒラマエの話が終わるのと同時に、周囲を警戒していた見張りの笛が響き渡った。全員が音の方向を見やる。件のアーダマスがあった北からだった。

「まさか、もう来たのか・・・」

 ヒラマエの暗い声音に、悪い知らせが物理的に届いたことを悟った。


「けが人を移動させるぞ! 南に逃げる!」

 アスピスの判断は素早かった。シーミアもすでに団員たちのもとへと駆けだしている。会議は強制的に中断され、私たちは危機に対する対応を求められる段階にいた。

「団を半分に分けます。テーバさんは治療に当たっている団員たちと一緒に撤退準備を。余裕があったらけが人の移送の手伝いをお願いします」

「了解だ。・・・こいつは?」

 ゲオーロが肩に担いでいるヒラマエを指さす。情報を得た今、こいつに用はない、が。

「一緒に連れていきましょう。彼の知識は役に立ちます。それに、私は受けた恩はきちんと返す主義です」

「・・・耳が痛いな。だが、感謝する」

 ゲオーロがヒラマエを連れていく。団員に招集をかけるテーバの大声が響く。

「王女たちも彼らと一緒に行ってください」

「ありがとうございます。よろしくお願いいたします」

「ラルスのメンテンナンスが終了次第、プルウィクスまでお送りいたします。プルウィクスのほうが安全でしょうから」

 そう告げると、ファルサがひきつった顔をして私とコルサナティオの間に立った。

「あ、いや、心遣いはありがたいのだが、あれは王女には」

「良いのですか?!」

 ファルサを体で押しのけるようにして言葉を遮り、コルサナティオが目を輝かせた。しかし、すぐに落ち着きを取り戻し、ごほんと咳払いした。

「失礼、この非常時に不謹慎でした」

「いえ、この非常時だからこそ、明るくいきましょう。おそらく貴女は、これから人々の光になる人です。陰らせてはいけません」

「買い被りですよ。いまだ私は未熟者です、が、今はそのつもりで自分を騙し、全力で働きます。でないと、これまで私を信じてついてきてくれた者たちに顔向けできませんから」

「その通りです。よくわかっているじゃないですか」

「昔、無礼な魔術師に説教されたもので」

「どこの団の魔術師か知りませんが、お礼をしないとですね」

 ファルサに連れられ、コルサナティオがテーバたちに続く。

「アカリ団長」

 プロウィが近づいてきて言った。

「あたしたちの解読結果と今の話から考えるに、おそらく外の死体は全て魔力として変換され、昔の兵士たちを蘇らせたと考えられる」

「敵の目的は、死んだ兵士を蘇らせることでしょうか」

 昔読んだ漫画に、今回の件と同じように死んだ兵士を蘇らせて不死の軍団を作り、世界を支配する、みたいな話があった。その話を伝えると、プロウィは考える仕草をして答えた。

「その可能性はある。けど、それだけではないと思う。なんせ、何万人もの死体を魔力に還元したんだ。その程度ではないはずだよ」

「まだ何かあると?」

「あたしはそう考えてる。旦那やプラエたちともう少し考えてみるよ。何かわかったらすぐ伝える」

「お願いします。ですが、今は安全圏に逃げることを優先しましょう」

「わかった。あんたも無茶すんじゃないよ。酒を飲みかわすって約束、果たすんだからね」

「もちろんです。忘れていませんよ」

 プロウィはコルサナティオの後を走って追いかけた。彼女と入れ替わりにムトたちがやってくる。

「私たちは敵の足止めを行います。出し惜しみなし、あるだけの罠を全部使い切りましょう」

「また赤字ですね」

 苦笑いを浮かべながらムトが言った。

「死ぬよりマシよ。それに、赤字にはならないわ。プルウィクスからも報酬が確約されたから。スポンサーには良いところ見せないとね」

 全員で笑い、気を引き締める。

「さて、敵の面でも見に行きましょうか」

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