ファルサ将軍の回想
時間はヒュッドラルギュルム・アーダマス同盟が成立する少し前まで遡る。
「こいつは、まずいかもしれませんね」
サルースは相変わらずの薄笑いを浮かべて言った。ファルサにはまったくまずいように見えない彼の態度だが、もともと表情に出るタイプではない。訓練以外で泣き言を漏らすことのない彼がまずいと口に出すのだから相当なのだと推測する。
「どうやら、ヒュッドラルギュルムとアーダマスが手を組むようです」
サルースはリムス中に間者を放ち、独自の情報網を構築していた。その間者からの報告だった。
「いずれ、こういう事態に陥ることは想定していたはずだ。その為の準備も行ってきた。悪い状況にかわりはないが、やりようはある。テンプルムにいる姫様にもご協力いただき、全面衝突を避け、交渉による解決を目指して同盟国に働きかければ」
「残念ながら、事態はすでにその段階を置き去りにしておりますね」
手遅れです、とサルースは両手をあげた。
「手遅れ? どういうことだ」
「話し合いの段階じゃないってことですよ。いや、正確には話し合いをするつもりがないってことでしょうか」
「大国には交渉するつもりがない、ということか?」
「逆です。十三国同盟に交渉の意志がないのです」
「馬鹿な!」
ファルサは思わず叫んだ。
「十三国の力を合わせれば、確かに大国にも負けないだろう。だが、どれほどの犠牲が出るかわからない。よしんばこの戦いに勝てたとして、残る二つの大国が黙って見ている分けがない」
「ええ、仰ることはわかります。戦って疲弊するのは向こうも同じ。なので、ヒュッドラルギュルムもアーダマスも、こちらが初手交渉で来ると見越し、待ち構えているでしょう。二つの大国の同盟は、自分たちを大きく見せ、交渉を上手く運ぶためです。だからこそ、彼らは交渉の席に必ずつく」
「交渉は向こうにとっても望むところのはずだ。そもそも、今回の騒動は十三国同盟の本意ではない。一個人の暴走で、想定外の事態だ。お互い被害者の様なものなのだから、丸く収める事だって可能だろうに」
「多少、コンヒュムには我慢を強いるでしょうがね。僕としてもそれが最善だとは思います。が、各方面に潜らせた間者からの情報ですが、十三国の内、コンヒュム、カンプウ、プロフド、モンス、ベルリー、ケーラ、この六国が戦う方向で動いているようです」
「毎度思うのだが、お前の部下はどうやってそんな情報を」
「聞きたいです?」
サルースがにやりと怪しく笑った。
「いや、やめておく。有用なのは間違いないからな。・・・話を続けてくれ」
「はい。既にテンプルムの北、テンプス平原に戦力、および物資が大量に集められています。さて、ここで気になるのが」
「なぜ同盟の決議もとらず、既に六国は戦うつもりなのか」
「その通りです。そりゃあテオロクルムとカルタイは先のアドナ事件の後始末でそれどころではなく、ゲヌス、ピラタはどうせ様子見を決め込んで強い方につくでしょう。セナトゥス、ルシャナフダに関しては議会が紛糾したりで意思決定が遅いから、それにつられて機を逃したくないというのもわからなくはないです。しかし、事は大国との戦いです。十三国の連携が取れなければ『普通は』勝てません」
普通は、を妙に強調してサルースは言った。
「動機がちょっと読めないんですよ」
「それは、これまで虐げられてきた復讐だとか、これ以上支配される恐怖に怯えないためだとか」
「将軍じゃないんだから、そんな感情論だけで動くわけないでしょう」
ファルサの拳骨がサルースの脳天に落ちた。しばし悶絶し、サルースはちょっと涙目で話を再開する。
「別の目的があるように思います。戦争を隠れ蓑にして、本当の狙いがある。そんな気がします」
「それは何だ」
「皆目見当もつきません。が、戦争が起こす結果からアプローチしてみましょう」
「結果、というと、被害が出るとかか?」
当たり前のことを、とまた馬鹿にしてくるかと思いきや、サルースは首を縦に振って同意した。
「そうですね。間違いなく被害が出ます。それもかなりの被害です。数千、数万の死傷者が出るでしょう。他には?」
「勝者と敗者が生まれる。しかし、お前が言うように別の目的があるのなら、勝敗は関係ないかもしれないが」
「ん、ま、そこは保留ですかね。もしかしたら本当に六国で勝つつもりなのかもしれない。しかし、それはそれで問題が出ます」
「大国に勝つ手段を持ちながら、今まで隠匿していた理由、だな」
「そうです。同盟国に対して、国家機密を全てを打ち明けるなんてことはあり得ませんが、それでもそんな手段があるなら打ち明けるメリットの方が大きいと思います。同盟の主導権を握り、ゆくゆくは同盟の盟主として、リムスを統一するかもしれませんから」
「まさか負けるのが目的、とかか?」
十三国同盟に裏切り者がいて、大国に同盟国を売り渡そうとしているのだろうか。しかし、同盟国の誰もが、大国の理不尽な仕打ちを知っているはずだ。たとえ一時仲間を売った事で利益や平穏を得られても、その後に待っているのはこれまで以上の理不尽だと理解しているはずなのに。
「いえ、それは絶対あり得ません」
ファルサの懸念を、サルースは否定する。
「ならお前は、被害は出るが、勝敗はどうでもいい。と?」
そんな目的があるのかとファルサは内心首を傾げた。戦いの主目的は勝つことだ。勝った先にある成果の為に戦うのだ。
だが、反論はまだ控える。目の前の男は、これまで自分が考えもしなかった視点を持つ。その視点が、多くの成果を生み出してきたことも。
「被害そのものが、目的かもしれません」
サルースは言った。
「被害を出すことが目的? 国力を弱らせるという意味か?」
「いえ、そうではなく。敵も味方も関係なく、大勢の死傷者を出すことが目的という意味です」
意味が分からない。ファルサは混乱した。
「そんなことをして、何の意味がある」
「一つ、思い当たることがあります」
「何だそれは」
「将軍もよくご存じのはずです。人を人として扱わない、非人道的な魔道具の存在を」
「まさか、メリトゥムの事を言っているのか?」
プルウィクス王族の体内に埋め込まれ、彼らが死ぬと爆発する負の遺産だ。
「この場合、死人からでも魔力を生み出すことができるという部分が重要だと思います。一人分でも城を吹き飛ばすほどの威力を生み出す魔力がある。大勢の死人から生み出される魔力はどれほどの量か」
「あり得ない。メリトゥムはプルウィクスでも知る者が限られる機密中の機密だぞ」
「良いですか、将軍。人間の考え付くことは、他の人間も大体考え付くものです。現に、アスカロンの魔術師プラエ殿は僕たちと出会う前から魔力を蓄積する魔道具を作っていたでしょう? それに、我が国は一人、罪を犯した国家魔術師の国外逃亡を許してしまっています」
「エレテか」
苦々しい顔でファルサが言った。その名を口に出すだけで怒りが込み上げてくる。かつて非道な人体実験を繰り返した国家魔術師だ。まさかこんなところでつながりがあるとは。
「ええ、僕を上回るド外道です。自分の技術と引き換えに、資金提供を受けていたのでしょう」
「くそ、やはり裁判など待たず、捕まえた時にさっさと殺しておくべきだった」
「悔やんでも仕方ありません。今は、目の前の問題を解決することに専念しましょう。死んでしまった者を、殺すことはできませんし」
とはいえ打つ手はありませんねえ、とサルースはぼやいた。
「大量の魔力を用いて何をするつもりなのか、それ以降がさっぱりわかりません。とりあえず出来ることからやるしかありませんね」
「そうだな。まずどうする?」
「そうですね。では将軍にお願いが」
「何でも言ってくれ」
「謀反を起こして、捕まってください」
二度目の拳骨が落ちた。
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そして現在。私たちにサルースとのやり取りを話し終えたファルサがため息をついた。
「何かが起こるのはわかっていた。まずは王女の安全を確保、次いで自軍の損害を押さえ、可能であれば戦いの流れをコントロールし、何かが起こる前に戦いを望む六国以外の国に働きかけ、交渉へと方向転換したかったのだが」
「残念ながら、上手くはいかなかった、というわけですね」
「それで、サルースはあなたたちが動くように仕向けたという事か。我々のケツを拭かせてしまい、面目ない」
「慣れましたよ。プルウィクスの問題事に巻き込まれるのは。それよりも、今後どうするか、です」
「うむ、そうだな。とにもかくにも、私も主戦場であるテンプス平原に行かねばならないが、今から間に合うだろうか・・・、そう言えば、どうやってここまで来たのだ? テンプス平原からここまで、二週間はかかるはずだが」
「ああ、それは空を飛んできました」
「空を? それは、急いで来たという意味だろうか?」
「いえ、文字通りの意味です」
いまいちわかっていないファルサ将軍が珍しく狼狽え、野太い悲鳴を上げ、分厚いコートを着させられた理由を骨の髄に叩きこまれるまで、あとわずか。




