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死んだつもりで、地獄を進め  作者: 叶遼太郎
復讐の火々が灯した過去は、今に至る道を照らして
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テンプス要塞とその周辺

 テンプルムの北部、テンプス平原が川と山、樹海で人が通るのに最も狭くなる場所にそれはあった。もともとあった山肌を加工し、削った土砂も利用して、川と山の間に高く分厚い壁を作り上げた。壁は川に沿うようにして二百メートルほど伸び、山の方へと折れ曲がっている。俯瞰で見ると、山と壁によって長方形の囲いが出来ているようだ。山の中腹には監視塔があり、平原だけでなく、川や樹海からの侵入も見落とさない。

 話には聞いていたが、本当に要塞になっていた。

「戦うことを想定していたってのは、間違いないですね」

 ムトが自分たちよりも何倍も高い壁を見上げながら言った。

「たとえ魔道具を使ったとしても、ひと月、ふた月で出来る規模じゃない。下手すると、カリュプスを奪い取ったその日から、この時の為に準備していたと言われても不思議じゃないかも」

 彼の言う通りだ。ただそれはそれで、少々気になることが生まれる。業者の話では、物資を搬入していたという話だが、ざっと見た感じ既に完成しているように見受けられる。最近運ばれたはずの建築資材はどこに運ばれたのだろうか? まだ改装中、建築中なのだろうか? 壁を最優先で作っただけで、内側を今作っているとか。無い話じゃないし、そこまで気にするほどの物ではないわけだが。

 要塞の門の方へと移動を再開する。

「ティゲルさん、どうしました?」

 後ろでゲオーロの声がした。振り返ると、彼は隣のティゲルに向かって話をしていた。

「いえ~、大したことでは~」

 彼女はそう言いつつも、すぐそばを流れる川から視線を逸らさない。そのせいで、足元の石に躓き、転びそうなところをゲオーロに抱きかかえられていた。

「す、すみませ~ん」

「大丈夫ですか?」

「どうしたの?」

 足を止め、彼女たちに近づく。

「あ、団長~。申し訳ありません~」

「怪我はない?」

「大丈夫です~」

 ティゲルの視線の先を追って、私も川の方を見た。かなり広い川幅で、一キロ以上、広いところだと二キロくらいあるかもしれない。大河川と呼んで差し支えないだろう。流れはそれほど急ではないが、無事渡るには船を使うかこの先にある橋を使用するべきだろう。

「何か気になる事でもあった?」

「あ、いえ~、大した事では~」

 ゲオーロの時と全く同じ返事をして、しかし彼女の目はまた川の方を向いた。

「教えてくれる? 何が気になるのか」

 本当に、大したことではないんですよ。ティゲルはそう前置きして言った。

「少し、水量が減っている、気がします~」

「水量? 川の?」

「はい~」

 改めて川を見る。水はかなり澄んでいて、川底が見えるほどだ。遠くでは魚が跳ねているのが見えた。

「川岸の近くに、こう、くたっとした感じの緑の草があるのが見えますか?」

「ええと、あの半ばから折れ曲がっている、細い草のこと?」

「あれ、水草の一種なんです。本来なら水中に完全にあるタイプの。でも完全に水中から出てて、それが気になりまして~」

 ティゲルが言うには、この地域は雨季と乾季があり、乾季には川幅が半分になることもあるという。場所によっては水量も膝下ほどになり、船を使わず歩いてわたることも出来るとのことだ。

「でも、まだ乾季の時期じゃないですし、雨季に雨が少なかった、という話も聞いたことありません。川が干上がるほど天気が変わっていたら、作物が出来なくて市場に出回らないと思います。少なくとも価格は変わっているかと~」

「いやぁ~、そういう話は聞いたことありませんね」

 話を聞いていたボブが答えた。チラシを作っている彼は、常に行く先々で市場の価格をチェックしている。商人から話も聞いている。その彼が聞いていないのだから、大きな天候不順は無かった、と考えるのが普通だろう。

「でもまあ、自然のことですし~。私たちが全て把握できるなんて不可能ですから~。こういうこともありますよね~」

 なので大したことない、とティゲルは考えたようだ。

 確かに、大したことはない、のかもしれないが。それでも気になることが一つ増えた。

 嫌な、兆候だ。うなじのあたりがチリチリするような感覚。

「とりあえずさ、その辺の話、入ってからにしようや」

 テーバが言った。それもそうだ。今すぐ結論の出なさそうな事を、こんなところで話し込まなくても良い。

「で、ですね~。すみません、私のせいで皆さんの足を止めちゃって~」

「お、あ、いや、すまんすまん。責めてるわけじゃねえんだ。気になるって感覚が大事なのは俺にもわかるからよ。ただこの辺は山間だし、すぐ暗くなっちまう。夜は獣が出歩く時間だ。余計なリスクは避けた方が良いと思ってよ」

「あ、確かに、この地域はロピスカの生息地域ですしね~」

「ロピスカ?」

「はい~。小型のドラゴンの一種ですね~。大きさはこれくらい」

 ティゲルが自分の胸辺りに手のひらを添えた。百二十、三十センチくらいだろうか。

「ちょっと大きな犬と同じくらいでしょうか~」

「随分と小さいドラゴンだな。あんまり危なそうには思えねえが」

「一体あたりの危険度で言えば、そう高いものではありません。頭の硬い角や、毒のある爪に気をつければ、普通の人でも追い払うことができると思います。草食ですので人間などを襲うというケースもほぼ記録にありません。ただ、ロピスカは群れで餌を求めて行動します。それも生半可な数ではなく、数百から数千、過去には万単位の大移動が確認されています。もし移動に巻き込まれでもしたら、人間なんかひとたまりもないですね~」

「そいつはちょっと、ゾッとしないな」

 自分が押し潰されるところを想像したのか、テーバが肩を震わせた。話を聞いていた他の団員も気味が悪くなったか、急ぎ足で門へと急ぐ。

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