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死んだつもりで、地獄を進め  作者: 叶遼太郎
狼煙は上がり、天秤は砕け落ちる
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無事だった二人

「まいりましたねえ」

 のんきに独り言を呟きながら、ワスティはアスカロンの団長アカリとトスナーとの追いかけっこを観察していた。

 普通の人間ならば絶望的な状況だ。戦意を喪失し、体が諦めに飲み込まれて無気力になり、動かなくなってもおかしくない。だが、アカリは動き続けていた。それも、ただ生き延びたいからという生存本能に追い立てられて逃げ回っているだけではない。相手の動きを観察し、周りを観察し、勝ち筋を見出そうと足掻いている。諦めていないのだ。未知の、明らかに自分たちよりも強大な敵に対して。

 ずいぶんと慣れてらっしゃるようで。

 憐憫と皮肉めいた賛辞を含んだ笑みが浮かぶ。普通の生き方をしていれば、ドラゴンに追い回されることも、古代兵器に追い回されることもない。慣れるほど対峙している方がおかしいのだ。もう、アカリ自身がそういう厄介な何かを引き寄せる体質ではないかと勘ぐりたくなる。

「モテモテですねえ。全く羨ましくないですけど」

 結局のところ、彼女は甘いのだ。お人よしと言っていい。彼女自身は、おそらくは傭兵団の団長としてドライな人間であるように振舞ってはいるが、ワスティからすればドライと呼ぶには程遠い。ドライな団長は自分から殿などの危険な役割を買ってでない。むしろ部下にまかせて先に逃げる。巻き込んだ側が言うのもなんだが厄介な依頼も受けないし、依頼内容が違った時点で降りるし、なんなら命を守るために有利な敵側につく。いくら仲間の仇討ちだからって、大軍でも抗えないような圧倒的な力を持つ相手に対して、逆らおうとは思わない。

 だからこそ、これまで厄介な依頼が舞い込み続けてきたのだろう。依頼主にとって、彼女が最後の砦なのだ。そして彼女は、見捨てること、切り捨てることができなかったから、普通の人間では得ることのできない経験を否応なく積み重ねざるをえなかった。

 でも、だからこそ、多くの人間の信頼を得てきたのだろう。一個人が一国の王と対等に話をすることなどまずあり得ない。しかも彼女は、リムス中の国家の中枢に対して太いパイプを持っている。ワスティが把握しているだけでも六か国の要人と結びついているはずだ。

 確かに彼女は、協力したくなる魅力がある。ワスティ自身も、殴られたりひどい目に遭ったことはあるが、なんだかんだで協力している。

「馬鹿な子ほどかわいい、ってやつですかねぇ。・・・まさか、これが母性?」

「何を馬鹿なこと言っているんだ。いつあの化け物が私たちを見つけるかもわからないのに!」

 小声でファナティが怒鳴る。彼女たちがいるのは、格納庫にあったコンテナの一つだ。トスナーが殴った衝撃で隙間が開き、そこに身を潜めている。

「とは言いますがね。司祭さん。現在通路は封鎖されていて、開く予定は、ええと、十何分か後です。どうにも出来ませんよ」

「だからって、ここで見つかったら逃げ場がない、袋のネズミだぞ」

「では、外に出てみます? あのトスナーとやらから残り時間逃げ切る自信があるなら止めませんけど。アカリ団長の機動力に迫る素早さ、物陰に隠れたジュールさんやテーバさんの居場所を、どうしてか察知できる透視の様な能力。失礼ですが、司祭さんが出て行ったら十秒もたない方に賭けますね」

「ぐぬぬ」

 唸るファナティのそばで、おや、とワスティは首を捻った。今、自分は妙な事を口走った気がする。それが何か気づく前に、きっかけは過去へ向かって目の前を通り過ぎた。

「しかしだな」

「ちょっと、黙ってください」

 司祭の口を人差し指で塞ぎ、通り過ぎた過去を掘り返す。

「司祭さん。私今、何て言いました?」

「は? 何って、お前自分が言ったことをもう忘れたのか?」

「いいから、早く。それとも、ここで一生過ごします?」

「何だというのだ一体。・・・ええとだな、確か黙れと」

「その前です」

「その前? その前というと、私がここから出ても十秒持たないとか」

「もう一声」

「トスナーとかいう、あの古代兵器の能力のことを話していたか。魔女の動きについていく素早さだとか、物陰に隠れた相手を見つけ出す透視能力だとか」

「・・・それです」

「どれだ? というか、お前は一体何を言っているのだ? それよりも人の眉間に指をつきつけるんじゃない。こら、やめないか」

 ファナティを無視して、ワスティは思考を巡らせる。

 透視。コンテナの裏側にいる相手を見つけたのだから、そんな能力を持っていると考えてもおかしくない。

 だが、透視能力でないことは、自分たちが証明している。もし透視能力であるなら、自分たちも捕捉されていてしかるべきなのだ。だが、今のところトスナーがこちらに気づいたような気配はない。

 透視でないなら、なぜ気づいた。ワスティは極力顔を出さないよう注意しながら、隙間から外を覗き込む。ここからだと、丁度ジュールが隠れていたコンテナが見える。そこを中心に、視線を巡らせる。そして、気づく。

「何、あれ」

 壁と天井の隅に、赤く光る何かがあった。目を凝らすと、小さな望遠鏡のようなものが取り付けられている。望遠鏡は四角い箱の中に入れられていて、赤く光っているのはその箱の下部にある小さな点のようだ。

 視線を、別の隅に向けると、同じように赤い光点が見つかった。おそらく同じような望遠鏡が取り付けられていると推測できる。望遠鏡の用途は、遠くの物を見ることだ。でも、あの望遠鏡は誰かが使っているようには見えない。

「もしかして」

 先ほどのマルティヌスの発言は、こちらが慌てふためく様を『見て』楽しんでいるようだった。声も遠くから届けられるのだ。視界も、離れたところの場所が見られるのだろう。事実、外のテオロクルム軍対レギオーカの戦いを見ている。あの望遠鏡が、マルティヌスたちの目なのだろうか。

 そこからさらにワスティの推測は進む。

 離れたところの目を自分の目のように出来る機能は、トスナーにも備わっているのではないか。

 突飛な考えだと自分でも自覚している。同じ場所ならまだしも、別の視点をいくつも持っていたら、自分がどこにいるのかも判別できなくなってしまう。しかし、相手は三つの顔を持っている。不可能では、ないのではないか。

 もしかしたら間違っているかもしれない。不確定な情報を渡して混乱を引き起こし、より状況を悪くしてしまう可能性は否めない。

「ま、いっか。その時はその時だ」

 どうせこのままじゃ負ける。ならば、一番勝率の高そうな彼女に情報を託そう。この情報が突破口になると信じて。それに、ワスティはこういう賭けにこれまで負けたことがない。だから、今回もなんとかなる。妙な確信を胸に、預かった通信機をつなぐ。

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