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死んだつもりで、地獄を進め  作者: 叶遼太郎
狼煙は上がり、天秤は砕け落ちる
364/428

歴史に名を刻め

「どう思う?」

 マルティヌスの演説を聞いて、私は周りのアスカロン団員に話を振ってみた。

「どう思う、って言われてもなあ。聞いたまんま、としか俺にはわからん」

 テーバが両手を上げた。

「一日猶予をやるから、さっさと降伏しろってことだろ? 優越感を隠そうともしない嫌味な演説、じゃあないのか?」

「嫌味なのはそうなんですけど」

 なんとなく。本当になんとなくなのだが、違和感を覚えた。

「時間稼ぎ、じゃないのか」

 後ろからの声に振り返ると、ジュールがいた。

「時間稼ぎだと?」

 プロペーが尋ねる。

「どういう意味だ? 相手は空中から一方的に攻撃出来て、海岸線にレギオーカの軍を編成できている。奴らが時間を稼ぐ意味がないのではないか?」

「語弊のある言い方で申し訳ありません。相手が圧倒的有利なのは揺るがない事実です。ですが、陛下がおっしゃったように奴らは我々に時間を与える理由がないのです。本気で皆さんに慈悲を与えようと考えているとは思えませんし」

「確かにな。むしろ、一か所に固めたところで、空からの、あの攻撃で一掃されかねん」

「もちろん余裕がありすぎてこちらのことなどどうでもよくなったから、戯れに慈悲の心が出た、という可能性は捨てきれないですがね。・・・団長、あんたもマルティヌスの演説を聞いていて、何か気づいたんじゃないのか」

 ジュールが私に話を振った。まだプラエの死が割り切れないだろうに、仕事を果たそうとする彼の姿は痛々しいものがあった。心の中で感謝して話を引き継ぐ。彼らの話を聞いていて私の違和感が少し言語化できたので、それを口にしてみる。的外れでも、誰かがそれを受け取り、新たな可能性を口にするかもしれないからだ。

「もしかしたら、の話になるんだけど、アドナが放ったあの攻撃は、連発できないかもしれない」

 私たちが使う銃も、一発撃てば弾込めが必要になる。アドナの砲撃は山を一つ消し飛ばすほどのエネルギーだ。たとえ古代文明であろうと、すぐに次弾が撃てないのではないか。あの巨体を浮かせ続けるエネルギーだって常に発生しているのだ。何らかの制限があってもおかしくない。

「また、海底で戦った時に気づいたのだけど、レギオーカは至極簡単な命令で動いていた。例えば近くに来た人間を殺せ、というような。それで、近くに人間がいなければ停止してしまっていた。その命令を書き換えているのではないか、と」

「海岸で陣取ったまま動かないのは、待機しているのではなく、アドナからの指示を待っている状況だと?」

「あくまで、可能性の話です」

「マルティヌスたちの内情を考えるのも大事だが」

 カルタイが話に入ってきた。

「重要なのは、一日時間がある、ということだ。油断であれなんであれ、相手がこちらを下に見てくれているのは助かる。その間にこちらも準備を進めることができる」

 彼は私を見て言った。

「仕込みはしてきた、と言っていたな。聞かせてくれ。空に浮かぶ連中と、どうやって戦うのか」

「カステルムも、降伏するつもりはないのですね?」

「ああ。プロペーも言っていたが、カステルムも邪教の一味と認定されているし、おそらくはアドナと同じ古代文明を有する我々を放置するとは思えない。予言のこともある。だが、民には説明せねばなるまいな。動揺が広がっているだろう。すでに逃げ出している者もいるかもしれないからな」

 故に一度国に戻る、カルタイはそう言った。

「俺のラケルナを取ってくる必要もあるし」

「そう言いつつ、実は我らと手を切るつもりではあるまいな?」

「見損なってもらっては困る」

 軽口を吐くプロペーを、カルタイは睨みつけた。

「貴国に受けた恩をあだで返すような真似はしない。たとえ全ての民が離れても、俺だけになったとしても戻ってくる」

「・・・すまない。たとえ軽口でも、貴方の誇りを汚すような真似をしてしまった」

「わかっているさ。何年来の付き合いだと思っているんだ」

 カルタイが肘を曲げて手を差し出す。プロペーは差し出された手を腕相撲のように組んでがっちりと握手した。

「話がまとまったところで、作戦会議を始めましょうか」

 二つの国と一つの傭兵団が、同じ船に乗った。


―――――――――――――


「テオロクルムに動きあり、だと?」

 マルティヌスに部下からの報告が入ったのは、その日の夕方だった。昼間に降伏勧告をしてから数時間経過したころだ。

 アドナ内部にある居住区の、最もグレードが上の部屋で休んでいたマルティヌスは、前方にある指令室に向かっていた。アドナは上から見て直角三角形をしていて、直角の部分にアドナの中枢が集まる指令室、後部の底辺に当たる部分がエンジンやプロペラなど、そして中央部が格納庫や居住区と大まかに分かれている。

「存外、早かったな。まあ、流石のテオロクルム、カステルムとはいえ、アドナの威容を見て屈さぬはずがないか」

 あっけないものだ。だが、朗報でもある。一国が落ちれば、次々と他の国も後に続いて陥落していくだろう。十三国すべてが落ちれば、次は旧大国だ。とはいえ、それも時間はかからない。地上からはレギオーカや同盟国が進軍し、空からこのアドナが侵略することになる。賢明な王であれば、戦う前に戦力差を理解し降伏するだろう。

 リムス中の国家が自分の前にひれ伏す。後の歴史書には、こう書かれるだろう。リムスを統一した唯一無二の救世主マルティヌス、と。

「そ、それが」

 輝かしい未来に陶酔していたマルティヌスに、部下の報告が水を差した。顔をしかめたマルティヌスは、前面に表示されたモニターを凝視して、ややあって大笑した。

「見ろ。あれは、野戦のための築城だぞ! 奴ら、レギオーカと戦う気だ!」

 アドナの望遠レンズが捉えたのは、テオロクルムにて大規模な工事が行われている光景だった。

 テオロクルムは海岸線から城までが斜面となっている。家屋なども壁として利用し、馬防柵に土塁を作り備えている。備えているのだ、レギオーカに。対して、ヤハタ山に向かっている民の姿は確認できない。

「あっはっは、てっきり逃げ出すための準備でもしているのかと思いきや、奴ら、戦う準備をしているのだ。これが嗤わずにいられるものか! ああ、悲しい。可笑しくて、悲しいな。テオロクルム王の愚かさも悲しければ、それに巻き込まれる民の不憫さも悲しい。涙が出てくる」

 目元を拭い、マルティヌスは続ける。

「このアドナが良く見えるよう、目障りな山を消してやったのに、奴らはこの現実が見えていないようだ」

「いかがしますか。アドナの主砲『鉤爪』を撃ち込みますか?」

 部下の提案に一時思案し、「やめておこう」とマルティヌスは却下した。

「あれは莫大な魔力を要する。アドナを動かしている魔道具は自ら魔力を生み出し続ける永久機関だが、時間ごとに生成できる魔力には限りがある。一度撃てば、再度撃てるようになるまでかなり時間がかかる。そんな切り札を、たかが小国一つを潰すのに使うのはもったいない。我らには、この後も控えているのだ」

「はっ。失礼いたしました」

「それに、せっかく舞台を用意してくれているのだ。乗ってやらなければ可哀そうだろう。必死に準備して、それら全てが無駄に終わるところを見届けてやろうではないか。レギオーカに悉く蹂躙され、奴らの顔が絶望に染まるのを見るのもまた一興だ。そしてそれは、他国に対する良いパフォーマンスになる。神に逆らった者たちがどうなるか見せしめにしてやる」

 マルティヌスが「ファナティ!」と怒鳴った。アドナの最前列でコンソールと資料を交互に見ていたファナティは急に名前を呼ばれ、背筋を伸ばした。

「は、はい! 何でしょうマルティヌス司教」

「マルティヌス、『司教』?」

 マルティヌスが顔をしかめ、ファナティをねめつける。

「失礼しました! 救世主マルティヌス様。何のご用命でしょうか」

 救世主と呼ばれたことに満足したマルティヌスが指示を出す。

「ここからではテオロクルムの様子が見づらい。海の方へ回ってくれ」

「移動、されるのですか?」

「そうだと言っている。滅びるところを間近で見たい。それに、たしかアドナの目には、その場の光景を映し、本のように残しておく力があったな」

「はい。録画、と呼ばれる機能ですね」

「そうだ。愚か者の末路を、後世に残しておくように」

「かしこまりました。少々お待ちください」

「・・・まだ全てを把握できないのか」

 マルティヌスの苛立った声に怯えながら、ファナティが説明する。

「申し訳ありません。何分、アドナは神代の兵器。使用されている古代文字を解読し、理解しながらでなければ使うことができないのです。下手に触って、爆発でもしたら事ですから。しかも今は、海岸線で待機しているレギオーカの命令を変更する作業もありますから」

「言い訳はいらん! 何のために貴様みたいな役立たずを重用してやっていると思っている。古代文字を解読する事だけは人並みの貴様を生かしているのは、その才能を私のために利用してやっているからだ。私が連れてきた解読班の人員が死ななければ、こんな手間取ることもなかったのに」

「くそ、だったらもっと丁重に扱えってんだ」

「何か言ったか?」

「いいえ! マルティヌス様のご温情、感謝してもしきれません!」

「感謝しているなら! 行動で! 示せ!」

「すっ、すぐに!」

 ファナティはなれない手つきでコンソールを操作する。慣性を感じさせないほどゆっくりと、アドナはテオロクルムへと進み始める。マルティヌスは鼻を鳴らし、再び視線をモニターに向けた。

「さあ、偉大なる偉業の、その第一歩だ」

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