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死んだつもりで、地獄を進め  作者: 叶遼太郎
灰燼の荒野にて、萌芽する厄災
245/428

落陽

 ガラガラと瓦礫が崩れる。美しく荘厳な城は跡形もなく、三階から上にそびえていた塔がきれいさっぱり消えていた。代わりにうず高く積まれた瓦礫の中には、黒く焼け焦げた人間の亡骸が含まれていた。超高温によって炭化し、触れれば崩れてしまいそうになっている。

 瓦礫の中から、腕が生えた。右腕の次は左腕が突き出され、上下左右に動く。動きの幅が少しずつ広がったところで、顔が出てきた。ふう、とドゥクス・カリュプス王は大きく息を吐いた。少しずつ瓦礫を退けながら、体を起こす。

「ふん、これが『兵どもが夢の後』とかいうやつか?」

 いつか聞いた、ルシャの言葉を思い出した。カリュプス王家が代々住まい、王家の象徴として何百年も立っていた城は、以降何百、何千年と変わらず存在し続けると誰もが信じて疑わなかった。それがどうだ。見るも無残に打ち崩された。諸行無常、これもルシャの言葉だが、この世に移ろわない物はないという事か。

「まあ、どうでもいいか」

 ドゥクス・カリュプスはこれまでの王族のように伝統や格式をそこまで重要視していない。必要なものではあるが、状況に応じて利用する道具の様なものだと思っている。無ければ無いで、それにとって代わるものを新たに用意すればいい。

 彼はある意味で合理的な人間であった。彼が息子のイディオに向かって言ったことは全て本心だ。現在の貴族間のトレンドはどれほど珍しいもの、希少品を持っているか。だから大枚をはたいて希少品を手に入れるよう苦心した。金が足りなければ経費を削減すればいい。だから軍備を削った。それでも足りなければあるところから取ればいい。だから増税した。そこに人の感情は挟まれない。全ては国家を存続させるため。

 だから、不要なものは切り捨てた。

 自分の息子である第一王子バリバンは、王の器ではなかった。頭も悪く勘も悪い。王である自分が何のために贅を凝らしパーティーを開いているかを理解せず、自分の欲のために湯水のごとく金を使っていた。王子である自分は何をしても許される、などという勘違いをしていた。だからバリバンを生んだ同じく浪費家の愚かな王妃と共に切り捨てた。これで、幾分か経費が節約できるだろう。

 第二王子であるイディオはそこそこ有用な人間に育っていた。妾の子という立場が卑屈にさせていたが、その立場が辺境では求心力に変わり活かされた。だが、奴も王たる自分の考えを理解せず、反乱という最も愚かな手段を取った。しかも自爆などという、王族にあるまじき手法まで用いて。結局は大局を見れず、局地的な物の見方しか出来ない愚か者であった。そんな玉砕覚悟の手法をとっても無駄だった。犬死だ。無駄に散らせるくらいなら、こちらで有効活用させてもらいたかった。

 唯一残ったのは第三王子のファースだけか。

「奴が駄目なら、新しく用意するしかないな」

 全ては国の存続、繁栄のため。瓦礫の城の上でドゥクスは物思いにふける。ともかく、反乱は失敗に終わった。後は加担した連中を調べ処刑し、そいつらの資産を没収する。領地も奪い、王家直轄とする。これらをなるべく早く片付けねばならない。弱っている部分など見せれば、他国が好機とばかりに攻め込んで来る。膿は出せたが、傷の縫合は厄介で、時間がかかれば病にかかり腐ってしまう。

 王にのしかかる責務は重く、職務に終わりはない。まずは生きている人間を呼び集め、対策会議を開かねばならない。王城の復旧作業もだ。資材、人材をかき集め、権力の象徴として生まれ変わらせる。やるべきことは山積みだった。

 ドゥクスは会場だった、今はただの高台となった場所から去ろうとして、ふと目をやる。彼の視線の先には、大柄な男の死体があった。他の死体と比べて炭化具合は低く、人の形を保っている。あの爆発でほとんどの人間は跡形もなく消し飛び、残った者も全身焼き尽くされている中で、その死体は目を引いた。

「ずいぶんと頑強な人間もいたものだ」

 おそらくイディオが連れてきた傭兵だろう。もし生きていたら、護衛に雇ってやったのに。金で忠誠を買えるなら安いものだ。金が続く限り裏切る心配がない。

 だが、もう、死んでいる。使えない者に用はない。そばを通り過ぎようとした。

 チカッと視界の隅で光が走る。目を逸らしたばかりの死体の方向だ。ドゥクスが気づくより前に、彼のマントが反応した。防衛機能が組み込まれた王家に伝わる魔道具だ。所持者への攻撃に自動的に反応し、受けた衝撃や熱などを遮断する。イディオが使った魔道具『メリトゥム』の爆発による高温、衝撃すらも防ぎ切り、ドゥクスの体を守り切った。

「・・・っがふ」

 ドゥクスは驚愕の表情を浮かべた。じわりじわりと喉が苦しくなり、咳込めばどろりとした、真っ赤な液体が足元に散らばった。咳込めば咳込むほど、すっきりするどころか喉に血がたまり、増して息苦しくなった。目を下に向けると、糸の様な細い光がマントとマントの隙間を掻い潜って、自分の喉元に突き刺さっていた。イディオの自爆は、自分を殺さないまでもマントの機能を著しく低下させていたのだ。それを理解した途端、痛みまで湧き上がってきた。

「届いたぞ」

 ドゥクスの耳に声が届く。ぼやける視線の先で、死体が動いた。死体の下から、何者かが立ち上がる。その者の手に握られた剣先から、光の糸は伸びていた。

「き、さま、は」

 刺された喉を酷使して、ドゥクスは問う。

「私は、復讐者」

 そう応えたのは、若い女だった。

「復讐、者、だと?」

「そう。お前に虐げられた何人もの人間のうちの一人。インフェルナムの卵が絡む依頼で、滅びた団に所属した者の一人」

 インフェルナム。己を社交界の中心へと押し上げた、人が手に出来る物の中で最高級の希少品。多くの犠牲が出たことは知っている。自分がその犠牲を強いたことも、一つの同盟国が滅びたことももちろん理解している。

「長かったわ」

 女が剣を捻り、更に押し込んだ。糸の幅が広がり、傷口を抉る。立っていられなくなり、ドゥクスは膝をついた。倒れられないのは、女の剣が刺さったままだからだ。女が自分を見下ろした。王である自分を。

「愚、かな。復・・・讐など・・・」

 無意味なことを。非生産的で、非効率な、感情に任せた愚かな行為だ。その愚か者の刃が、国を守る為に合理性を極めた王の首に突き刺さっている。皮肉なものだと笑いが込み上げてきた。実際に口から出たのは、泡のついた大量の血液だったが。

「愚かだなんて、言われなくてもわかってる」

 女が言った。

「でも、愚かだからここまで来れた」

「そ、うか」

 もう、目はほとんど見えない。

「名を、聞こう。愚か者の、名を」

「傭兵団アスカロン団長、アカリ」

 このリムスを暗黒時代に誘う者の名が、光を照らす意味を持つ『灯り』とは、何たる皮肉か。最後の力を振り絞って、告げる。

「地獄で、待って、いる。もがき、苦しみ、絶望の旅路の果てで、貴様が何を見たか、教えてくれ」

 獣のような叫び声をあげて、女が剣を横に凪いだ。胴体から切り離された王の首が、国と共に落ちていく。

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