敵は何だ?
「アカリ!」
遠くで私を呼ぶ声がする。作業場の入り口の方からだ。見れば、トリブトムの傭兵の一人、ヒラマエだ。こっちを手招きしている。小走りに近付くと、作業場の建物の影に連れ込まれた。
「一体、どうしたんですか?」
答えず、ヒラマエは私を背中で隠し、左右を確認した。そして、でかい図体には似合わない小さな声で私に言った。
「アカリ、お前はガリオン傭兵団の人間だったな」
「はい、そうです。入団したての新米ですが」
「新米古株はどうでも良い。団長に伝えるんだ。今すぐ、この街から出ろと」
深刻な顔で何を言うかと思えば、かなり深刻そうな話になっている。
「え、何で、ですか。突然どういう」
「悪いが、守秘義務に引っかかるので、俺からはこれ以上話せない。まだ確証もない話だしな」
「確証もないことを話すことなんて出来ませんよ流石に。せめて理由がないと」
「トリブトムの名前を出せば、話は聞いて貰えるはずだ。もどかしいかもしれないが、俺だって今お前に話しているのは契約違反ぎりぎりなんだ。マグルオならもう少し上手く話せるんだろうが」
「そのマグルオさんは、どちらに?」
「あいつは、今確証を得にマディと動いている」
動くってなんだ。その表現の仕方から察するに、隠密行動、スパイのような行動をしているって事じゃないのか。
もしかして、と勘が働いた。今しがた自分が考えていた事は、ヒラマエの話に繋がるんじゃないか。繋がらなければそれはそれで構わない。聞いて当たっても外れてもこちらにデメリットがない。
「ヒラマエさん。守秘義務って事は、あなた方の任務に関係する話じゃないんですか?」
「それも言えない。守秘義務があると言ったろ?」
「問題はトリギェさんですか?」
ヒラマエは反応した。目を見開き、睨むような形相で私の顔を見ている。そんな顔で見下ろされた私の口は閉じてしまう。しかし、何とかこじ開け、言葉を畳みかけなければ。
「気づいたんです。ロストルムは賢い。群れを率いるボスともなればなおさら。引き際を見極めるくらいどうって事ないはず。しかし、ボスは執拗にあなた方と、トリギェさんを狙ってた。もしかして、彼が持っていた依頼品が原因で」
「それ以上は、よせ」
ヒラマエの手が、腰の剣の柄に添えられた。同時に、向けられる殺意。
「俺は、恩人のお前を殺したくない」
まだ剣は抜いていない。けれど、切っ先が首元につき付けられているようだ。目を瞑り、何度も小刻みに頷く。
「確かに伝えたぞ。アカリ、急げよ。時間はあまりないぞ」
そしてヒラマエは私の元から立ち去った。息苦しいほどの圧力が消え、その場にへたり込む。
ヒラマエの反応を見るに、私の想像は真相に掠っている。問題は、これから何が起こるかだ。
「篠山さん?」
上原の声だ。こっちを探している。
「ここよ。ここにいる」
「なんでそんなところに? まさか、さっきの人に何かされたの?!」
上原が勘繰る。違うと否定し、足に力を入れて立ち上がる。
「それよりも、これから団長の元に行かないと」
「団長のところに? 何で?」
「伝言を頼まれたの。一緒に来てもらえる? 道すがら経緯を説明するから」
「そりゃ、もちろん構わないけど・・・って、ちょっと待ってよ!」
彼が言い終わる前に、私は駆け出していた。ロストルムの作業をほったらかしにしたことで、後でラスに何か言われるかもしれない。けれど、そうなればただの笑い話で済む。笑い話で済めばそれに越した事はない。まだ取り返しがつく。
ヒラマエの様子からは、笑い話では済まなさそうだ。最悪の事態がどんなものかは知らないが、想定して動く。
ガリオンの部屋に、ノックしながら入る。
「ちょ、おい! まだ入れとも言ってないだろうが!」
ガリオンは机に座り、何か事務処理をしていた。反対側の椅子にはギースも座っている。ガリオン傭兵団のトップと頭脳がいる。丁度良い。
「何だアカリ、マサまで。お前らロストルムの解体作業中だろうが。何サボってやがる!」
「すみません団長。急いでお伝えしたい事がありまして」
「ああ? 急いで伝えたい事だぁ? このクソ忙しい時に・・・」
胡散臭げに言い放つガリオンだが、私の表情を見て顔を引き締める。隣のギースも、何も言わずに私の方へ体を向けた。
「何だ。言ってみろ」
「傭兵団トリブトムのヒラマエさんより、この街から出ろ、と団長に伝えてくれと頼まれました」
「ラテルを出ろ、だと? 理由は?」
「教えて貰えませんでした。これ以上は守秘義務に反するからと」
「理由もなしでラテルを出ろってか? 何だそりゃ」
ガリオンの反応も仕方ない事だ。団を動かすという事は、団員数百名を移動させると言う事だ。団は動くだけで金も労力もかかる。容易に動かせる物ではない。
「団長、怪訝に思われるのも致し方ないことですが、情報源は、あのトリブトムからです」
ギースが私の話を擁護した。
「口の堅い彼らですが、それだけに口にした情報には何か意味があるはずです」
「確かにな。事情はどうあれ、どうとでも動けるように準備をしておくに越した事はないか・・・しかしなぁ」
ガリオンはまだ渋っている様子だが、とりあえず、最低限の仕事は出来たと一息つく。重大な情報を自分一人で抱えるのは心理的に疲れる。判断できる相手に任せ、肩の荷を下ろす。
「アカリ」
今度はギースが尋ねてきた。
「お前、何か掴んでいるんじゃないか?」
さすが、傭兵団の頭脳は鋭かった。
「トリブトムとお前の接点は、あの夜間巡回だ。そこで何があった? 命を助けられた程度では、トリブトムは情報を出さない。彼らが情報を出す時は、ほとんどが損得を考えている余裕もなくなるときだ」
命も情報も、損得で勘定する傭兵団の闇を垣間見た気がするが、そこはさておく。
「おい、どういう事だギース。こいつが何を掴んでいるってんだ?」
「アカリは、腕はまだまだですが頭は多少切れます。話を聞いておいても損はないはずです」
ガリオンを説得して、ギースが話を促した。
「あの夜見た事と、私の推測混じりになりますが」
「構わん」
夜間巡回の時の事、ロストルムのボスの行動に対する違和感などを話した。そして、もしかしたらそれが、トリブトムの依頼品に関わっているかもしれない、ということも。全てを話し終えた後、ガリオンとギースの顔を順に見た。ガリオンは厳つい顔をこれでもかというほど苦々しく歪め、ギースは眉間に深い溝を作り、瞼をきつく閉じていた。
「・・・団長、これは、まさか」
「ああ。今のアカリの話が本当なら、こいつに込められた意味が変わってくる」
二人は同時に机の上に視線を向けた。つられて私も机を見る。そこには一枚の紙が広げられていた。A4ほどの大きさの紙に何か書いているが、私の場所からは距離と角度が悪く文字の判別まで出来ない。
「何か、あったんですか?」
上原が尋ねた。ガリオンが机の上の紙を手に取り、私たちにつきつけた。
「ラテル守護国王家の名代より、直々に届いた親書だ。内容は、簡単に言っちまうとガリオン傭兵団を召し抱えたいと書いてある」
「それって、良い事、じゃあないんですか?」
「良い事も良い事、最高だよ。傭兵はその日暮らしの根無し草だが、国のお抱えになっちまえば、戦いがなくても定期的に安定した金が入ってくる。家も与えられる。一生安泰だ。正規兵みたいなもんだよ。本来であれば、涙を流して喜ぶような事案だ」
本来であれば、とガリオンはもう一度口にした。
「今回は、そうじゃない、ってことですか?」
「お前らの話を聞くと、そうじゃない可能性も出てきた。何もかもが傭兵よりも待遇の良い正規兵の、数少ないデメリットが関係してくる」
「正規兵のデメリットは、国家の危機になれば何を置いても馳せ参じ、身命を賭して国家のために働かなければならない」
ギースが補足してくれるが、堅苦しいマニュアルみたいに意味が理解出来ない。
「つまりは、負け戦でも最後まで戦わなきゃならんということだ。その点、傭兵は負けそうになったら最悪逃げられるからな。金が払えない雇い主に付く理由がねえ」
ガリオンが噛み砕いて解説してくれた。
「で、俺達が心配しているのは、相手方からの急な申し入れは、そいつが絡んでくるんじゃねえかと睨んでいるわけだ」
「負け戦が起こりそうってことですか? どこかの国と?」
「可能性がないわけではないが、低い。ラテルを敵に回して得をする国があるとは思えん。蓄えが多くあるわけでもないし、赤の大地や、その更に奥には未開の地が広がっている。ロストルム以外にも多くの化け物が跋扈している場所だ。そんな、いつ化け物共に襲われるか分からない土地を取る理由がない」
「むしろ、自分たちの防波堤となっていてもらいたい、と思いますよね」
「そうだ。故に、周辺諸国との関係は友好だろう。いきなり攻められるほど関係が悪化したとは考えにくい」
「じゃあ、一体どういう理由ですかね・・・。あ、もちろん別に何も問題なくて、ただただ傭兵団の力が認められて召し抱えたって可能性もあるわけですよね」
上原は言うが、ガリオンは鼻で笑った。
「言ってて悲しいが、その可能性の方が低いだろうな。ない、と言い切れるほど。今ラテルには大小様々な傭兵団がいるが、俺たちは実力も規模も中堅ってとこだ。もっと大手がいる。また、小規模ながら優秀な人材の揃った傭兵団も存在する。召し抱えるなら、人件費の都合でそっちの方が良いだろうよ」
「人件費、やはり、どこの世界でもそれって大きいですか・・・」
「当たり前だ。金、報酬は働く大きな理由だ。義理人情で食っていけるほど世の中甘くない」
金は天下の回り物というが、本当は人間が金に振り回されているんじゃないだろうか。
「ん?」
ちょっと待て。ちょっと待て。敵国じゃないなら、それ以外ってわけで。それ以外といったら、今の話に答えが出たんじゃないか?




