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死んだつもりで、地獄を進め  作者: 叶遼太郎
死んだつもりで、地獄を進め

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私の武器、私の本質

 緊急ではない、けれども報告義務がありそうな案件だった。

「報告してくる。篠山さんはそのまま監視を続けててもらっていい?」

 私が頷くと、上原は階段を降りて行った。彼の後姿を見送ってから、再び監視を開始する。

 人間の影は、確実に近付いてきていた。自分のいる城壁まで、あと百メートルないくらいだろうか。そこで気づく。

「一つじゃない」

 動く影は一つではなかった。一番手前の影にばかり気を取られていたが、視界の端にも一つ、二つと動く影がある。どれも人間のように見える。数えていくと、総勢四つ。門の方に向かって移動している。ロストルムではないにせよ、これは報告が必要な案件に含まれるのではないのか。私たちがここに来た時も、他国のスパイに間違われてガリオンたちから詰問されたのだ。夜の闇に混じって近付いてくるなんてどう考えてもおかしい。

 壁の内側に向かう。腰ほどの高さの落下防止柵を越えて下を覗く。階下では、丁度上原が降り切ったところだ。

「上原君!」

 私の声に気づいた彼がこっちを見上げた。

「影が三つ増えて、四人! 下には今四人いる! まだいるかも!」

 この声は、外の連中にも聞こえているかもしれないが、問題ない。こっちの最優先は街の中の安全だ。外にいるのが脅威なら、門を開けない選択で問題ないだろう。確認する選択肢を用いるにしても、門を閉めておけば時間稼ぎが出来る。その間に人員を集めれば良い。

 上原がこちらに向かって手を上げた。伝わったと見て良いだろう。彼が戻るまで、再び監視作業に戻る。影は、着実にさっきよりもこちらに近付いていた。城門に、一番手前の影は辿り着こうとしている。視界の端に、鐘がちらつく。鳴らすべきだろうか。だが、まだ何も起こってはいない。緊急時以外鳴らす必要はないと言われたが、緊急事態になってから鳴らしても遅いのではないのか? どこから緊急でどこから緊急ではないのかの線引きが曖昧な事に今更気づく。教科書で学んで育った人間は、やはりマニュアルや基準が必要だ。

 そうこう迷っているうちに、影は城門に辿り着いた。月明かりを頼りに目を凝らす。体格からして、男。金属がぶつかり合うような音が聞こえたため、鎧などで武装しているのではと推測できる。おそらく間違いない。頭部の丸いフォルムは兜によるものだ。続いて到着した影も、同じような人物だった。後二人。最後尾の一人は、大きな荷物を背負っていた。シルエットだけ見ればサンタクロースだ。

「様子はどう?」

 戻ってきた上原が、私に声をかけてきた。

「人数は変わってない。四人のままね。ただ、もう二人が門の前に到達して、後続の二人が間もなくってとこ。そっちはどうなったの?」

「門前に兵を集めてる。僕たちの時とは違ってロストルムに追われているわけじゃなさそうだから、そこまで多くの人員はいらないって言ってたけど」

「話が通じるって、本当に大事よね」

 言葉が通じないどころか、会って即襲ってきたロストルムよりも大分マシだ。

「全くだ。それに、ここから見た感じ相手も敵対する気はなさそうに見えるしね」

「どうして?」

 確かに大人しいが、それは音を立てず、騒がず静かに移動するためかもしれない。それだけで街に害を成す成さないの判断は早く無いだろうか。

「彼らが向かってる先、門の横にある通用口っぽいよ」

 上原が指差す方に視線を向ける。彼の言う通り、その方角には宝くじ売り場の窓口のような、手が通る程度に少しだけ開く通用口がある。日中はそこで門番と商人が積み荷を運び入れるためのやり取りを行っている。外側から門を開ける申請もそこで行われる。怪我人や病人を急ぎ搬入する場合などの緊急時は、その通用口を開く事もあるらしい。

「夜、いくら星明りがあるとはいえ日中とは比べものにならないほど視界は悪い。そんな中、彼らは小さな通用口を迷う事なく目指している。少なくとも何度かはラテルに来た事のある相手だと思う」

「となると、門番とも知り合いである可能性も高い、そういうこと?」

 上原が頷く。そうなると、門番が人員は少なくていいというのは、もしかしたら外に出ている連中の事を、あらかじめ知っていた、という事もあり得るのか。どうやら、さほど大事にならなくて済みそうだ。さっきまで警鐘を打ち鳴らすか鳴らさないかで悩んでいたのが馬鹿らしく思える。安堵の息は腹から随分長く出ていった。

「ああ、やっぱりだ。ほら」

 自分の推測が正しかった事を喜ぶように、上原がまた指差した。通用口付近で、下の影が手振りを交えながら扉の向かいの門番と何かを話している。流石に離れていて声を正確に聞きとれないが、単語の断片、その幾つかを拾えた。何とか品だとか極秘だとか、そういう言葉だ。何かを極秘で運搬してきたと言う事だろうか。

 彼らの言葉に耳を澄ませて集中していたからだろうか、別の音を拾った。この鳴き声、聞き間違えるはずもない。視線を上げる。視界には、最後尾の一人、サンタクロースのように荷物を背負った影の他に、さっきまで無かった影も捉えていた。

 ロストルムだ。

「上原君! あれ!」

「見えた! しかもあいつ、でかい!」

 彼の言葉どおり、視線の先のロストルムは通常の個体よりもでかかった。

「もしかして、私たちを襲った群れのボス?」

 しかし、その群れはこの前の討伐戦で全滅したのではなかったか。

「逃げて生き残ってたんだ。群れを率いるくらいだ。他のロストルムよりも賢いんだろう」

 上原の言葉に、納得しかけた私だが、ふと思考が立ち止まった。なぜそんな賢いロストルムが、また街の近くに戻ってきたのだろう? 餌を見つけたから? しかし、この近辺は前に矢で追い払われた経験がある。死の恐怖は動物にだって効果がある。しかも討伐戦で襲い掛かった多くの人間の匂いが街からは立ち込めている。この地は危険だと理解しているはずだ。なのになぜ、餌の一人や二人を見つけたからと戻ってきたのか。

「ああ、危ない!」

 思考を上原の悲鳴が遮った。意識が思考の海から現実に戻る。クリアになった視界の先で、サンタクロースが襲われていた。必死で走るが、距離は簡単に縮まっていく。

 仲間の声に反応した、残りの三つの影も、サンタクロースの方へと武器を抜き放ち取って返す。それを見た群れのボスがひと鳴きすると、たちまち左右からロストルムが現れる。数は十匹ほどか。まだあんなに生き残っていたのか。

 下の影のうち一人が「陣形を組め!」と叫んだ。残りの二人が指示を出した影の左右を固める。仲間の危機であろうと無策に突っ込まないことから、優秀なのだろう。けれど、流石に多勢に無勢だ。通用口からも門番が三名飛び出したが、こちらは完全におっとり刀で駆けつけたのだと素人目にも明らか。ただ人を入れるだけだと油断していたのが丸分かりだ。連携もままならず、ロストルムに対して防戦一方だ。

「あれじゃやられる!」

 何を思ったか、上原は突然塀によじ登った。

「ちょ、何してんの!?」

「加勢してくる! 篠山さんは警鐘を鳴らして助けを呼んで!」

「加勢って、階段はあっち・・・」

 言い切る前に、上原は刀を抜いて、前屈の勢いを付けて足元の城壁に突き刺した。

「行ってくる!」

 上原が中空に体を躍らせる。同時に、刀にはまった宝石が輝いた。魔力を込められた刀が変質し、細く長く伸びる。上原は、ロープのように刀を変化させて使い、城壁から飛び降りたのだ。救助隊がロープで降下するファストロープみたいだ。そんな事も出来るようになったのかと驚く。地面に無事着地した上原は、すぐさま刀を元に戻し、門番たちの後を追う。

「ああもう!」

 行ってしまったものはもはや引き止めようも無い。何だあいつは。運良くロストルムの一匹を倒せたからって、英雄にでもなったつもりか。クラスでも大人しい方だったじゃないか。とんだイメチェンだ。高校デビューならぬ、異世界デビューか。笑えないなまったく。

 少し癪だが、言われた通り警鐘を鳴らした。真っ暗だった家々の窓から明りが漏れる。

「何があった!」

「敵襲か?」

「東門の方だ!」

 怒鳴り声とガチャガチャと金属のこすれあう音がそこかしこで響く。これで、異変があったと知れただろう。私はもう一度城壁の際に戻る。外からは牙と剣が削れる音が響いている。

「助けてくれ! 早く!」

 悲鳴が聞こえる。見れば、サンタクロースは抱えた荷物の下敷きになっていた。荷物の上にボスが前足を乗せて身動きを封じて入る。荷物越しだから、すんでの所でサンタクロースは致命傷を避けているが、逃げ出す事も出来ないようだ。

 目を下に向ける。上原も加わり、七人となった部隊は、左右からのロストルムの攻撃を防いでいた。防戦一方だった門番たちだが、上原が加わった事、更に影の部隊と合流する事で、状況を押し戻す事に成功していた。遠目にも、彼らの動きが変わったのがわかる。先程指示を出していた影が、門番たちにも指示を出しているのだろう。優れた指揮官のようだ。

 門番の盾と盾の隙間から刀身が伸びた。上原の刀だ。それがロストルムの喉に突き立った。とうとう一匹しとめた。互角の戦いから、潮目が変わる。一匹を仕留めたら、二匹目は早かった。影の一人の振るう斧が、ロストルムの鼻先を掠めた。驚きと痛みで仰け反ったロストルムに槍の追撃が襲いかかる。彼らはロストルムの数を順調に減らしていた。時間をかければ、おそらく勝つ事は難しく無いだろう。ただし、それまで今現在襲われているサンタクロースが存命であるかはわからない。

 先頭で指示を出していた影が、ロストルム一匹を切りふせた。残りは七体。倒れたロストルムを踏み越えて、上原が飛び出した。向かうはロストルムのボスだ。

「何でっ!? 暴走?!」

 暴走かどうかは分からないが、影と門番たちの陣形が変わった。全方位を固める陣形から、逆Vの字型の陣形だ。ロストルムの子分達を、ボスのもとに行かせない様にする陣形だ。嘘だろ、戦いの最中、どんな作戦練ったか知らないが、上原を救助に向かわせたのか? 人選間違えてるだろ。私が言うのもなんだが、実戦は今日が初めてだぞ。そんな新兵にボスを任せるんじゃない。

 私があたふたしているうちに、上原はボスの元まで辿り着いた。ここまで聞こえるような裂ぱくの気合と共に刀を振った。だが、ボスは獣の反射神経でそれを飛んで躱す。上原はサンタクロースとボスとの間に立ち塞がった。その隙にサンタクロースが体を起こす。この状況で、まだ荷物を手放そうとしない。よほどの宝を運んでいるのか。距離を置こうとするサンタクロースの足取りは重い。先ほどの奇襲で体をどこか痛めたようだ。

 弱った獲物を逃がすまいとボスが再び大地を蹴る。上原が刀を大きく振ってけん制するが、軌道も速度も見切られたか、ボスはひょいと避けて、サンタクロースを追おうとする。目の前の上原よりも、サンタクロースを優先している。彼の持つ荷物が原因だろうか。一足飛びに上原を追い抜き、サンタクロースの退路を塞ぐ。

 同時に、影と門番たちと戦っていたロストルムの子分達も、ボスの背後を守ろうとまわり込んだ。上原とサンタクロース、影と門番たちがロストルムを挟み撃ちしているような図式だ。

 まだ援軍は来ないのか。もう一度鳴らすか。じりじりと焦れるように時間は過ぎ、目の前の戦闘は刻一刻と姿を変える。

 ボスが大きく鳴き、サンタクロースに向かって突進する。上原は刀を振り、あるいは突き、けん制を試みるがその悉くは躱され、距離を詰められる。刀を変質させ、伸ばして切りかかっても結果は同じ、伸びた分だけ刀を振る速度が遅くなってしまい、懐に入られる。

「上原!」

 面前まで迫ったボスの牙が、上原を襲う。通常の個体よりも速く、強く、鋭いボスの牙は、上原の鎧すら貫通しかねない。上原は、咄嗟に刀を広く伸ばし、盾に変化させた。かろうじて牙は盾に防がれる。上原は背後にいたサンタクロースごと押し倒され、押さえつけられる。後は、最初の戦闘で上原が使ったように、鋭く伸ばして突き立てれば勝てる。だが、彼はそれをしなかった。いや、出来なかった。見れば、盾はロストルムの牙だけではなく鉤爪も防いでいた。右足は上原の真上に、左足はサンタクロースの真上にあるように見える。もし盾を武器として変化させたら、盾として広げていた分が解除され、二人にのしかかってくる。爪が届くのが先か、刀の切っ先が届くのが先か、恐ろしい賭けに出なくてはならない。しかも、自分の身の危険だけでなく、他人の命までかかっている。

 これでは上原も賭けには出られないだろう。

 門番たちはまだロストルムの子分にかかりきりだ。助けにはいけそうもない。通用口から援軍が出てくる様子も無い。街の中の騒ぎだけは大きくなっているが、真下に兵が集まってくる様子はない。一体何をしているんだ。

 何をしているといえば、自分だってそうだ。本当に、一体何をしている。仲間が大変な時に、ここで見ているだけか。自分の中の良心とか、そういう感情が自分も加勢に行けと訴えている。

 だが反対に、引き止める声も上がっている。お前の任務は何だ。警鐘を鳴らして、危機が迫っている事を知らせる事だ。それ以外は自分の担当じゃない。余計な事をして厄介事を増やしたらどうする。そればかりか、自分の命まで危うくなるぞ。そうなれば二次遭難と同じだ。お前を助ける為に誰かが大変な目に遭う。

 理性の皮を被った、臆病な自分だ。もっともらしい事を言って、自分を納得させようとしている。

 進むも自由、逃げるも自由。夕方にプラエが言っていた。

 何をしてもいい。権利は全て君たちにある。モヤシが言っていた。

 動けないのは仕方ない。だって怖いんだから。普通は怖い。上原の方がおかしいのだ。自分の感覚が普通なのだ。怖い物からは逃げるのが正しい。そう教わってきた。適材適所。出来る人間が、出来る事を、出来る範囲でやればいい。自分の仕事は仲間を呼ぶ事。それ以上でも以下でもない。それが私の選択。大丈夫。上原なら大丈夫。あのまま盾で防いでいれば、いずれ門番たちが残りのロストルムを片付けて助けにいける。援軍も到着する。それで万々歳だ。

「ぎあァ!」

 悲鳴が木霊した。上原の右肩に、牙が刺さっている。盾を貫通したのだ。何でだ。防げていたじゃないか。

 良く見れば、盾の形状が少し変わっている。馬鹿な、解除して、反撃に転じようとしたのか? いや、違う。上原は多分、盾のまま継続していたはずだ。

「宝石の輝きが、薄れてきている?」

 魔力を込めた時の宝石の輝きが、先程よりも弱まっている。そうか、上原の魔力が枯渇しかけているのか。魔力が失われれば、当然刀は元に戻る。その瞬間、上原の頭は噛み千切られてしまうだろう。

 頼む、頼むから、速く誰か助けに行ってくれ。私は無理だ。私はここから動けもしない。役に立たない。結局私は、大口を叩いてもこの様だ。何人もクラスメイトを見捨ててきた人間は、また同じようにクラスメイトを見捨てるのだ。何度も私を助けてくれた恩人を。

「嫌だ」

 知らず、声が漏れた。頬も濡れている。自分は泣いていた。理性と臆病が自分に動かない、動けないと壁を作った。しかし、その壁から溢れているのだ。本当に、これで良いのか、後悔しないのかと、自分の本心と良心と感情が。

 ここは異世界。自分のしたい事を自由に出来る権利がある。ならば、今自分が出来る範囲の事で、彼を助けたい。それが偽らざる本心で、体はそれに準じるべきなのだ。足は動かない。情けない事にこれも事実。けれど、動かなくても出来る事はあるはずだ。そう、自分の武器の特性を思い出せ。この剣は強度を保ったまま『伸びる』のだ。何で忘れていた。剣という固定概念のせいで、接近戦しか思いつかなかったが、長く、速く伸ばせば、それこそ矢や銃弾のように扱えるのではないか。動けないなら、そこから狙撃すれば良いんだ。遠ければ恐怖は薄れる。気づいてしまえば声が出るほどおかしな話だ。一体何をしていたのだ。安全な場所から攻撃する。元の世界でも得意としていたことじゃないか。自分は傷つかないように、厄介事を避けて、いじめを放任していたじゃないか。

 だが今は、その遠くからの攻撃で仲間を救わせてくれ。

 自嘲の笑みと共に、私は城壁の上で腹ばいになり、剣の柄を右手で、刀身を左手で持ち、目線を刀身と平行にした。スナイパーのような構えだ。なるほど、おあつらえ向きだ。剣についたトリガーも、こうやって使うためだと思えば納得だ。

 標的を目線の先に入れる。呼吸はいつからか止めていた。残るは心音。一定の間隔で上下する体でタイミングを計る。レベルニは、レベル一以上に魔力を消費する。レベル三は更に上がる。だが、ロストルムの、それも一回り以上の巨体を誇るボスの首を落とすほどの強度を保つためには、レベル三の出力でなければ難しいかもしれない。何発打てるかも分からない。一発で仕留めるしかない。

 ボスが一旦首を盾から離した。勢いを付けて、首を叩きつける気だ。上原の盾は限界が来ている。ボスが離したところからボロボロと崩れている。ボスがえびぞりになった。

 ―今―

 剣に全力を注いだ。薄緑の刀身が彗星のように尾を引いて夜空を切り裂いた。一直線に伸びた刀身は、ボスの首の裏側に突き刺さり、そのまま切り飛ばした。

 ボデン、ボデンとボスの首が転がる。剣から顔を離した私の目が、驚いた顔の上原の目と合った。

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― 新着の感想 ―
[一言] 何かを打ち出すんじゃなくて、如意棒的に延びるのか。 これ、対集団で強すぎない?
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