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死んだつもりで、地獄を進め  作者: 叶遼太郎
蝶は羽ばたき、世界はうつろう
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罠を仕掛ける

 ラーワー辺境の地にある田舎貴族の館を監視する者がいた。王妃の密命を受けた暗殺集団の一人だ。

 彼らの任務は、プルウィクスの同じく王族であるリッティラ王子、セクレフォルマ王子、コルサナティオ王女をラーワー国内で暗殺することだった。先んじて得た情報から、ラーワーから帰途につく一団を待ち伏せし、王子たちの乗る馬車を奇襲することに成功した。馬車を取り囲んで護衛と切り離し、ターゲットの一人であるセクレフォルマ王子を仕留めることが出来た。

 しかし、本命であるリッティラ王子と彼を守る近衛兵の守りは固く、攻めあぐねている間に守備隊の指揮を執っていたファルサ将軍に王子とコルサナティオ王女を奪還されてしまった。逃げた王子らを追い、たどり着いたのがラーワーのさびれた村だった。彼らはここで王女とファルサ将軍を発見する。

 ファルサ将軍が王女の方へと付き添ったのは想定外だった。てっきり継承権の高い王子を優先して守ると思っていた。まさか、あんな新入りに王子を任せるとは。

 しかし、その新入りは自分たちの包囲網を巧みに潜り抜けたという情報が入った。王都まで辿り着いてしまう可能性が極めて高い。

 このまま王女まで取り逃がせば、待っているのは任務の失敗と身の破滅だ。確実に王女をラーワー国内で始末しなければならない。

 畑を焼き、村を混乱させ、また炎によって家屋内からあぶり出したところを討つ策、失敗した時、村人の混乱に乗じて紛れ込み騙し討つ策の二段構えで打って出た。だが、仲間たちはファルサ将軍と王女付きの近衛兵、そして村に逗留していた正体不明の傭兵団によって撃退されてしまった。

 将軍と将軍直々の訓練を潜り抜けた精鋭だけでも厄介なのに、奇妙な魔道具を有する傭兵団が将軍たちをサポートしている。おそらく、護衛の任務を受けたのだろう。

 仲間が全て討たれたため、現時点で彼らを打倒、もしくは監視の目を潜り抜けて王女を暗殺するのは不可能となった。生き残った自分にできることは、可能な限り情報を持ち帰り、仲間に共有することだ。まずはこれから王女たちがどう動くかを探る。そして王子を追っていた残りの仲間と合流し、絶対に逃がさないための包囲を敷くことだった。最優先は、これから王女たちが取るプルウィクスまでのルートだ。

 音を殺し、息を殺し、気配を殺して館の壁に張り付く。たとえファルサであっても、今の自分は気づかれない自信がある。壁にメアリーという盗聴用魔道具を張り付けた。これを壁に張り付けることで、振動を介して建物の音を聴きとれるようになる。中では傭兵団が飯でも食っているのか、がさがさと騒がしい。時折鍋をひっくり返したような鈍い音が殷々と響いている。中の様子が目に浮かぶ。こんな粗野な連中に計画を一度阻まれたのだと思うと我ながら情けなくはらわたが煮えくり返るようだが、それらの気持ちを飲み込んで肚に収め、任務に集中する。

『では、これからどうする?』

 ファルサの声! これは、もしや今後の予定を話し合っているのか!? 暗殺者は耳に全神経を集中させる。

『そうですな。すぐさま荷をまとめ、出立の準備をした方がよいでしょう』

 これは、おそらく傭兵団の人間の声、団長だろう。足を引きずって杖をついて歩く壮年の男がいたから、奴が団長だ。団長と思しき男が人を呼んだ。

『領主殿。すまぬが、プルウィクスに通ずる、この辺りの道を教えていただきたい。出来れば知る人のいない、地元の人間しか知らないような道がありがたいのだが』

『そうですね。われわれしかしらないようなみちですと』

 領主が説明している。プルウィクス王家の人間を前にして緊張しているのか、妙に声が固い。

『この、みなみのみちをとおるのがよろしいかと』

『南、はて、ここは険しい山や崖ではないのだろうか? 人が通れるような道はなかったと記憶しているが』

 ファルサが追及する。

『じつは、すうかげつまえのながあめで、がけのいちぶがくずれひとがとおれるようになりました。じばんはすこしやわらかいですが、きたのいつものみちよりもきょりをたんしゅくできます』

『短縮、となると、真東に向かうのが一番良いのではないのか? 距離を比較すると圧倒的に近い。北や南のルートは大きく迂回することになるのだが』

 今度は団長が尋ねると、領主は大声で否定した。

『とんでもない! ひがしのるーとにひろがるもりには、おそろしいかいぶつがすんでいます。このあたりをしはいしているといってもいい。そこをとおるだなんていのちをすてるようなものです』

『ふむ、了解した。では領主殿の言う通り、南の山越えルートを使うか。団長。急ぎ出発の準備を頼む』

『承りました。すぐに整えます』

 中がばたばたと慌ただしくなり始めた。

 南のルート・・・

 暗殺者は脳内に地図を広げる。領主の言う通り、プルウィクスに向かう道は東の森を避けるようにして北にある道を辿るのが一般的だ。南のルートなど初耳だった。これは、大きな収穫だ。すぐさま仲間と合流し、準備を整えなければ。

 鈍い音が突然耳を打ち、暗殺者は思わずメアリーから耳を話した。メアリーを使わなくてもわかるくらいの怒鳴り声が館から響く。誰かがまた鍋だか何だかをひっくり返したらしい。殷々と響くその音がメアリーを通じて暗殺者の耳を直撃したのだ。

 こちらも急がなければならない。暗殺者は壁に近づいた時と同じように音もなく立ち去って行った。


 確かに、暗殺者が壁に張り付いた時、館にいた誰もが気づかなかった。しかし。


「なぜだ」

 仲間を率い、南の山に潜伏し、罠を仕掛けようとした暗殺者は膝から崩れた。潜伏どころか、人が通れるような道が何一つなかったのだ。

「おい。どういうことだ。一体どこに、最近崖崩れで出来た道があるっていうんだ?」

 仲間が焦りと不安から暗殺者に声をかけるが、反応できない。確かに領主は崖崩れで出来た道があると説明していた。領主が小国とはいえ王家の人間に嘘をつくはずがない。

「まさか、騙されたんじゃ」

 仲間の一人が、全員がうすうす感じていたことを口に出し、焦燥感が一気に広がった。

「そんなはずがない。領主はファルサ将軍たちに、確かに言ったんだ。南に崖崩れで出来た道があると。俺が、内容を聞き間違えたっていうのか!?」

「わかっている。だが実際、周囲をどれだけ探索しても道はない。それに、王女たちが出立したら、そろそろ姿を確認できても良い頃合いの時間だ。なのに、影も形も見えやしないんだぞ」

 この事実をどう説明する? 仲間にそう詰め寄られては、暗殺者は返す言葉を持たなかった。人を拒むかのような険しい山を前に、彼らは立ち尽くした。

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