ナイトメア
誤字訂正、感想、ありがとうございます!!
読者様の優しさに支えられっぱなしの作者です。
眼下に広がる国土。
クロムアーデル王国を高い高い位置から見下ろしている私は鳥だった。
そんな上空高くからふと一つ所に視線が向けば、急速に視界がズームアップしてその土地の景色がつぶさに見えた。
―――…荒廃した凍土。
枯れ枝のような人々―――病に倒れ蹲り、そのまま命を落としていく。
―――…死屍累々の大地。
腐乱した物体を気に留める者などいない。在るのに無いそれらに気付き群がるのは不衛生だけだ。
あちこちから立ち上る声なき嘆きが怨嗟となり、やがてそれは黒い霞となって国中を覆った。
人心は荒れ、疲弊しきった心身では立ち上がれず、恨みつらみだけが降り積もってゆく。
余裕のない心からは隣人を思いやる愛など生まれず、病んだ心が道を踏み外す事など容易い。
触れれば直ぐに崩れてしまう極薄の玻璃の上だ。
そんな心許無い防壁の中に誰もが仄暗い闇を抱えている。
負の連鎖。
ふいに脳裏に響いた声を押しやるようにしてゆるゆると瞼を閉じた。
――カラカラカラカラカラカラ………
―――……閉じた瞼をゆっくり開くと、私は人間に戻っていた。
瞳が映していた世界も様変わりしている。
生まれ変わってからこれまで何度も訪れている古めかしい映画館の客席。
映写機の――ともすれば壊れてしまうのではないかと心配してしまうような――不規則な動作音を鼓膜に感じながら私はじっとスクリーンに向かい合っている。
そこに映されているのは、ゲームでのステラが貴族学園に入学してくる一年前の王国の様子。
うちの子たちそれぞれに消えない某かのトラウマを止めさす最大の原因。
【設定】がリアルに映し出された『たられば』の世界を、私は眺め続けていた。
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自信たっぷりに宣言した私を、跪いたままの村長が呆けた顔で見上げていた。
「といっても、間違った処方をしても意味がありません。迅速に対応させて頂く為にも、村の様子を見て回りたいのですがよろしいかしら?」
「え……はぁ……いや、しかし…………」
未だ状況の呑み込めない村長が寄越した生返事を都合よく解釈させてもらい、私は笑みを深めた。
「心配には及びません。恐らく伝染病ではないですから。正しい処置の仕方さえ分かっていればうつったりはしないはずです。……現に貴方は無事でしょう?憶測続きですが、罹患している多くは比較的貧しい暮らしの……それも独り身のものばかりではありませんか?」
「……はっ!? 確かにほとんどがそうかも知れねぇ………」
思い当たる節のあるらしき村長の顔に確信を深めつつ、「では失礼させて頂きます」と言い置いて村を見て回ることにした。
そして結果、
「憲法第三章を教育されない世界……第25条……」
「……けんぽ?……何だそりゃ、姫さん」
「何でもないわ」
未だ前世の水準を引きずる私は堪らず戦慄くのだった。
「……ひと晩よ」
「はい?」
隣の師匠が疑問に首を傾げる。
そんな師匠にぐわっと詰め寄り胸倉を攫みつつ背伸びをして、ソウガの顔面に出来るだけ近づいて私は叫んだ。
「皆が到着したら徹底的にこの村の衛生環境を整えるわっ!! 一両日中に、よっっ!!! 師匠、皆を急がせてっ! そんで天幕を一個先に運んできてっ!!!」
物凄い私の剣幕に押されたソウガが「イエスマムっ!!!」と敬礼して姿を消した。
私は村長の家に踵を返す。
動ける人間を集めて大量に湯を沸かさせるのだ。
「治療どこの騒ぎじゃないわ! 国内に未だにここまで未開の集落があると思わなかった!! もっと生活水準を上げないと……」
ぶつぶつと独りごちながら早足で村長宅を目指す。そして今し方視察した村の様子が蘇りぶわりと鳥肌が立った。
「こんなんじゃ病気になって当然よっ!! 不衛生、不衛生!! 不衛生よーーーー!!!!」
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轟々と篝火を焚き、煌々と照らされた天幕の中には清められた病人たちがすやすやと寝かされていた。
―――師匠と合流した隠密部隊の皆は、ただならぬ様子の私の話を聞きつけ全員で素早く駆けつけてくれた。
私は説明するより早く天幕を用意させ、湯浴みの準備をさせると、村人全員を――病人は手分けした班員に任せている――指定した天幕の中に叩きいれた。
「さぁ、大掃除よっ!!!」
そしてもぬけの殻となった家々に押し入り腐りかけの水甕の中味を捨てたり家内を徹底的に拭き清めたりと宣言通りの大掃除を敢行した。
清められた村人たちで労力提供できる者たちにはそれぞれに仕事を与え、大掃除に参入してもらったり、炊き出し準備に加わってもらったりと、とにかく忙しくさせて反発する暇など与えなかった。
そうして落ち着いたのはとっぷり日も暮れてから。
沢山の篝火を用意したから暗さに惑う事は無い。
集落には必ずある集会用の広場で炊き出しを振舞って、私はそのまま広場に留め置いた村人たちの注目を集めていた。
「皆さん、まずはお疲れ様でした。そして初めまして。私はこの国の王太子であらせられるラドクリフ殿下が使役する支援団の一つを預かりました、ナターシャ・ダンデハイムと申します」
村人たちの視線を一身に浴び、簡易的に作った壇上で優雅に挨拶をする。
「私、巷で噂の『昔語り』の中にある『天罰』や『呪い』を伝承してきたというこの村にとても興味がありまして、自らこの村に来る事を志願いたしました」
ざわりと村人たちが囁き合う。その視線の色が変わった。懸命にこちらの意図を探ろうとしているようだ。私はバレない様にスッと唇を湿らして不敵に笑った。
「皆さまが不安がっている呪い。その正体を今から私が暴いて差し上げます!」
此度の隠密は忍ばせませんっ!!
全てを日の下に晒して奇麗さっぱり洗い流してやるんだからっ!!




