冬将軍と合戦準備
丁度きりが良さそうだったので今回短めとなってます。
酷な猛夏でも通り過ぎてしまえば涼やかな秋がやってくる。
が、心地よい季節は幾日も無い内に、続く長雨が大地を洗い流して行ったのと一緒に流されてしまったようだ。気付いた時には流れてきた清浄な風は澄み、同時に冷たくて。
――駿馬に乗った暴慢な冬将軍が、もうすぐそこまでやってきていた。
「う~~、寒いぃ……」
私は手の平を擦り合わせて息を吐きかける。暖気を含んだ白い靄が一瞬だけ指先を温かさに包んで、体温共々蒸発して消えた。付着した湿気が直ぐに冷やされて凍える。
「伝承も馬鹿に出来ないわよねぇ」
集め続けた地方の口伝。
その中には猛暑から一転大寒波に襲われた時の話も多く含まれていた。その内容は今年の状況と酷似している。つまり前例があるのだ。なればこそ、高確率で件の大寒波はやってくるだろう。
抗えない自然災害、原因不明の奇病、そこに至るまでの予兆という異変、それらを纏めて『神罰』だとか『呪い』だとか言い伝えていたようだ。
識字率の低い庶民だからこそしっかりと語り継がれた伝記は著名な歴史書にも劣らない含蓄に富んでいた。
勿論国だって馬鹿じゃない。今では専門の研究機関だってあるし、ある程度の気象を予測する事だって過去からの統計で可能となっている。……のだけれども、未だ民間には浸透しておらず、酔狂な一部の貴族たちの崇高な学問という趣が強い、――端的に言えば実用性に乏しいのだ。
「しかし、今回のナターシャ様の功績には自然学者はもちろん歴史学者……特に民俗学の研究者たちが号泣してますよ」
きらりと光るメガネを押し上げながらユージンさんが笑いかけてきたのに微苦笑を返す。
この秋、新たに刊行されたとある書籍が話題を呼んでいた。
『昔語り』というタイトルのこの本は、隠密部隊の力をフル活用して集めた口伝を文字として形にしたもの。この国の地方――それも極地の小さな村落――に伝わる四方山話、その中でも民謡や童歌、民間伝承を主に集めた一冊だ。
論文のような小難しい文章ではなく、口語や唄が殆どの為、識字の出来る庶民――商人や余裕のある町人など――にも読みやすく、またその特性から口端に上りやすいためあっという間に王都に広がったのだ。
「確かに抗いようのない自然災害が続けば神罰が下ったように思いますよね」
「それもそうだし、国の施政が行き届き難い辺鄙な場所で暮らす人たちは何でも自力で解決するしかないでしょう? だから教訓としてたくさん有用な情報……この国で起こった様々な苦難を残していると思ったの」
そもそも自然災害というものは人の生では計り知れない長い周期で巡ってくるものだ。それは私が地震大国の日本で生きた記憶があるから特に身に沁みている部分でもある。人が忘れてしまった頃にやってくるそれらはまるでラグナロクのように当事者は感じるけれども、遡ってみれば必ずと言っていいほど過去に似た事例が見つかる。ただ、大概が『事実』として歴史に記されているだけで、仔細は流れる時間と記憶と共に風化してしまう為、同様の事象に巡り合った際いまいちピンとこないのだ。
人という生き物は弱い。
だから得体の知れないもの、理解の範疇外――知らない、経験の無い――なものに遭遇した時、何とか己の理解が出来るように現実をすり替え特定させようとする。その結果引き合いに出されるのが『神』や『化け物』といった偶像。それが何の解決も齎さないとしても、何かしらの犯人がいないと安心できないのだ。
「本当に神罰なんてものがあるのか私は分からないけど、こうして過去の言い伝えを知る事で説明できる、対処出来る案件も少なくない。備えること、重要なのはそこでしょ? ……証拠がなければ上は動かせないから」
「貴女のいる時代に同席出来たこと、私は誇りに思います」
「やめて、そんな大したことはしてないわ」
これからやりたいことを広める為に国に対する根拠が必要だっただけなのだ。――因みにその本の執筆編纂等々は私一人でやったわけでは無く、ユージンを含む文官系の隠密隊員に協力して貰った。著者名も肩書も適当にでっち上げたものだったりする。
ユージンに眼鏡の奥から優しく微笑まれて、私は居た堪れないむず痒さに身じろぎした。そんな私に更に笑い溢して、
「では、以降も手筈通りに」
折り目正しく礼を示してユージンが退室していった。
「ええ、これからが本番だから。……よろしくね」
去り際にかけた声にユージンが視線だけで返事をした。
「さあ、私もやるわよ~!」
大きく腕まくりをして向かうのは通い慣れた丘の上。
備えあれば憂いなし。
楽しい楽しいDIYの時間です!




