語部
誤字報告、本当に便利です!助かります!!や、ちゃんと見直せよって話なんですが、またまたご報告下さった方、ありがとうございました><お手間を頂き感謝です!!
耳鳴りがする。
遠くから近くから、頭の中に直接響くような、それとも空間に鳴り響いているのか。
耳朶を揺らす音はいつからだろう、全てがくぐもって酷く聴き取り辛い。ぼんやり中空を見つめる視界も白く霞がかかって、たまに黒い点が飛び交う。
……年は取りたくないものだ。
自嘲する為に表情筋を動かすのも億劫なほどに衰えてしまった。満足に動けなくなってどのくらい経っただろうか。寝たきりと言っても過言ではない己を甲斐甲斐しく世話してくれる家族には頭が上がらない。
ゆるゆると死に向かっているのがはっきりと判る。不可視のはずの寿命。それが突如蝋燭の炎として目視できるようになったかのように、もう自身に残された時間は多くないと悟っていた。
そうするとどうだろう。
事此処に至って、やたらと昔の事を鮮明に思い出すようになった。そして体力の許す限り、思い出した全ての事を若い世代に伝えなければいけないという使命感に駆られていた。
嗚呼、耳鳴りがする。
濁った世界を瞼を下ろす事で視界から追いやると、代わりのように去来するのは走馬灯。
くるくると景色を変えて、気まぐれに一つの絵柄で立ち止まる。
ほら、今日もまたそうして懐かしい声が聞こえてきた。それに身を任せ、そっと耳を澄ます。
『いいかい?婆の話をよぉく聴いて覚えるんだよ。そしてお前が大人になったら同じようにしてお前の子どもに話しておやり。婆も婆のおっ母から、そのおっ母もそのまたおっ母やその婆からずっとずうっと伝えてきた昔話さ。でもね、ただの昔話じゃあない。むかぁしむかしにホントにあった話さ。忘れちゃならない先人の知恵ってやつさね。……ああ、すまんすまん。歳を取ると余計な話が長くなっていけないねぇ。それじゃあ古から語り継がれた昔話を始めようか――――』
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――――昔々、私達のご先祖様がこの土地を切り開いてから幾年が過ぎた頃。
え? 何だい?
ああ、そうさここはね、ずぅっと山が続いていたのさ。その山裾にご先祖様たちが住みついた。山の恵みを求めて、ほんの少し土地を切り開いて。そうしてこの村が出来たのさ。
話を戻すよ?
ご先祖様たちは豊かな山の恵みの恩恵にあずかりながら、慎ましくも日々に不自由さを感じない程度に暮らしていた。そんなある時、この村を長い日照りが襲ったのさ。
漸く形になってきた田畑は大打撃を受けた。もちろん、周囲の山々も例外じゃあなかった。
それでも広大な御山のお陰で何とか急場は凌げたらしい。ご先祖様たちは御山に感謝しながら細々と日々を過ごした。
でもね、村への災いはこれで終わりでは無かったんだ。
食うに困れば必死になるのは生き物の必定。
それはヒトだけじゃない。分かるだろう?
その年、実りは少ないながらも旱魃を何とか耐えた畑の収穫物たちがね、腹を空かせた虫たちに襲われたのさ。奴らはまるでこの先数年断食でも生きられるように、常軌を逸した食欲で暴食の限りを尽した。
畑の植物は根っこまで綺麗に平らげられ、山の緑も急速に消えて行った。目に付く限りの虫を絶やしても、世代交代の早い奴らはいつの間にか生まれ増えて、親の意思を擦りこまれたかのように只管緑を蹂躙していく。
そうして御山もその色を急速に失っていった。
困るのはご先祖様たちだけじゃない。そこに生きるものたちも当然甚大な被害が出た。
食べる物の無くなった草食のものたちが早くに斃れていき、それらが姿を消せばそれを糧としていた生き物たちが窮する。
そうしてある日、ガオエルの群れがこの村を襲った。
生きる為に、ヒトを標的にし出したのさ。
弱った村人たちはガオエルたちには恰好の餌食だった。味を占めた群れは頻繁に現れるようになった。ご先祖様たちは抗った。でも徐々に村人の数は減っていく。
困窮する村人に追い討ちをかけるかのように、更にその年の冬は異常な寒波に襲われた。
重なるように体調を崩す村人たちが相次いだ。腹を下し、高熱に魘され、気力体力奪われ続けたご先祖様たちはバタバタと命を散らしていった。残ったのは村長などの多少の蓄えを持っていた者や、猟師なんかの体力に優れていた者、一時的に親類を頼って村から避難していた者、それっぽっち。
幸いな事に深い雪に閉ざされていたお陰でこの惨劇が周囲に広がる事は無かった。もしお偉方に知られていたら、この村はきっと人ごと焼かれていただろうからね。
だから生き残ったご先祖様たちはよりひっそりと暮らす様になった。
春が来て、徐々に恵みも戻り、暫くは前のような暮らしが続いた。短くない年月が経ちすっかり古傷も癒えて、人々が痛みを忘れ去った頃、またガオエルが麓に現れたのさ。
当時を知る者はもういなかった。
ただ昔話として口伝されていた生き字引の婆が一人、事の重大さに慄き警告を発した。
でもね、ヒトとは愚かな生き物さ。自身が傷つくまでは現実を見る事ができないんだから。そうして思い知った時にはもう遅いというものさ。みんなその婆の頭がついにおかしくなったと信じなかったのに、異常な雪に村が閉ざされ、村人が原因不明の腹下しと続く高熱に死んでいって初めてその婆に縋ろうとした。でもそれは叶わなかった。何故ならその婆は村人たちから迫害され、憔悴してとっくにあの世に逝っちまってたからさ。
だからね。ご先祖様たちはもう二度と同じ過ちを繰り返すまいと誓った。
この顛末を末代まで語り継ぐと決心したのさ。
ガオエルが麓へ……人里へ現れた年は災厄が降り注ぐ。
だから忘れてはいけないよ。
忘れず言の葉に託して後世に伝えておくれ。
そうしていつか、この呪いが解かれる事を、ご先祖様も、婆も、願っているよ――――………
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―――……ああ、いつの間にか眠ってしまったのか。
鮮明に残された夢の残滓に胸が締め付けられる。
今日の昔語りは今の話にしよう。きっともうすぐ、夕餉を抱えた嫁と孫がやってくるだろうから。
耳鳴りが止まない。
それともこれは風鳴りなのだろうか?やけに冷たく身に凍みる風だ。
―――冬が駆け足で迫っていた。
初めて主要人物が一人も出てきませんでした~∑(@△@;)




