王子様とエンカウント
―――シルビアとの出会いからは大きな事件も無く、ナターシャは5歳になりました。
そして現在。
盛りに盛られた正装で、私はダンデハイム家の中庭特設ステージに立たされていた。何の罰ゲームですかねコレ。
貴族の子息令嬢は5~7歳のどこかで盛大なお披露目誕生日パーティを開くものらしい。
10歳になった兄様が方々のお茶会に誘われ出した為、兄妹である私のお披露目も早めたらしい。
社交界の華である我が母ライラと宰相夫人であるイリーニャの影響とは実に恐ろしいもので、「自慢の娘」を一目見ようと大量の人がひしめき合っていた。
気分は動物園のパンダである。
「ナターシャ、来てあげたわよ!おたんじょうび、おめでとう!!」
イリーニャに手をひかれたシルビアが挨拶にやってきた。彼女とは初対面以降頻繁に交流し仲を深めている。ネルべネス家の使用人たちにはすっかり恐縮――というか奉られている感が…――されてしまったけれど、友人関係は絶好調である。姪っ子が出来たみたいで大変可愛い。
「シルビア様!来てくれて嬉しいわ、ありがとうございます」
シルビアは好意を隠さずにっこにっこ懐いてくる。…持って帰っちゃダメかしら?
「今日は妹の為にありがとう。いらっしゃい、シルビア嬢」
スッとどこからか現れた兄様が礼をとる。
成長したシルビアは事も無げに可憐に礼を返した。
「ナターシャに出来て、わたくしに出来ないなんておかしいでしょう?」
どや顔ですよ。可愛いから許す。
「うふふ。ナターシャさんのお陰で、この子も勉強に身が入るようになったの。本当に感謝しかないわ」
「頑張ってるのはシルビア様ですから。彼女を褒めて差し上げて下さい。」
「ええ、そうね。
それはそうと、当家からは自慢の薔薇をお贈りしたの。あとで受け取ってちょうだい。
お誕生日おめでとう」
挨拶が終わるとシルビアを連れてイリーニャが下がった。
だだをこねるシルビアにパーティーマナーを教えているようだ。彼女は今日の経験でより素敵なご令嬢となることだろう。
独りうんうん頷いていると、
「ナターシャ、今日はあまり僕から離れないで。…ちょっとややこしくなりそうなんだ」
周囲を警戒しながら兄様が呟く。
私は要領を得ず小首をかしげた。と、同時に
「おまえか。私たちのこんやく者こうほというのは」
バ バ ン !!
そんな効果音が聞こえてきそうな登場をした少年。
不躾にまじまじと私を眺めてくる。
「これは殿下。ようこそお出で下さいました」
ナハトが完璧な営業スマイルで綺麗な礼をとった。
(で、殿下ですって~~~!?)
>ピコン♪
【 王 子 殿 下 が 現 れ た !! 】
>ナターシャは逃げられない!!
(今、婚約者候補って言った!?つぅか、私たちって何っ!!?)
「ハッ!ダメだな。こんなボンヨウな娘、兄上にふさわしくない」
出会い頭に鼻で嗤われているのだけど、コレ怒っていいとこよね!?思わず半目になったところで
「こら、クロード!勝手をするんじゃないよ」
キラッキラの眩しい美少年がクロードとやらを嗜めた。
(ん?クロード……??)
「兄上!」
無邪気に駆け寄るクロード殿下。
(あ、兄上!?)
>ピコン♪
>王子は仲間を呼んだ
【 王 子 殿 下 (大) が 現 れ た !! 】
>ナターシャは混乱している
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
▶『クロード・クロムアーデル』
クロムアーデル王国第二王子。攻略対象キャラ。
正義感の強い武闘派。兄である第一王子『ラドクリフ』を尊崇している。反面、無意識に出来の良い兄への劣等感を転化し誤魔化している。
(あ~、チームの腐女子どもが力を入れてた子だわ)
例の暗黒面のことである。
――ステラに攻略されないクロードの結末はこうだ。
己の欲望の為だけに群がる婚約者候補の令嬢たちの醜い争いに辟易したクロードは、より一層兄の傍に侍るようになる。極端な女性不信と度を超したブラコンが化学反応を起こし、クロードはラドクリフへの愛に目覚めるのだった。
麗しい兄への忠誠を誓い、姑よろしく兄の婚約者たちをいびり倒す。倒錯の日々を過ごすクロードは病み、兄を監禁して自分だけのものにしようと行動する。
その所業はすぐ王に暴かれ、クロードは王位継承権を剥奪、国外追放となるのだった。
(やっぱり乙女ゲームにBL要素っていらないでしょうよ)
確かキャラクター開発の時にも吐露したものだが、『先輩は乙女心をちっとも解ってない!!』と若い連中にフルボッコにされ、泣く泣く採可したんだっけ。わかんなくていいよ!そんなもん!!
「ナターシャ嬢すまない。弟が無礼をした」
澄んだ良く通る声にハッと思考が現実に帰ってきた。
「私はラドクリフ・クロムアーデル。この国の第一王子だ。
そんなことより…。
5歳の誕生日おめでとう、ナターシャ嬢」
――― ちゅっ。
呆気にとられるとはこういうことをいうのね。私、初めて体感したわ。
ラドクリフは流れるような淀みない動きで私の手を引き寄せ、指先にキスを落としたのだ。ちょっと慣れ過ぎてやしませんかねこの王子
ラドクリフ殿下は私の手を取ったまま、極上の笑みを浮かべている。
(わぁ、キラキラしい美少年☆)
思わず棒読みの感想が☆
流石設定チート系男子。攻略対象よりビジュアルが良いってどういうことかしら。サラサラ艶々のブロンドに宝石めいた碧眼、中性的な面差しは神秘的で、立っているだけで後光が差しそうな感じだ。何で弟の方が攻略キャラになったんだ?『観賞用なんですっ!!』――そうですか…ってどこからか後輩たちの声が!?
「おまえ、いつまで兄上にさわってるんだ!!」
「これはラドクリフ殿下、妹の為にわざわざありがとうございます」
クロード殿下とナハトが同時に私達に割って入り、さり気なく兄様は私を後ろにかばった。
ラドクリフは一瞬だけきょとんとして、すぐに楽しいおもちゃを見つけた子どもの顔で兄様に笑顔を向けた。クロードは「がるるるる」と私を威嚇しているのがチワワっぽくて何か可愛い。
(こっちは如何にもやんちゃ坊主って感じで素直に好感持てるわね。…ちょっと甥っ子に雰囲気にてるかも)
色彩は兄と同じ金髪碧眼だが、ラドクリフよりワントーン暗くなった感じだ。年相応の快活さが滲み出ている。
「先日の茶会では世話になったな、ナハディウム。
そう警戒せずとも、妹を取り上げたりはしないから安心しろ」
「殿下の美貌は魅惑的ですから。愚妹が溺れるとも限りません」
くつくつ笑うラドクリフ殿下 VS 目が全く笑ってない営業スマイルの兄様
(なにこの地獄絵図、普通に怖い!!)
そして怯える私の髪を引っ張るものが。
「イタっっ!!」
思わず声が漏れる。
そこには怒りの形相のクロード殿下が。私の垂らした髪の先は彼の手に握られている。
「兄上にいろめをつかうな、このブス!!」
(え~、何その理不尽な仕打ちは。レディにそんなことしちゃダメでしょう。)
しかし相手は最高権力者。どう言い含めようか思案した刹那、クロードが吹っ飛んだ。
( ―― !!!!!??? )
「あんた、私のナターシャになにするのよっ!!」
ナント、どこからか現れたシルビアがクロードを突き飛ばしたのだ。
「ぶ、ぶぶぶ無礼者!!おまえ、何をしたかわかっているのか!!」
尻もちをついたクロードが涙目で吠える。
いよいよ状況が混迷を極めてきた。―――カオスだ。
「レディのかみを引っ張ってイジメるなんてサイテーよ!!
ナターシャは私のお友達よ!!私がたすけるんだからっ!!!!」
あぁ、子どもの成長って胸にくるわね…。シルビアはいい子に育ってますよ!!
「今のはお前が悪いよ、クロード。
ナターシャ嬢に謝りなさい。それとこっちのレディ「―シルビアよ!!」…シルビア嬢にも」
「兄上!!?」
「謝るんだ。」
「………わ、わたしは、……わるくない!!!」
「やれやれ、そんな事では困るよクロード。
私達はこれから所謂幼馴染になるのだから」
「「 は い ぃ ?? 」」
私とナハトの声がハモった。
「ナハディウムは少し話を聞いているのではないか?」
「っ!?…それは……」
「まぁいいさ。近々改めて話をしよう。
ナターシャ嬢、弟が重ね重ねすまなかったね。
近いうちにお茶に誘おう。…来てくれるね?」
「……はい」
というか、王族だよ。是しかないでしょうよ。この王子、分かってて命令形だよ腹黒いな。
私の返事に微笑で頷いて、兄殿下は弟を小脇に抱え――見た目に反して軽々と――去っていった。
「………兄様、ややこしい事って…」
「うん……みなまで言わないで……」
「何なのよあのしつれいなヤツ!!!!」
三者三様の想いを置き去りにして、5歳のパーティーは幕を下ろしたのだった。