噂の山村で ~二日目~
翌朝、目が覚めると、ササッと身支度を整え天幕の外へ出た。
外はまだ薄暗く、しかし仄かに色付く空から鑑みてやがて日の出が拝めるくらいだろうか?
続々と天幕から大人たちも出てくる。同じく活動を開始した使用人や騎士たちと協力して朝食の準備を進めていった。
辿り着いたこの村には宿泊施設などない。予め解っていた事だった為、この村に滞在中は野営する事になっていた。大きく豪奢な馬車を利用したのも、客車部分を寝室として使う目的もあったからだ。すっかり上等の寝台として設えられた客車にはく~ちゃんが寝ている。それを取り囲むように張った天幕たちにそれぞれが振り分けられていた。
忙しく動き回る大人たちに交じって、ロンとレイ、ミケルの姿が見える。他のメンバーはまだ夢の中かな?何せ普段は下働きと無縁の世界の住人たちである。レイモンドは元孤児だった為、習慣的に朝は早いのだろう。馴れた動きで朝支度を手伝っていた。
やがて朝食が出来上がると、それぞれの侍従に付き添われたく~ちゃんやシルビア、ユーリが起きだしてきた。皆見慣れない集団行動に興奮気味だ。昨日までは宿場町にて宿を取っていたのだから初キャンプみたいなものかな?子どもには一大イベントに違いない。
「おはよう、シルビア」
きょろきょろと目まぐるしい親友に朝の挨拶を告げれば、キラキラ輝く純真な瞳がこちらを向いた。
「何これ!? ダンデ、凄い! 何で起こしてくれなかったの!」
テンション高くはしゃいだかと思えば、仲間外れにされた子どもの顔で拗ねる百面相のシルビアに好ましい苦笑が漏れる。明日は一緒にこの喧噪を体験すると約束しながら仲良く歩き、く~ちゃんと合流した。
「おはよう、クロード」
「ああ、……おはよう」
うっすらと気恥ずかしそうに朝の挨拶を返すクロード。こんな時間帯から友達と過ごす事など滅多にない王子様はふわふわしている。シルビア同様落ち着かない様子で私たちを眺めていた。
「ほら、朝飯」
レイが二人分の食事を携えて私たちの所へやって来た。
「兄ちゃん、姉ちゃんおはよう! これ、僕も手伝ったんだよ」
同様に食事を抱えたミケルがひょっこり現れて自慢げに胸を張る。
「ん……」
シルビアにずいっと食事を差し出すロン。そのすぐ後ろには物珍しそうなユーリが自身の膳を持って付いてきていた。
レイはクロードに、ミケルは私に、余分に運んできた膳を渡していく。それに礼を言いながら受け取ると、配膳してくれた彼らも適当に空いているスペースに腰かけた。すると自然に歪な円陣のような形になる。
「……そうか。食事とは本来温かいものなんだよな」
野菜のスープから立ち上る湯気を不思議そうに見つめながらクロードがポロリと独り言ちる。
王族である彼は通常幾重にも毒見を通した料理が提供されている。当然の事だが時間が経つほどに温度は失われていくわけで、クロードが口にする食事というものは冷めたものが基本だった。勿論全部がという訳では無い。晩餐会ともなれば招待客と同じ料理を口にするのだから。ただ、そういうものは『食事』というより『仕事』という感覚が強いのでクロードの中で換算されていない模様。
……何ともコメントし辛いく~ちゃんの独り言に気まずい空気が漂うかと思ったその時、
「馬鹿ね。何言ってるの? こんなものこれからいくらでも食べられるわよ」
早速スープに舌鼓をうっていたシルビアが、視線は食事に釘付けのまま何でもない風に言い放った。彼女は本能のまま口にしただけで、絶対に他意は無い。断言できる。
トレイの上に乗せられているのは野菜のスープに丸パン、それに焼いたベーコンという非常にシンプルな内容。とても王子様が食べるような豪勢なものでは無い。シルビアだって大差はないはずなのに、それを当たり前に受け入れて日常に出来る彼女のしなやかさから生まれた妙な説得力に皆が目を瞠った。「ん~!」と満足そうに感嘆の声を溢しながら食事に夢中なシルビアだけが気付いていない。
(食事とは本来温かいもの……本当にそうだね)
だから、この和気あいあいとした空間に胸を熱くさせたクロードが、シルビアの言に驚いたのち、何だか泣きそうに切ない、けれどとても美しい複雑な笑みを浮かべていた事を、彼女だけが終ぞ知ることはなかった。
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朝食を終え、人心地ついた頃。
片付けを手伝っていたはずのミケルに呼ばれた私は、昨日潜った村のアーチの下へ歩いていた。
当然私を呼びつけたミケルがいて、その隣に見慣れぬ少女……
「あ! 昨日の!?」
その声を聞きつけた二人が私を見つけて、少女が大きく頭を下げた。
「あの、昨日は本当にありがとうございました!」
「お祖母ちゃんの具合はどう?」
「はい、お陰様で前より元気になったみたい」
はにかんだ少女に笑み返す。どことなくほっとした風の彼女が続いて切り出した。
「それで、村の皆もお礼を言いたいと広場に集まってまして。……よろしければ皆さんで来て頂けませんか?」
「それは都合がいい。丁度僕たちもね、用事があってこの村へ来たんだ。ミケル、マル爺と隊長を呼んできてくれる?」
「了解! 任せて~」
駆けだしたミケルの背中を眺めながら少女が胸の前で手を組み合わせた。
「あの……隊長って……もしかして、野獣の……?」
討伐に来てくれたのかと視線で問うてきた少女ににっこり頷くと、更に喜色を浮かべた彼女が飛び跳ねる様に広場の方へ駆け出した。
「私、村の皆にもこの事伝えてきます!」
ハッとして振り返り慌てて私に声をかけて、直ぐにまた走り去る。その後ろ姿を少しの間だけ見送ると、私はマル爺たちと落ちあうべく、ミケルの去った方へと足を向けた。
それから、そう時間もかけず昨日救助に携わった者たちを引き連れて広場へ向かうと、集まった村人たちからの感謝歓迎を受けた。
このまま宴会にでもなりそうな浮かれ具合だったが、真上に向かう太陽は、午前中にも関わらずその熱気をどんどん強めていく。病み上がりの人も多い中、炎天下に長時間いさせるわけにはいかないので、ひとまず運び込んだ補給水――今朝竹筒に詰めたばかりのものだ――を集まった村人たちに配って一度解散して貰った。 このあと順番に各家々を回る旨を伝えて。
今回、ラルフの代理としてクロードを旗頭に持つ我々使節団。それにより王城の医師団から二名、宮廷医師が同行していた。そこに医者ではないものの、識者として医学薬学も修めているマル爺を含めた三人をリーダーとする三組を作り、手分けして全戸を回って貰う。家族構成やその健康状態、必要な支援の度合などを記して纏め、今後の采配を決めるためだ。
騎士団の隊長は村長の家へと向かい、状況の子細確認と情報のすり合わせ、我々使節団の説明をして貰う予定だ。
そうして予定は恙無く消化されて行き、日暮れごろには広場にて炊き出しを行った。
村人たちとの交流を深めていく中、未だ拠点の天幕に待機させられているく~ちゃんとシルビアは途轍もなく不満そうだったけど。
今日の診察で感染症などの不安は無くなったし、明日大々的にお披露目するからもうちょっとだけ我慢してくださいな。ごめんね、二人とも……
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