下準備
何をするにも身体が資本。というわけで、
「猛暑の影響が特に酷い遠方の農村部へ物資援助に行こうと思います」
木漏れ日の丘に当たり前に集っていたうちの子たちに私は高らかと宣言した。
「え~っと、ダン? 暑さでやられちゃった?」
講堂内は林の木陰が齎す恩恵により平地より涼しく、高台という立地により風通りも良い。皆暑さを避けて毎日の様に此処へ足を運んでいた。その頻度が最も高いレイモンドが私を憐みの目で見つめる。14歳になり、声変わりの始まったレイは、夏風邪をひいたような擦れた声をしていた。
「……具体的にはどんな話なんだ?」
皆より一足早く成長期を迎えたロンが、すっかり大人びた低い声音で私に問いかける。身長もぐんぐん伸びているロンは今成長痛が専らの悩みだ。
「よく聞いてくれました!皆、今王国の農村部が日照り続きで壊滅的な被害にあってるのは知ってる?」
「教会への嘆願の最多が困窮した貧困層の救いを求める声だって話だったわね」
少し落ち着いたトーンになったユーリが相槌を打つ。多少背は伸びてきたものの、相も変わらず誰よりも少女然とした風体でオネエへの道を驀進中だ。シルビアと張り合ってダンデの両手の華と化している。
「そんなに酷い状況なの?」
いまいちピンときてないシルビアが小首を傾げた。すらりとした肢体は徐々に女性らしい丸みを帯びてきていて、ツインテールによって露わになったうなじからこの時期特有の危うい魅力が零れている。が、全体的にはまだまだ少女の域を出られない為、ただただ可愛らしい仕草だ。
「ふむ。シルヴィーは社会の勉強が必要そうじゃのぅ」
後ろから割り込んできたマル爺の声にピっと小さく飛び上がっている。うちの子ほんと可愛いわ~。
「今年の収穫高は通常の半分まで落ちる見込みって話を聞いたんだ。食料品の値段も高騰し始めてる。国倉の備蓄だって無尽蔵じゃないから、配給も最低限だろうし、そんな中自分たちの食い扶持も熱波にやられて賄えない、食べるものが無くなれば体力が落ちる、そこへ続くこの猛暑。……話以上に深刻だと思う」
実はこの猛暑は大寒波への前哨戦だ。大気が乱れ起きた真夏の猛暑、そしてそれを補うようにやってくる早めの冬。夏に荒らされた大地は降り続く雨雪に耐えられず、冷害や水害が頻発。そして夏に奪われた体力を取り戻せなかった貧困層がその煽りを一身に受けていく。労働力の壊滅により、田畑を――それも荒れ果てた――管理できる者が無くなれば畢竟、国の崩壊だ。
そうして国レベルで見舞われた大難が落した影は大きく暗い。未来を渇望する声が大きい程、増した光の分だけ人心に宿る闇もまた濃くなるのだ。悲劇を目の当たりにした心がふとしたはずみで病み、狂っていくのも道理といえよう。
……ぶっちゃけ一個人がどうこうという案件では無い。
ゲームという『机上の空論』世界だからこそ『という設定だった』で済まされるけれど、ご都合主義の闇設定が齎してくれたリアルへの被害は、それこそ神の力を持った何某でもない限りその場で解決できないだろう。勿論そんな稀有な能力など持ち合わせの無い私には到底無理。
じゃあどうしたのかって?
まずは歴史の洗い出し。
過去の大厄――災禍を調べ、その前後数年の気象状況、生き物の分布を攫い類似点を纏め、父様経由で研究機関へ提出。――それを加味しての国のどうこうは専門の大人たちに丸投げだ。知ったことじゃ無い。
並行して私が続けてきたこと。
それは『対症療法』を根付かせることだ。
人間が文化的に暮らせる為の衣食住環境の充実。これに尽きる。
その殆どを占める衛生環境の基本レベルの底上げ。手洗いうがいに始まり、石鹸の日常での使用、竹炭の流布。掃除法は古来から伝わるおばあちゃんの知恵袋の数々を主婦層に紹介してみたりした。
更に、食文化における『保存食』の多種化。普段からできる備蓄の重要性。日常で手に入る食用植物を利用した調味料やハーブの効能の周知。『予防』という概念を植え付ける事……
そんなこんなを木漏れ日の丘を利用して庶民に広めた事で、王都及びその周辺における個人の地力――平民の文化レベル――はかなり向上していた。私が時間をかけて腐心した成果である。
だからこそ、王都やその周辺の大きい領地では目立った混乱は見受けられない。農家さんは大打撃だけど、それによって直ぐに人死になんてことはなくなっていた。この調子なら今冬も従来の設定よりは民衆が受ける被害は少ないだろう。だって、生活に多少なりとも余裕があれば人心は凪ぎ、自身を律し、助け合う事が出来るのだから。
そうして現在の話題に立ち返る。
「だからね、レイ。ノブレス・オブリージュだよ!」
「ノブれ……何?」
「貴方、仮にもあのベイン男爵子息なら真っ先に刻まなきゃいけない言葉じゃない!」
ユーリが可憐な目尻を吊り上げてレイに指摘した。
「という理由で。ここにいる皆は強制参加です。よろしくね!」
「え!? いや、ホントに意味が解らないんだけど、ダン……」
「じゃあ、ググれ!」
「はイ~?」
それこそ意味の通らない事を言ってレイを混乱させつつ私は意地悪く笑った。ごめんと軽く謝る。
「まず、噂のベイン男爵子息は奉仕活動という点で参加しなきゃでしょう?次にシルビアは公爵令嬢という立場から慈善活動にもってこいだし、ロンは護衛の実地訓練ね。騎士団長子息というネームバリューも素敵!ユーリの家は教会方面に強いから、民の救済~みたいな話が広まれば都合がいい。で、く~ちゃ…クロードがリーダー」
わざとここでの通称で無く、貴族としての名前で告げる。
ここまできて漸く空気のようだったく~ちゃんが口を開いた。
「何でダンデがリーダーでは無く私なんだ?」
すっかり私より身長の伸びたクロードがまっすぐに私を見据える。まだラルフには届かないものの、何れ兄を超す長身の持ち主は将来性そのままに――ロンと競い合うように――伸び続けている。雨後の筍の様だ。ただ、変声期はまだ訪れていない為何とも笑みの零れるアンバランスさだった。
「それは、クロード第二王子殿下がラドクリフ王太子殿下の名代としてこの隊を率いるからだよ!」
その言にく~ちゃんの瞳がまあるくなった。
まるでクライマックスのような展開ですが、全部が『下準備』という残念さ。




