枷
私――ユーリ・サリュフェル――は今夢見心地だった。
だって漸く漸くボクの事を解ってくれる人に出逢えたのだから。
『ボク』でも『私』でも。似合っていれば、好きであれば、どちらでもいい。
『可愛いよ?ユーリ』
彼の人の声を何度も心中で繰り返す。
(そう!ボクは可愛い!!可愛いは正義!!)
くふふふと笑いが零れ、くすぐったくてシーツに包まってごろごろ転がった。
少し落ち着いた頃、サイドテーブルに置かれた封筒に視線を向けてまた笑みが零れた。――それはナターシャ嬢から届いた茶会への招待状。
当初の想いよりもっと彼女への期待が高まっていた。ダンの主(?)だもの、きっと彼女もボクと仲良くなってくれるはず。
その日の夜、ユーリはなかなか寝付く事が出来なかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
数日後、日当たりのよいダンデハイム家のサロンでひらかれた茶会に続々と招待客が集まっていた。
「ようこそいらっしゃいました、ユーリ様!楽しんでいらしてね」
「お招きありがとうございます、ナターシャ様。今日も素敵なドレスね」
にっこりと笑ってユーリを出迎えた私はそのまま席へとエスコートする。
今日のホストは私。遠巻きに母様が見守っているためヘマは出来ない。優雅に、余裕を持って、たっぷりと。私は淑女、私は淑女…。最近ダンデで動き回る事が多かったから、ボロが出ないか心配だ。
「で、何で招待していない貴方がいらしているのですか?王太子殿下?」
ジト目で見据えた先には招待客のクロードとその隣に立つ招かざる客。
「そんなに熱く見つめないでおくれナターシャ。照れてしまうじゃないか」
顔色一つ変えず微笑んでいけしゃあしゃあ宣う貴人は無視してく~ちゃんの手をとった。
「いらっしゃい、く~ちゃん!今日は精いっぱいもてなすからね!」
「え、え~と……」
私とラルフ、どっちに反応したものか困った顔でく~ちゃんの視線が彷徨う。安心して、く~ちゃん!なんたって今日は私がホストなんだから!
「兄様!」
「何だい、ナターシャ?」
専属執事を呼ぶが如く兄様を召喚。
「……珍しく家におられると思ったら、こういう事だったのですか」
言外にリードを放すなと含ませれば、やんわりと兄様は首を振る。
「誤解だよ、ナターシャ。僕は今日、大切な妹の晴れ舞台の為に予てから休暇を取っていたんだ。どこぞの馬鹿犬とは無関係だよ?」
そう言ってとても優しく微笑む兄様。いや、そのお顔は極上ですけれど……。
「あのさ、お前ホントに私を敬わないのな!」
堪らず吠えるラルフに冷ややかな視線を送る兄様。
「殿下、以前も申しましたが、俺の妹は暇じゃないんです。あんまり煩わせるようなら埋めますよ?」
「兄様、折角のオフに申し訳ありませんが、お仕事してくれる?」
にっこり。
お願いのポーズで兄様に強請れば、しょうがないねと言いながら私の頭を撫でた。そして、それと打って変った極寒の氷柱で刺す様にラルフを睨む。
「殿下、この落とし前高くつきますよ?」
「何でだよ!私だってナターシャのもてなしを受けたい!」
「ウルサイっ!本気で埋めるぞっ!!」
そうしてラルフは兄様がドナドナしていった。
今日はあくまで同年代との交流が目的なのに、対象外のアイドルがいたら私の会が壊されちゃうじゃないか。しかも目立つ王太子殿下と個人的に親しいなんて噂が浸透したら――社会的に――死ぬ。ラルフはあくまで兄様がいるから親交があるの!そういう建前なの!だからハウス!!
気を取り直してハラリと扇子で口元を隠すと颯爽と振り返り、レイとロンを伴ってやって来たシルビアに笑いかけた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
乱入者を門前払い出来た事もあり、私ホストのお茶会は恙無く進行していた。
遠くの母様も満足そうにしているし、及第点が貰えそうで一安心である。
お決まりのやりとりを終わらせると自由交流の時間を迎えた。私は思い思いに散らばった招待客に挨拶をして回る。何人目かのところでユーリに声をかけた。
「ユーリ様、何か不自由はございませんか?」
「いいえ、素晴らしい会ですわ。……ところで、あなたはどちらですか?」
「どちら?……ああ!私はナターシャですわ」
「そうでしたか、無礼をお許しくださいませ。……先ほど王太子殿下らしきお姿を見かけましたので、もしかしたらと思ったものですから」
危ない。意味が分からず聞き返すところだった!ほら見ろラルフめ!!あらぬ誤解を生んでいるじゃないのっ!――決して墓穴じゃないんだから!……。
「あの、ナターシャ様?私ずっと貴女とお話ししたかったんです……。その、ハーブ製品のことで……」
「あら、ご存じなんですの?」
「はい!愛用しています!!それで是非色々と教えていただきたくて……」
「まぁ、嬉しい!ではお時間のある時に『木漏れ日の丘』へいらしてくださいな。ダンデに相手を頼みますわ」
「え?ダンに?」
「ええ、もう一人の私の方が身軽ですので。……貴族令嬢というものは不便も多いでしょう?……ですから、こうして好きな事に打ち込めるユーリ様のことを素直に尊敬しておりますの」
さらり。ひと房掬いあげたユーリの髪は毛先まで手入れが行き届いていて上質なシルクのように触り心地が良い。それは他ならぬユーリの努力の賜物なのだ。
「ふふ、今日も可愛いですね、ユーリ様」
そう言って私はユーリの傍を離れた。挨拶の済んでいない招待客はまだ沢山いる。一人に多く時間は割けなかったから。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ユーリは視線だけでナターシャを見送りながら混乱していた。
どうにもダンとナターシャ嬢がダブって仕方がない。いや、だからこそ身代わりなんてものが成立するのだろうが……。
(今日もなんて、この前実際に見たみたいに……)
……実際会っている。クロード殿下のお茶会に来ていたのは彼女だったはずだ。ダンがそう言っていたじゃないか。
(もう一人の私……。貴族令嬢は不便……。)
男である事が枷になっているボク。令嬢である事が枷になっている彼女。
自分らしさを求める先にはだかる障害のなんと大きなことか。きっとボクらは同志に違いない!
(もっと、知りたい。彼のこと、彼女のこと……)
ユーリを認めてくれたヒト。
そして出来るなら、私も友人として、彼らの助けになりたい。きっと神様が導いてくれた運命の人だから。
ゆらり。ユーリの瞳に静かな炎が灯った。それはまだ吹けばすぐに消えてしまいそうな儚いものだったけれど―――。
―――じっとナターシャを目線で追いかけるユーリを遠くから見つめる者がいた。
(ちょっと注意しておいた方がいいかな?)
自分と同質の――だからこそ同族嫌悪めいた――気配を醸し出している令嬢風の少年をナハトは見ていた。大切な妹の外敵になるなら排除しなければならない。
そこ彼処で誰かしらたらしこんでくる最愛の妹のそんな所も堪らなく愛しいとちょっと(?)危険な思想に身もだえながら、ナハトが、ライラが、ソウガが、ダンデハイム家の使用人一同が、今日も自主的にナターシャのセコムに励むのだった。
ユーリの中身は普通の男の子です。ただ、可愛いもの好きが行き過ぎて『女装男子』と化しています。




