観察
師匠と共に馬を走らせる事一日半。私たちはノーサル領へと辿り着いていた。
初めての領地視察の時が馬車で約三日、兄様たちと遠乗りついでに領地視察に赴いた時が単騎駆けで約二日。何れも領都にあるダンデハイム本邸までの所要時間だ。
(私も日々進化してるって事よね!)
まぁ、師匠にはとても敵わないけど。
だってあの人本気で単騎駆けしたら、領都まで半日と少しで着いちゃうらしいよ?人間じゃないよね!…というか馬に負担がかかり過ぎると思う。何でも最低限の街への立ちよりで馬を乗り継いで行くんだって。
閑話休題。
10歳になった私は、訓練により野宿にも慣れていた。少数で行動出来るのは強みだと思う。……勿論令嬢としては失格ものなんだけれど。
私は行動しやすいようにダンデスタイルで馬を駆っていた。
見た目的にもナターシャでは色々不都合が生じてしまうしね。
「じゃ、師匠、よろしくね!」
「おう!ちょっくら行ってくるわ。姫さんもしっかりな!後で採点するぞ~」
「うっ……頑張ります………」
ひらひらと手を振ってソウガがノーサル邸へと歩いて行く。
彼は今父様からの使者として振舞っている。私が書いた返信を託してあった。
そして私はそんな師匠を陰ながら見守る役。いつもと逆の立ち位置で行動する予定だ。念願の隠密デビューである!
と、意気込んでいるところへ師匠からの合図が届いた。
私は注意深く周囲を観察すると、死角となる部分を見つけ出し身を潜める。後は周囲の視線誘導をしてくれている師匠の助けを借りながら気配を消して移動していった。
私は滑り込んだ応接室の物陰で息を殺し、ノーサル男爵と使者に扮した師匠の会話に耳を澄ます。
幸いな事に人払いがされており、私は余計な事に気を取られず話しに集中する事が出来た。
「――そうですか。では、ナターシャ様が用意したもので間違いないのですね」
「ええ。あれはお嬢様が領地で初めてお忍びされた時に出来たご友人の為に用意されたものなのだそうです。……しかし手渡されて数年経つとのことで、今回、私めがお嬢様の代理として彼の少女の様子を見てくるよう命じられました」
「ほう……。それは何故でございますか?」
「お嬢様はかつての幼さゆえの軽率さを反省なされているのです。少女の振る舞いを見極めて、領主家の者として施して問題ないのかを今一度確認したいと仰せでした」
「流石はエルバス様のご息女ですね。上に立つ者の責任というものを解っておられる」
ノーサル男爵は手渡された私の返信にさっと目を通すと納得するように頷いた。
(すみません……都合のいい言い訳を用意しただけです……)
私は物陰に隠れたまま痛む耳に半笑いだ。
そもそもあの封筒は私がステラにあげたものでは無いのだ。だからこそこうして彼女の目的をしかと見極める必要があった。
「して、件の少女はどちらに?」
「案内しましょう」
立ち上がった二人を追いかけて私も移動する。
ひっそりと廊下に出ると事前に師匠からレクチャーされていた天井付近の梁をつたって慎重に歩を進めた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
程無く中庭に面したサンルームに到着し、窓の向こうに一人の少女を見つけた。
「ステラ、君にお客人だよ」
ノーサル男爵の呼びかけに振り返った銀髪の少女は、若干の疑問を顔に浮かべながら傍へ駆け寄って行く。
(彼女が、ステラ……)
何とも言えない感慨が胸にこみ上げる。あどけなさを残すその少女は確かにゲームビジュアルの面影があった。
「……男爵様、こちらの方は?」
鈴を転がしたような声。私はここで初めてステラの『声』を聴いた。――ゲームでは主人公にボイスをつけなかったのだ――それは彼女の風貌にとても良く似合っていた。
「彼は君の持ってきた手紙の差出人の従者だよ。」
「え!?あの天使様の!」
ステラが喜色に輝き、さっと紅潮した頬にさもありなんと頷く中年男性二人。
(て、天使……?……ああ!ミケルってふわふわしててそんな感じかも)
言い得て妙なステラの感想に思わず頬が緩む。
大人と少女たちの間で指し示す該当者が食い違っている事を指摘出来る者はいなかった……。そしてステラは幸運にも、目の前の鑑定士たちにナターシャを『天使様』と形容したと勘違いされたことにより、ぐっとその警戒度を引き下げる事に成功したのである。
「主がお嬢さんの様子を気にしていましてね。少し私とお喋りしてくれませんか?」
「えと…はい。それは構いませんが……(あの天使様、いい所のお坊ちゃまだったんだ!)」
後半は音にせず、瞳に期待がこもるだけだった。
ミーハー気質のステラは、一瞬でシンデレラストーリーを妄想していた。うっとりとトリップしかけた所を応接セットへと促される声で我に返った。
お互いに微妙なズレに気づかぬまま、楽しげに談笑しているステラの様子を、ナターシャは真剣に観察していくのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ふぉふぉ、中々面白い相の出とる娘っこじゃの」
「そうなの?……やっぱり貴族学園への入学は必須か……」
「ふむ?学園にのぅ。ナターシャがそう感じるのであればそれも一興じゃろうな」
「でも平民から特待生枠で入学するにはかなりの学力と後ろ盾が必要じゃない?」
「養女にしてやれば問題なかろう?」
「ううん……彼女は平民のままじゃなきゃダメなの」
「ならイースンで鍛えてやろう」
「え!ホント!?それなら色々助かるわ!ノーサルはまだ復興中だもの。負担かけたくなかったのよね……ありがとう―――ってライ爺ちゃんっっっ!!!???」
視線はステラに固定したまま微動だにせず、ナチュラルに会話していた事に気付いた時にはすでに隣にライメイがいた。
「こら、大声を出すでない」
「――ハッ!?……ご、ごめんなさい」
私は慌てて観察対象の様子を窺う。――師匠にはほんの一瞬視線で窘められたが――気づかれてはいないようだ。ホッと極小の息を吐いて隣の爺さんを睨めつけた。
「もう!急に驚かさないでよライ爺ちゃん!」
「いやいや、普通に会話しておったではないか」
「いや、そうなんだけど違うのっ!というか、何でここにライ爺ちゃんがいるの?」
「ん?なに、ナターシャが楽しそうな事をしてると小耳に挟んでな。来ちゃった☆」
(じじい……)
テヘペロ☆と効果音の付きそうな腹立たしいリアクションに条件反射でじと目になった。柳に風のライメイは飄々と告げる。
「では、ちと準備してくるか。あのお嬢ちゃんの事は委細任された。お主が心配するような事にはしやせん。だから安心して明日庵に遊びに来なさい」
好々爺然と笑んだ後、自由な爺さんは忽然と消えた。師匠といいライ爺ちゃんといい全く規格外な師弟である。
私はとりあえず師匠に合図を送り、その日使者に宛がわれた部屋でソウガと合流すると、事の次第を報告するのだった。




